雅歌の歌姫

雅歌(がか)とは、歌の中の歌という意味です。

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全45ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]

 
原発がなければ電力が不足するという嘘のせいか、若者のほうが、脱原発に消極的みたいなので、紹介しときます。
本当に、原発いらないですね。

非電化

 
 
 
政府も、こういう人たちにこそ、ど〜んと補助金出せばいいのにね。
 
 

方向転換

 
原発が危険かどうかより、問題は、先進国の国民の生活態度や、経済成長ばかり求める企業のあり方そのものです。
仮に自然エネルギーが安全で、原発ほど電力を供給したら、もっと問題かもしれません。
今以上に、便利なものに依存するようになるのは、目に見えているからです。
 
例えば、熱中症で死ぬことは、凍死とは別問題じゃないのかな。
仮に、クーラーに頼りすぎた結果、暑さに弱い体になったのなら、クーラーを使わないことが問題じゃなく、使っていることが問題なわけですよね。
まぁ、全員がそうじゃないでしょうし、例えば校長先生の長い話を、炎天下の中で聴くとか、そんな教師のエゴのために、子供が我慢比べをする必要もないでしょう。
だけど、普段の生活の中で、いったん体が弱くなったら、使い続けなきゃならない状況になるわけで、中毒と変わりません。
電力が足りるかどうかじゃなく、使い方の問題でしょう。
 
どんな電力を使っても、それに頼りきった生活しかできない身体になって、何十年か後で、問題が発覚したら、今回の原発と同様で、後戻りできないがゆえに、どうすることもできない状況に、また追い込まれす。
当然、もっと電力が使われていたら、もっと元には戻れなくなるでしょう。
もっと先の未来にとって、どうなるのかまで視野を広げて考えなければ、安全と言われるものも、逆効果になるだけかもしれません。
ネットで調べていたら、こんなことが書かれていました。
 
「ドイツの環境諮問委員会のレポート(翻訳済)を読むと太陽光発電は補助電源が常に必要となり、規模がでかくなればなるほど効率が悪くなり「最も非効率的な再生エネルギー」と結論付けている。」
 
これが本当かどうかが問題なのではなく、問題なんてものは、次から次へと出てくるわけです(バイオ燃料の生産がもたらす環境破壊、という矛盾)。
その問題を解決する方法は、結局、一人ひとりが、どうするかでしょう。
だから、自然エネルギーも、原発のような効果なんて、期待しないほうがいいです。
原発を抜きにしても、福島の被害は大きく、このチャンスを生かさずして、いったい何をきっかけに方向転換するというのでしょうか。
まさか、何十年も先に起こるであろう、もっと酷い災害を経験してからするというのでしょうか。
今やり始めることができないことを、その先の状況になってからやるなんて、もっと不可能ですよ。
便利なもので、生活を固めるのは、食品に、添加物の上塗りをしたり、農業で、新しい農薬に頼ったりするようなもので、それがまた新たな問題を生み出す原因を作り出すだけ。
天災に耐えられるような原発を作ればいいなんてのは、同じことの繰り返しです。
そうやって、自然との共存をしようとしないで、無理やりねじ伏せたり、押さえつけたり、排除しようとするようなやり方では、きりがないです。
 
 
 
経済成長もきりがなく、これを求め続けた先にあるのは、滅亡しかないと思います。
膨大に増え続けるものには、歯止めをかけないと、自滅しかないんじゃないのかな。 
人口増加に応じて、どでかい工場や、店ができて、家ができて、もっと自然が破壊され、畑がなくなり、自給率が下がったりすることや、無駄に生産しては廃棄にし、ゴミを増やして環境を破壊することが、誰のためになるでしょう。
無駄を増やすための工場ではなく、無駄をなくすための工場ならいいかもしれないけどね。
 
愉しい非電化
 
p30 現在、藤村さんはナイジェリアでオレンジジュース工場の計画を進めている。
「ナイジェリアではオレンジが大量に採れますが、保存ができないので腐られています。一方でオフシーズンにはオレンジジュースを輸入している。国内にオレンジジュース工場を作れば、産業になるし雇用も生まれるという状況です。
 
僕は、10年前から、エアコンは使ってないです。
おかげで、34度以下なら、風さえあれば快適で、夜なんて、涼しいくらいです。
夜に、玄関や廊下の電気をつけるのも、10年前から止めました。単純に、意味がないと思ったから。
2〜3年前から、暖房器具も、扇風機も止めました。夏は団扇のみです。その頃、ちょうど冷蔵庫も壊れたので、止めてみました。
テレビも、ネットがあるからいらない。
携帯電話は、40年生きて、一度も持ったことありません。だって、いらないでしょ。30年も遡れば、そんなもんなしで、みんな仕事してましたよ。
まぁ、エアコンやめるとか大変だと思うけど、夜は、使っていない場所の電気を消すことぐらいわけないでしょう。
真剣に考えれば、便利さや楽しみに繋がらないのに、なんでこんな電気の使い方をしてるのかって思うことが、幾らでも見つかりますよ。
 
