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前々回の記事にもチラッと書きましたが、
アメダスめぐりの一環で、豊岡測候所に行ってきました。
事前に電話を入れてご相談をしたら、
ムリを聞いてくださって、平日じゃないのに中も見学させてくださいました。
豊岡のみなさま、本当にありがとうございました。この貴重な経験は一生忘れません。
前にも書きましたが、豊岡測候所は今月(9月)の末で、
「測候所」から「特別地域気象観測所」になります。
業界では「特別地域化」なんて言いますが、
要は「測候所の廃止」すなわち「無人化」です。
無人化を前にした豊岡測候所のようすを見て、いろいろ思いました。
以前書いたことと気持ちが変わったこと、変わらないこと、
それぞれありますが、今の僕の気持ちを書いて、皆さんに問いかけたいと思います。
「気象庁は、5年以内にすべての測候所を無人化する計画ですが、本当にいいのでしょうか?」
以下、難しい話が長く続きますが、お付き合いいただければ嬉しいです。
◇
豊岡では、「特別地域化」に向けた工事の準備が進んでいました(先週のうちに完了)。
視程(見通し)の観測は人間がやっていましたが、
自動観測できる機械(視程計)を設置する台だけ準備されており、
2004年の台風23号で浸水した経験から、低い位置に設置されていた雨量計を少し高くするため、
その台も設置されていました。
夏の間、あちこちのアメダスに行って、そのひとつとして豊岡測候所にも来ましたが、
正直、ただ気象観測するだけ、天気予報をするための基礎データとして、
気温や湿度や雨量や風向風速を観測するだけ、だったら、
「人は要らない」「人が常駐する必要はない」と思いに至りました。
よく長官記者会見などで言われる
「防災情報を提供するネットワークの1地点として…」と言う意味で、です。
でも、僕はそれでも言いたいです。「やはり測候所に、人は必要だ」と。
◇
3枚目の写真にある庁舎の周りの木々、何だと思います?
ぜんぜん統一性のない、種類に一貫性のない植え方とも見えるこれ。
実は「生物季節観測」の標本です。
測候所の敷地内には(都心部の気象官署ではまずないですが)ほとんどすべての
植物標本が植えられています。
よくテレビなどで「どこそこでウメの開花となりました。平年より○日早いです」とか、言ってますね?
あれが、この植物たちなんです。
1962年にこの場所に測候所が移転してきてからずっと、
季節の進み遅れを教え続けてきてくれたこの植物たちは、
測候所の無人化に伴って、たぶんすべて伐採されることになるんだそうです。
(住宅地の中にある測候所で、虫が大発生したら近隣に迷惑になるため)
人がいないから、もちろん「開花」などの観測はできないけど、
すべて切ってしまうなんて、すごく寂しい話です。
天気予報って、防災情報ですが、生活情報・季節情報の面もあると思います。
防災情報の高度化ももちろん優先すべき課題ですが、
生物季節観測って、気象庁の仕事のうち最も身近なところのひとつじゃないですか?
「豊岡の測候所は無人化されましたので、今年からサクラの開花は分かりません」って、
住民の方々が納得するんでしょうか?ますます行政と市民が乖離するんじゃないですか?
それに、肝心の防災情報だってそうです。
確かに天気予報や注・警報業務は、そこに人がいなくてもできると思います。
でもそしたら、神戸に海洋気象台がある必要があるのか?
大阪に管区気象台がある必要があるのか?
ぜんぶ東京に集約して、東京から全国の予報をしたらいいんじゃないですか?
違うでしょう。
それよりも、その場所にに人がいて、地元住民の方や自治体との間に「人と人との関係」を築いて、
地域と協力しながら防災対策に取り組むことのほうが大切だと思いませんか?
目視観測ができなくなれば、「雷」や「ひょう」、「竜巻」と言った激しい現象は、
そこで起こったのか分かりません。あくまで「推定」しかできなくなります。
もちろん、速報されることもないので、防災対応は後手に回るのでは、と危惧します。
……それなら、やったほうがいい、とは気象庁の人も思っているはずです。
ホントに「気象」のことを知っていて、「観測」のことを知ってるのなら。
つまり、「お金」の問題なんです。
定員純減、経費削減のための方策として、出先を次々と減らしていく。
これが、東京の上のほうの方々の方針、であるわけです。
(もちろん、予算を減らさなければ税金に跳ね返ってくるわけで、
その必要性も重々承知していますが)
でも、僕の信念として、
天気予報や気象情報って言うのは、かかりつけの「町医者さん」だと思うんです。
東京からの全国の天気予報を見てください。
誰が細かく近畿各地の天気を伝えてくれていますか?
近畿の天気概況、兵庫県の細かい天気、和歌山県の細かい防災情報などなどは、
各地に密着した気象台・測候所が担う大事な大事な仕事だと思います。
平時は日頃の健康管理指導を、有事には命を守る処置をしてくれる町医者さん。
地元の測候所って、自然災害から守ってくれる、頼りになる町医者さんであってほしい、と思うんです。
そんな「町医者さん」を「お金がないから」と言って、地元から無くしてしまっていいのか…?
なくしたものをまた作るのは、この国の制度ではほとんど有り得ないことだと思います。
なんとかならないものか、日本の気象事業の未来について、本当に心配をしています…。
長文で失礼しました。
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