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原発が危険かどうかより、問題は、先進国の国民の生活態度や、経済成長ばかり求める企業のあり方そのものです。
仮に自然エネルギーが安全で、原発ほど電力を供給したら、もっと問題かもしれません。
今以上に、便利なものに依存するようになるのは、目に見えているからです。
例えば、熱中症で死ぬことは、凍死とは別問題じゃないのかな。
仮に、クーラーに頼りすぎた結果、暑さに弱い体になったのなら、クーラーを使わないことが問題じゃなく、使っていることが問題なわけですよね。
まぁ、全員がそうじゃないでしょうし、例えば校長先生の長い話を、炎天下の中で聴くとか、そんな教師のエゴのために、子供が我慢比べをする必要もないでしょう。
だけど、普段の生活の中で、いったん体が弱くなったら、使い続けなきゃならない状況になるわけで、中毒と変わりません。
電力が足りるかどうかじゃなく、使い方の問題でしょう。
どんな電力を使っても、それに頼りきった生活しかできない身体になって、何十年か後で、問題が発覚したら、今回の原発と同様で、後戻りできないがゆえに、どうすることもできない状況に、また追い込まれす。
当然、もっと電力が使われていたら、もっと元には戻れなくなるでしょう。
もっと先の未来にとって、どうなるのかまで視野を広げて考えなければ、安全と言われるものも、逆効果になるだけかもしれません。
ネットで調べていたら、こんなことが書かれていました。
「ドイツの環境諮問委員会のレポート(翻訳済)を読むと太陽光発電は補助電源が常に必要となり、規模がでかくなればなるほど効率が悪くなり「最も非効率的な再生エネルギー」と結論付けている。」
これが本当かどうかが問題なのではなく、問題なんてものは、次から次へと出てくるわけです(バイオ燃料の生産がもたらす環境破壊、という矛盾)。
その問題を解決する方法は、結局、一人ひとりが、どうするかでしょう。
だから、自然エネルギーも、原発のような効果なんて、期待しないほうがいいです。
原発を抜きにしても、福島の被害は大きく、このチャンスを生かさずして、いったい何をきっかけに方向転換するというのでしょうか。
まさか、何十年も先に起こるであろう、もっと酷い災害を経験してからするというのでしょうか。
今やり始めることができないことを、その先の状況になってからやるなんて、もっと不可能ですよ。
便利なもので、生活を固めるのは、食品に、添加物の上塗りをしたり、農業で、新しい農薬に頼ったりするようなもので、それがまた新たな問題を生み出す原因を作り出すだけ。
天災に耐えられるような原発を作ればいいなんてのは、同じことの繰り返しです。
そうやって、自然との共存をしようとしないで、無理やりねじ伏せたり、押さえつけたり、排除しようとするようなやり方では、きりがないです。
経済成長もきりがなく、これを求め続けた先にあるのは、滅亡しかないと思います。
膨大に増え続けるものには、歯止めをかけないと、自滅しかないんじゃないのかな。 人口増加に応じて、どでかい工場や、店ができて、家ができて、もっと自然が破壊され、畑がなくなり、自給率が下がったりすることや、無駄に生産しては廃棄にし、ゴミを増やして環境を破壊することが、誰のためになるでしょう。
無駄を増やすための工場ではなく、無駄をなくすための工場ならいいかもしれないけどね。
愉しい非電化 僕は、10年前から、エアコンは使ってないです。
おかげで、34度以下なら、風さえあれば快適で、夜なんて、涼しいくらいです。
夜に、玄関や廊下の電気をつけるのも、10年前から止めました。単純に、意味がないと思ったから。
2〜3年前から、暖房器具も、扇風機も止めました。夏は団扇のみです。その頃、ちょうど冷蔵庫も壊れたので、止めてみました。
テレビも、ネットがあるからいらない。
携帯電話は、40年生きて、一度も持ったことありません。だって、いらないでしょ。30年も遡れば、そんなもんなしで、みんな仕事してましたよ。
まぁ、エアコンやめるとか大変だと思うけど、夜は、使っていない場所の電気を消すことぐらいわけないでしょう。
真剣に考えれば、便利さや楽しみに繋がらないのに、なんでこんな電気の使い方をしてるのかって思うことが、幾らでも見つかりますよ。
愉しい非電化 どれだけ省エネの製品を使っても、それを理由に使い放題なら、逆効果なだけですね。
大人になっても、知識だけしかなく、自分の手足で何一つ作ることもできず、自分の先生に当たる上司となる人の言うことにだけ、ただ従うだけの人間にしてしまうような教育はいらない。
技術も、職人にしかできないようなものじゃなく、誰もが作れるような技術こそが、大事だと思う。
科学ってのは、身の丈に合ったものでなければ意味がなく、一部の人間にしか理解できないものは止めたほうがいいのかもしれない。 高度な科学よりも、一般の人が理解できるようなものだけが、万能と言うに相応しいのかもしれない。
0からやり直す人たちの誰もが利用できるような、知識、技術、科学、能力の提供こそが、本当の意味での応援じゃないのかな。
本当に必要かどうか、誰にとって必要かどうか、これら全てを考慮しないで、余計なものを援助したり、生み出し続けても、消化しきれない状態になって、どうしょうもなくなるだけです。
問題なのは、原発ではなくて、そんなものに頼らなければ生きていけなくなってしまった、先進国の体制や、国民の体質や性質そのものだと思います。
社会のおかしさに気づいて、社会に適応できなくなっても、自然と共存することを学べない教育の結果と、依存と共存を排除し、自立ばかり説いて競争させることで、大衆をバラバラしてしまい、個々の力が結束できず、絶望的になり、自殺や引きこもりが起きているように思います。
勉強、学校、医療、健康、食品、農薬、仕事観、人生観、生と死、結婚観、家族観、世界観、それらの思想と、精神性のあらゆることが問題で、再教育が必要です。
カルト宗教の信者同様に、脱洗脳しなきゃならない状態です。
先進国の生活や、グローバルな自由貿易は、先住民を搾取し、寄生することで実現しており、自給自足ができていない先進国は、自立できていません。
自給率の低さと、GDPの高さは、豊かさよりも、むしろ貧しさの象徴であり、その事実を、お金と物質で隠蔽しています。
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