愉しい非電化

p38 本当に自然エネルギーにするだけでいいのかを考えてみるべきです。何よりも、3・11以前にこの国に何が起きていたか、もう一度考えるべきです。
実に、すべてのエネルギーに占める電気の割合がどんどん増えていっていました。しかも、業務用はコスト意識があるため削減をしていましたが、家庭用の電気は10年前と比べ、3・11直前では倍増していたのです。
 
どれだけ省エネの製品を使っても、それを理由に使い放題なら、逆効果なだけですね。
 
愉しい非電化

p40 今、電気を含めてエネルギーを使わないでできる、しかもお金もかからないというものに取り組んでいます。たとえば、このストローベイルハウス。厚い壁の中は稲藁と土で、天上と床下の断熱はもみ殻です。屋根には防水シートと野地坂の上にススキを敷き詰めてある。あとは漆喰と土、一部分に材木を使う程度で、すべて自然に帰ることができる素材で建てています。もみ殻や藁は、この近くにある物で材料費はかかりません。材木などの購費用が必要ですが、総額で20万円しかかかりませんでした。しかも知ろうと4人で1ヶ月という短期間で、簡単に建てることができました・・・。

また、天上には風力を使った換気扇があって、部屋の中を床下や北側の冷たい空気が流れるようにしてあります。部屋の上には太陽光を遮断するススキが貼ってあります。屋根は二重構造になっていて、屋根が熱くなると空気が自然に流れて部屋を冷やします。さらには天井裏にもみ殻を詰めて断熱しています。こういう非電化技術の組み合わせで、真夏でも室内をヒンヤリした状態に維持できるため、もちろんエアコンは不要です・・・。

p43 電気を使わないこと以上にもっと大切なことは、この家なら健康でいられるということです。新鮮な空気でいつも満たされ、湿度も適度に調節されているため、カビやダニがはびこることは考えられません。化学物質や電磁波の心配もないのです」

いわれてみると、私たちはかつて石油ストーブでも電気を使っていなかった。せいぜい、点火時に電池を使った程度ではなかったか。それが、便利、快適、スピードを追い求めてきたゆえ、いつの間にか電気がなければ成り立たないと思い込んでいたのかもしれない・・・。

ここには住み込みの弟子がいますが、1年の経験しかないような素人でも作れるもの、簡単に建てられるものを考えてある。建築家が設計したり、大工じゃないと建てられないものでは意味がないので、僕が自分で設計して、弟子でも簡単にできるようにと考えているものばかりです・・・。

p44 昔はそれなりに文化性があったと思う。情緒というべきか、そんな健全な時代があった。けれど、いつしか経済と合理性の時代になってしまった。原発事故もそうですが、毎年、危ういことが起きている。もう一回、技術と文化とはいったい何なのかを考え、科学技術を市民の手に取り戻すことが必要だと思う。過激な言い方だけど、一部の金持ちの道具として利用されるものではなく、自分たちの幸せのための科学技術にすべきじゃないかと思います。

p46 非電化冷蔵庫は、のこぎりとかなつぢ、そしてねじ回しでできてしまう簡単なものです。このことをよく考えてほしい。技術とは、先進工業国の大企業で作ったものを買うだけじゃないってことなのです。電気を必要としない、余計なエネルギー使用しないような製品でも充分、役目を果たすことができるのです」
藤村さんが語るのは、「電気を使わなくてはならない」という呪縛からいったん離れることの重要性だ。それにより、私たちにとっての本当の幸せとは何か、豊かさとは何かという命題を、じっくりと考える時間が生まれるのではないだろうか。
 
大人になっても、知識だけしかなく、自分の手足で何一つ作ることもできず、自分の先生に当たる上司となる人の言うことにだけ、ただ従うだけの人間にしてしまうような教育はいらない。
技術も、職人にしかできないようなものじゃなく、誰もが作れるような技術こそが、大事だと思う。
科学ってのは、身の丈に合ったものでなければ意味がなく、一部の人間にしか理解できないものは止めたほうがいいのかもしれない。
高度な科学よりも、一般の人が理解できるようなものだけが、万能と言うに相応しいのかもしれない。
0からやり直す人たちの誰もが利用できるような、知識、技術、科学、能力の提供こそが、本当の意味での応援じゃないのかな。
本当に必要かどうか、誰にとって必要かどうか、これら全てを考慮しないで、余計なものを援助したり、生み出し続けても、消化しきれない状態になって、どうしょうもなくなるだけです。
 
