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【 カタカナと横文字、の板挟みになった 言葉 】
日本に、外来語という別名がつく日本語が沢山ある。マクドナルド もそのうちの一つに入る。 外来語は、日本で使はれるために取り入れた外国語であるが、殆ど、日本人の間でしか通じないことばに変身して存在している。外来語の特徴は、カタカナ表示になっているので一見すぐ分かる。
外来語使用の利点はなにか 。ただで取り入れることができること。先進国の横文字ことばを何らかの形で使うことによって、自分を進歩的、あるいは、学識のある人物に見せること。取り分け、外国語を知らない人は、カタカナことばを受け売りで使うことにより、自分も外国のことばを知っているような気分になれること。そのような、もろもろの思惑が絡んで、日本に於いてカタカナ外来語使用の流行を著しく増長させたものだと思われる。 世の中がまだ冷戦時代だった頃、ある雑誌紙上の世相談義で読んだものだが、語り手が国家未来のことを非常に懸念して、 「米、中、ソ、 の三極構造という厄介極まる渦が巻いているに於いて、この リアル な ザイン のなかから、ゾルレン を的確に把握しないと、 日本の命運は大変なことになる。 」 と力説していた。 つまり、リアル な ザイン のなかから ゾルレン を的確につかむことが日本にとって大事だという。 この一節を読んで具体的に意味が分かる日本人は、果たしてどの位いるのだろうか、たまたま、ある中小企業の役員と部長と会食雑談した際に、私はそれに一寸触れてみた。役員氏は、 「そういった類(たぐい)の表現を一部の先生方は好んで使うが、我 我百姓にはよく分からんし、又、商売人はそんなの知る必要も ない」 といとも無愛想に言い切った。 会社役員ですらこうだから、リアル な ザイン と ゾルレン の意味が的確に分かる日本人は、そんなに多くいるとは思えない。 しかし、早稲田出の部長はそのカタカナ日本語の意味を知っていた。学生時代、哲学書に目を通したことがあったお蔭だという。リアル なザインは「現実の状態」、つまり、現状のこと。 ゾルレン とは 「どうすべきか」 を意味するものだから、その一節を日本語に直すと、
「この現状のなかから、どうすべきであるかを、的確に把握 しないと、日本の命運は大変なことになる 」 という具合になるでしようと言って、部長は、学のあるところを見せてくれた。 リアル は 英語の real , ザイン と ゾルレン は 独逸語の sein と sollen から来た外来語。 だから、リアル な ザイン という言い方は、英語と独逸語をちゃんぽん にした、言うなれば、アンパン 式の語法になる。 「 だから、 全くいい加減なものさ」 と、最後に、早稲田の部長は、その様な注釈を付け加えて 、呵々と笑った。 日本人は、このように、歪(ゆが)んだ外来語の使い方の薫陶を小さい時分からずっと受けていることもあって、外国語を正しく理解する上でかなりの混乱を招くようになりがちである。 だいいち、外来語と外国語のけじめをどこで付けるのか、それすらはっきりしない。 その良い例が、 たとえば、早稲田の部長が、リアルなザインの意味を説明する際に、 「 これを日本語に直すと、、、」 と前置きして始めた。 日本語で書かれた評論の意味を解釈するのに、 「 これを日本語に直すと、、、」という前置きから始める。 不思議に思はないだろうか。
日本語に直す、というのは、外国語に対して言うことであるから、リアル なザインは外国語でなければ理屈に合わない。 皮肉なことに、このリアル な ザインは日本でしか使われていないので、外国語でないのは明らかである。 このように、どっち付かずで板挾みになったことばを日本で外来語と称している訳だが、いま一度、重ねて日本語に直さなければ意味するところが良く分からない 「外来語」の存在価値は、どこにあるのかと思う。
国家未来のことを心配し、自分の同胞に対して、事態を的確に把握することが肝要であると訴えようとするのに、なぜ、簡潔で的確に分かってもらえる日本語で、「この現状のなかから、なにをすべきか、、、、」 と言わずに、リアル、ザイン、ゾルレン、 など、呪(まじない)じみた文句を使うのだろう。 もし、日本人が自分の論点を自国語である日本語で表現するのに困難があるのであれば、米中ソの三極構造よりも、 こちらの方が、日本の前途未来に及ぼす影響が遥かに大きい筈だと思はれる。
外国語を覚えようとするなら、まやかしのカタカナ文字の使用から遠ざかることから始めるのがコツである。外来語の元が外国語であるなら、二兎を追う必要がどこにある。元をがっちり押える方が賢明だと思はないだろうか。 |

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