生きてるだけで精一杯

タイトル変えました。特に深い意味は無いですけどね。適当に生きたことを適当に書き留めていると、あやしうこそものぐるほしけれ。

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ああああああああ! ほしい! 新しいデジカメがほしい!!

特にこの富士フィルムX-T100というのがお値段も手ごろで欲しい!(本体のみでAmazon価格6万円)

でも手ごろと言ってもズームレンズがついたダブルレンズキットだと10万円弱になる!!

全 然 手 ご ろ じ ゃ な い !

でもほしい!

シャンパンゴールドのカラーリングのやつが(同じ富士フィルムの同シリーズでも)ちょっと他にないカラーリングでめっちゃかっこいい!

ほしい!!

ほしいほしいと書けば少し気が晴れて買わない方向に意識を散らせるかと思ったけど、とんでもない!

余計に欲しくなっている!!!

いや、買えないわけじゃないけど、特別に「いま絶対にこれが必要だ」という理由があるわけじゃない!

そういうものは買うと得てしてあまり使わずに「ふぅー…」と買った瞬間に落ち着いてため息ひとつ吐いてそっと戸棚に置いておくくらいしかつかいみちがなくなっちゃう!!

わかってる!

わかっているの!!

でもほしい!!!

ここで! しかしここで! 「欲しいから」という理由だけで買ってしまったら! 「欲しいから欲しいのです、買った理由は欲しかったからです」という言い訳を許してしまったら!!

俺は!!

年を取ったときに!!

BSやCSの通販番組を見て「あっこれほしいな」と少しでも思ったらそのまま電話をかけてしまう老人になってしまう予感がする!!!!!

いらない!

包丁とか! 俺の生活には凍ったイカをそのままスッパスパ切れる包丁は必要ない! しじみ習慣も必要ない!(でも2週間試すだけなら…)

でも歯止めが効かなくなってしまう!

きっと今これをなにか特別な理由なしに買ってしまったら!

だから!

お金の問題というよりも(いや、お金の問題もとても大きいのだけれど)! いわば自身の自制心の話で! 自制心との戦いで! この物欲に屈して買ってしまったら!! 

俺は俺を信じられなくなる!

だから… だからもう少し… もう少し我慢してみよう… この熱病が… 物欲という名の熱病がひょっとしたら去る日が来るかもしれない……………

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あ、あと全然関係ないけど富士フィルムの製品ページのデザインというかUI最悪ですね。
無味乾燥な型番(製品番号)だけ羅列されてもユーザーはどれがどのカメラかサッパリわかりませんよ。
せめてサムネイルで小さな製品写真を置くとかしたほうがいい。
電話帳かよ。



でも逆に、その無骨さというか「分かりやすいホームページの作り方なんてわからないの…だってフィルムメーカーだし…古い会社だし…」っていうところが逆に製品の品質に逆説的に信頼が持てそう!

ホームページとかデザインとかガワだけキレイにしてかっこつけてるメーカーなんて信用ならないんだよ!

お前のことだよS○NY!

でもSONYのデジカメも(レンズとかボディーはコニカミノルタのノウハウがあるし、イメージセンサの性能はもちろん折り紙つきだしで)とても品質がいいと聞いてこっちもほしいのです。

ああああああ! 物欲!!

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というわけで、ヤフーブログのサービスが終了するようです。
うーむ。

かれこれ10年くらい使用していたサービスが終了するというのは切ないものがあります。

そもそもブログを始めたのは、当時流行っていたけど何か実態がよくわからないから自分でもやってみて確かめようと思ったのと(えらい)、当時大学に入学して上京したのだけど、日ごろあったことをブログに書けば実家にいる親も見ることができて多少なりとも安心するだろうという思惑があったからです。

実際に、「ブログだ、ブロガーだ」とかしましい時代があったことも今は昔で、今どきブログをやっている人というのはかなり珍しくなっていると思います。
(ブロガーって、懐かしい響きですね)

まあ、FacebookとかTwitterで事足りるものなあ。

(Twitterは実質的には「不特定多数との相互リンクを前提としたミニブログサービス」とも言い変えることができるのですが、あれは実は古いツイートは割とすぐ簡単には閲覧できなくなるのでログの保存性は弱いのだけど)

だから、ブログを始めたころに「個人サイトやる人って減ったよなあ、まぁブログをやればいいもんなあ」という感想があったろうけど、こんどはブログがそうなるとは。

諸行無常。

サービス停止の実際の理由はよくわかりませんが、一応代替サービスへの引っ越し機能追加は予定しているみたい。

うーん、そうまで手間をかけて残す価値がこのブログにあるかというと、自分のことしか書いていないので、我ながら甚だ疑問ではあるのですが、それでもやっぱりどこかに引っ越しはすると思う。

