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片品村は、並みの大雪の前に屈することはありませんでした。雪があってこその片品村の冬だからです。
しかし、この過ぎ去った週末の雪は半端ではありませんでした。それ故、昨年までの冬にこういう大雪が降っていたならば、陸路の生命線であるライフラインを切断され、陸の孤島になっていた可能性があったのです。
今年の冬は昨年までの冬とは全く違っているのです。
なぜなら、こうです。去る11月22日に椎坂バイパス(トンネル)が一年間工事を前倒ししてもらって完成・開通にこぎつけたから、現に孤立しなくて済んだのです。
このトンネルがなかったら、関越道沼田ICや国道17号線などからつながる国道120号線の難所・椎坂峠は、今回、大雪で道路がせき止められただろうし、おそらく、往来は不可能で、きょうに至るまで通行止めによる経済その他の危機に瀕していただろうというのです。
現に、椎坂峠の近くを矢園原ダムや川沿いに平行して走る道路は今も大雪で止まった状態にあるし、このトンネルなしには沼田市街との往来が一時的とはいえストップして、大きな混乱があっただろと、村長も、本日、指摘していました。
もし、〇〇と言い始めたら、切りがありません。だが、「もし椎坂トンネルが無かったら、陸の孤島になっていたかもしれない」とは、分からないことではありません。一刻を争う救急車などの緊急車両の沼田市への移動は、このトンネルなしには今は考えられなくなっているのです。
おかげさまで、最大20分弱の走行時間短縮を叶えたのがこの椎坂トンネルなのです。これが、当初の計画通り来年に完成するというものであったなら、この冬、参事もあったでしょう。
あと一・二か月椎坂トンネル建設の本決まりが遅れていたら、当時の民主党の事業仕分けに遭うところだったとは、有力者たちの発言でしたし、避けがたい流れだったのです。それが本当なら、今のような快適な往来などあり得なかったでしょう。
片品が元気であり続けるためには、この椎坂トンネルは無くてはならない存在であることが使い始めてつくつく分かりますから、出来上がったということを尽力してモノにして下さった関係者各位に感謝してやまないのであります。尾身幸次元代議士(当時、財務大臣)にもです。
今後も、その生命的役割と価値を感謝しながら、椎坂トンネルを通って行き来したいものです。
トンネルがあるか無いかでこんなに心理的にも実動的に違うものか、トンネルの有難さをつくづくと気づかせてくれる先の大雪だったということです。
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