終わったらもう一生読めなくなる、ネットの海に漂う藻屑ですらなくなってしまうというのは、価値があるとかないとかではなくて、やはり惜しい気がしますね。

ずっと書き続けてた日記を親に捨てられそうになっていて、いや、特別大事ってわけでもないんだけど、でもちょっと待って燃やさないで…って言いたくなるきもち。

それにしても。

やっぱりこういうサービス終了は、もし利益が上がっていなかったとしても、性質上、それを簡単にやめてしまうヤフーという企業の体質を疑いますね。
ブログだけではなく、インターネット黎明期からある「ヤフージオシティーズ」すらなくしてしまう前科がある。
こら!孫正義!

インターネット(企業)は資料を残す手段として、やっぱり全然弱い脆弱なものだなあという気がします。

ちなみに引っ越し先(データが移管できる)候補は「ameblo」、「ライブドア」、「はてな」、「Seesaa」という4サービスがあります。

うーむ…。

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写真は産経ニュースのもの(https://www.sankei.com/smp/life/news/190224/lif1902240045-s1.html

日本文学研究家のドナルド・キーンさんが亡くなられて、少し思い出があるので、思い出した思い出を覚えているうちに書いておこうと思った。

ドナルド・キーンさんは、僕の学生時代、母校に講演に来たことがある。

文学部の不良学生(ヤンキーという意味ではなくて単に「良くない学生」という意味)だった僕でも、読売新聞に連載していたコラム『私と20世紀のクロニクル』はおもしろくて好きだったので、名前は知っていた。

講演の内容も、自身の生い立ちや「なぜ日本文学を研究するようになったか」、「日本文学のどこがすばらしいか」といった内容のことを話されていたと思う。いまとなっては詳しいことどころか概略すらも覚えておらず、『私と20世紀のクロニクル』に書いてあったことを講演の内容だと勘違いしていたり、その逆もあると思う。

とにかく、「(三島や川端や、更に遡って明治文豪にも触れたかもしれない)日本の文学はここがよい」という内容の講演が終わった後に、質問コーナーがあったので、こういうときに「なにか聞かないと損だな」と思ってしまう激しい知的好奇心の持ち主である僕は、
「僕も本は好きで、夏目漱石や古い、いわゆる《文学作品》と言われるものは、それが当時の世情や人間の考え方を記録していて、歴史的価値を持つという意味でもおもしろいと思うのですが、ひるがえって現代の小説、とくに《現代文学》と呼ばれるもののおもしろさがわからないのですが、これわかるようになりますかね?」
ということを、もうすこし慇懃に、かつおそらく何を言っているのかまとまっていないような聞き方で尋ねたはずだ。

するとキーンさんは、あの独特の日本語で、(そう日本語で答えたのだ!)

「アア、それは、もっと勉強してください」

と答えた。

僕は「なぜ僕が勉強していないのがわかったのだろう」と図星をつかれただけに腹を立てたが、氏の真意は単に僕の不学を責めるのではなく。

「文学作品というのは、作品それ単体で成り立っているのではなく、社会全体、ときに世界の中で成立しています。ですから、社会のことを学ばなければ、その作品に何が表現されているのかわかるはずもありません。いいですか、文学とは社会の問題、有り様、人間そういったものをとらえて作者の目を通して描き出しているのです。だから、現代の社会を学ぶことで、現代文学も理解できるはずです」

というようなことを仰った。

あれから10年以上経って、いまから思えば、ああ、なるほどなあ、と思えるけれど、何しろただでさえ社会を知らぬ学生の、ただでさえ単位ギリギリと出席数を計算してのんべんだらりと暮らしていた不良学生(良くない学生という意味)だから、そのときはその真意が伝わろうはずもなかった。

それでもいまはすこしわかる。

だから僕は馬鹿な学生の馬鹿な質問に丁寧に答えてくれたドナルド・キーンさんに感謝の気持ちがあるし、亡くなられたことに静かに冥福を祈っている。



ちなみに『私と20世紀のクロニクル』には、

「第二次大戦中、日本語ができる私は米軍に参加して戦地に赴いていたが、日本軍基地を攻め立てた後、ある小屋にかかっていた看板の日本語を読むと、果たして《ペスト研究所》と書いてあった。すわ感染したら一大事、と後方送りになったが、戦後わかったことには、それは撤退を強いられた日本軍のトラップというか、ちょっとしたイタズラ心でそう書いてみただけで、決してそこにペスト研究所なるものがあったわけではなかった…」

っていうおもしろエピソードなどがたくさん書いてあるのでオススメですよ。

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アキバで足湯体験会

「足湯いかがですか」。

アキバを歩いていて声を掛けられた。
電子の都は再開発を経ていまや東京有数のターミナルとなっている。
そんな秋葉原で声をかけられたら、まずは身構えなけれらならない。

なぜならそれは、きれいな絵を売るためのきれいなお姉さんと甘い誘惑か、どこに行くんだかわからない外国への怪しげな募金活動か、中国共産党の非道を断じる悲痛な活動のどれかである可能性が高いからだ。

しかし今回かけられた声は「足湯」である。はて、「足湯やっていきませんか」という掛け声は長くアキバに通いつめている身であるけど、はじめてのことだな…。

と思って声の方向に目を上げると

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それはつくばエクスプレスのPRセンターであった。
声を掛けていたのはきれいなお姉さんとは少し趣を異にするものの、20年くらい前はきれいなお姉さんであっただろうと思われる方で、なになに、なんでも、このわずかなスペースで筑波山温泉のPRをするために、足湯体験をやっているのだという。

つくばエクスプレスのPRセンターという公的な場所でやっていることで当然無料であり絵を買わされる心配もなさそうだし、なにより、こちとら温泉大好きおじさんなので、体験してみることにした。

どうやら室内にしつらえられた小さな湯船に足を突っ込んで休んでいけるようだ。
(昔、24時間風呂の「湯〜名人」という装置の宣伝で、小さなショッピングセンターによくこういう臨時湯船が出ていたなあと思いだした)

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さて足湯である。
(温泉大好きおじさんのスネヘアーが目立つ足が大写しになっているのは足湯を紹介する記事という特性上どうしてもご容赦いただきたい)。

そのあたたかそうな湯船に足を突っ込む前に、雨に濡れた傘にかぶせるようなビニール袋を渡される。
はてな、それはなんじゃいな…と聞くと
「これを足にかぶせてから入ってもらうのです」
とのこと。

衛生上のことを考えてのことだと思うが、そんな、ビニール袋ごしの足湯なんて、興醒めである。楽しみ半減である。やはり足湯というのはなみなみホカホカとした温泉にザブンコと裸足を突っ込んでこそではないか。

しぶしぶビニール袋を履き、そっとお湯に足を入れる。

すると。

あれっ、意外と気持ちいいな……。

あの〜…気持ちよかったです。ビニール袋越しでも。足湯。

湯の上の机には、茨城県のパンフレットが並んでいて、ほかにやることもないので読んでしまうという仕掛け。
じっくり読んだ。

目安の5分くらいで湯から上がると、足はホカホカになっていた。アキバの街を歩き疲れたくたびれた足が生き返ったようだ。すごく回復した。

これ、いいなあ。

買い物ができる街には足湯スポット配備するととてもいいよ。
表参道とか銀座とか新宿池袋どこでも…。特に冬。とてもあたたまります。

そんなアキバの足湯体験コーナーは、2月中で終わるとのことなので、もしタイミングよくアキバに行くことがあったらお試しあれ。

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画像は公式サイトトップページ。
http://youjo-senki.jp

2017年にテレビシリーズが放送されていたストーリーの続きとなる映画『劇場版 幼女戦記』を観てきました。
簡単に感想をメモ。

その前に、そもそもこの作品のガイヨウを軽く説明しておくと、日本のサラリーマンが死をきっかけにWWI時のヨーロッパ戦線によく似た状況の異世界に転生し、度を越した理性的判断と論理的思考、さらに神のような「存在X」の未知なる力によって大活躍、戦時の英雄となり、「安全な後方勤務をしたい」という自身の思いとは裏腹にどんどん出世して最前線で戦い続ける…というもの。

原作はネット小説で、ジャンル分けをするとかつてノベルスで隆盛した「架空戦記」の末尾に連なるものでもあるし、異世界転生の大ブームを巻き起こした「なろう小説」のはしりでもあると言えるでしょう(掲載サイトは「小説家になろう!」とは別だけど)。

そういうややこしい出自をどこまで説明するかというのはあるんだけど、「中身がバリキャリビジネスマンの幼女がWWIのような戦争で魔法のようなチートの力を使って無双する」と思っておけばよろしい。

●あらすじ
(※以下ストーリーなどのネタバレが含まれます)

ターニャ・デグレチャフ少佐(悠木碧)が率いるニ○三大隊は今日も元気に大活躍。
戦局のなりゆきで敵国の首都まで陽気な陽動攻撃を加えることになりました。
「陽動と挑発」って自分で言っていたのにところがどっこいやりすぎた。
司令部を爆撃するわ旗を立てるわ国歌をうたうわやりたい放題。

ウキウキ気分で帰国するはずが、友軍の救出任務を担うことに。しゃーないやってやっかと思ったところにメンツを丸潰しされて怒り心頭の敵兵が、超大軍で攻めてきた!
相手方にはさらに、自身が殺めた男の娘メアリー(戸松遥)が有り余る魔導士の力を駆って「パパの仇」と殺す気まんまんで攻めてくる。大ピンチ! どうしよう。

という話。
基本的にはテレビシリーズありきの映画なので、過度な説明は

●感想

おもしろかった!
やっぱり爆撃と硝煙の戦争映画は劇場で観るに限る!

爆発!鮮血!空中戦!

そうなのです。
テレビシリーズや原作を知っている人はご存知の通り、この『幼女戦記』、幼女という名がつくし、愛くるしい金髪幼女が主人公なものの、何しろ世界観がヘヴィー。マジメに戦争やってます。

音響監督は『ガルパン』と同じ岩浪美和だけあって、その爆撃音、爆発の中に混ざる鉄の音、流れる血液、まさに「鉄血」という言葉がイメージされる戦場を音の力で表現せしめています。

いまもテレビアニメで空戦が出てくるアニメやっているけど、なんていうか、「アニメで見たい空戦」って、飛行機の(軽く見えがちな)動きだけじゃ物足りなくて、人間の体が空を舞って銃を撃ったり切ったり貼ったりをするこの映画のようなもののほうが、観客が受け取る興奮としては近いものがあったんじゃないかなあ。
『ガルパン』だって最初は割と行進間射撃がどうのとかマジメに戦車戦やってたけど、おもしろいのは結局劇場版のハイパーパンツァーバトル状態なわけだし。リアリティーは大事で、リアリティーがないとフィクションはおもしろくないんだけど、リアリティーを保ったまま威勢よく嘘をつくべきですね。

それにしても本作の、油断しきった敵軍をバカにして敵国首都を蹂躙し、自国の旗をはためかせる高揚たるや。凱歌の興奮たるや。
押し寄せる人海と爆撃機と戦闘機の恐ろしさたるや。
絶望的な状況下で届いた司令部の命令が「うーんドンマイ、まぁガンバ(^o^)」(意訳)だったときの失望と悲憤たるや。

彼我の戦力差は最大限楽観的に見積もって5倍以上。

今回のボスであるメアリーは、とある事情でターニャと類似の「加護」を三重に受けている存在。

そんな彼女が父をターニャに殺されたのだと知り、目を三角にしてターニャを滅殺せんとする。

これは詰みましたね…。

そこで描かれる空戦、白兵戦(空中肉弾戦)の作画がすばらしいこと!
ほとんど銃剣を握ったドラゴンボール!!

そうです、この映画は、幼女の皮をかぶった悪魔が主人公であるとおり、幼女の皮をかぶった戦争映画でありドラゴンボールなのです。

少し主人公の性格に触れておくと、冷徹な畜生です。元々はリストラを言い渡す係をやってきただけあり、ひたすら(自分流の)論理的で理知的であり、他人の心情なんか知ったこっちゃねえというスタンスの人で、倒した敵兵がいい銃を持っていたら「おっいい銃持ってんじゃん」と奪ってしまうようなタイプ。

他人の気持ちがわからない…わかろうとしない上に、戦場(仕事)に感情を持ち込むなんて最低のことだと考えている。

見た目は天使のような可愛らしさなのに、中身がぐうの音も出ない畜生であるというところにこの作品のおもしろさがあって、だからこそ、その畜生的思考で無双していくのにも一種のビカレスク的快感があるし、逆に、その思惑とは逆にしくじってしまうときにも、いっそ「ざまぁ」という爽快感が観客に生まれる(主人公なのに…)。

概要のところに書き忘れていたけど、ただしくは「チートのような力を使って無双する、ただし、何故か結末は全く彼女の思い通りにいかない」のです。

今回の劇場版でもそのようになりますので、アンチ少佐派も安心。

音響がよかったのでもう一回くらい映画館に観に行きたい。

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アキバに大きな広告が出ていた。

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