問題なのは、原発ではなくて、そんなものに頼らなければ生きていけなくなってしまった、先進国の体制や、国民の体質や性質そのものだと思います。
社会のおかしさに気づいて、社会に適応できなくなっても、自然と共存することを学べない教育の結果と、依存と共存を排除し、自立ばかり説いて競争させることで、大衆をバラバラしてしまい、個々の力が結束できず、絶望的になり、自殺や引きこもりが起きているように思います。
勉強、学校、医療、健康、食品、農薬、仕事観、人生観、生と死、結婚観、家族観、世界観、それらの思想と、精神性のあらゆることが問題で、再教育が必要です。
カルト宗教の信者同様に、脱洗脳しなきゃならない状態です。
先進国の生活や、グローバルな自由貿易は、先住民を搾取し、寄生することで実現しており、自給自足ができていない先進国は、自立できていません。
自給率の低さと、GDPの高さは、豊かさよりも、むしろ貧しさの象徴であり、その事実を、お金と物質で隠蔽しています。
 
 

放射能と食情報

 
テレビ・新聞・マスメディアは、情報操作するから、自分で調べましょうヾ(_ _)〃
「風評被害」とか、「食べて応援しよう」ということで、全国に出回っちゃったのかな?
 
 
 
 
 
 
 
 

書籍
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 

「基準値超えて放射性物質が検出された地域」は、福島だけではないのかな?
「高濃度の放射性物質が検出されてても出荷されたものもある」そうです。
僕が読んだことがあるのは、「ドイツは脱原発を選んだ」です。
 
p51 理想というものが、ドイツの文化にはある。自然を守ることが倫理となっている。
日本には理想がないとは思わないが、企業が利益を追求する力が非常に強く、理想の力を弱めているのではないだろうか。まるで、政治を動かしているのは企業であるかのようだ。
 
ところで、放射線、放射能、放射線物質がごちゃまぜになって、ややこしくなっているみたいで、以下の動画は、違いを分かりやすく説明しているようです。おむつってのが、捨てる場所に困ることになる、放射性廃棄物なんでしょうかね?
 
 
放射線を出す能力を「放射能」
この能力をもった物質のことを「放射性物質」
懐中電灯に例えると、光が放射線、懐中電灯が放射性物質、光を出す能力が放射能にあたります。
受けた放射線の量によって、身体への影響は異なります。
 
放射能・原発、これだけ知れば怖くない!」という本があって、先ほど紹介してきた本とは、対照的で、騒ぎ立てる必要はなく、大丈夫という感じです。読んでいないので内容は知りません。
僕は、データで判断するような専門家より、現場での経験や、何千人もの人を対象にしてきた人の言うことを信用します(内部部被曝 (扶桑社新書)
専門家になればなるほど、それだけしか知らず、全体の一部分で判断し、他との関連性を考慮しなくなるからです。
原発事故はなぜくりかえすのか」 のレビューで、「職場の化学系の人が「(物性物理等は別だが)物を扱ったか扱わなかったかの違いを痛感する」と話していた」とか、「放射能は計算で見積もるより漏れやすい」ことを経験してきた「手触り感」があることを知りました」、というのが参考になります。
歪められたデータや基準値では、説得力がありません(内部被爆(岩波ブックレット)
 
どのみち危険なものは、早めに止めるのが一番です。
いつ地震が起きて、これ以上の被害が出ても、おかしくないわけです。
賛成の人は、「うちの子に限って、そんなことはない」ってのと同じで、”ま・さ・か”そんなことはないって考えているのなら、自分が被害に巻き込まれる地域で起きても、同じ主張ができるのかな。
チェルノブイリに匹敵するか、それ以上になる可能性もありえます。
爆弾でも落とされたら、原爆を落とされたも同然で、想定外のことを含めないのなら、9・11から何を学んだのか。
内部被爆も、農薬、添加物、環境汚染による病気の蔓延を無視して、現実を見ずにデータだけで判断するような専門家が、大丈夫と言っているだけです。
放射能を抜きにしても、アレルギーの人なら少量でも摂取すれば、大変な症状が出るし、排泄されると言うわりに、病気は以前よりも悪化しています。
 
 
 
コストが安いと騙したり、情報公開しないで隠し事ばかりして、自分の保身のために、屁理屈ばかりの連中が主張する、安全を信じるのは無理です。
”類は友を呼ぶ”と言うように、危険なものを置いておけば、余計に危険なことを引き寄せるだけです。
起きてもないことを心配するのは、よくないですが、最悪の規模が違います!
 
無農薬を選ぶ人って、食の安全から選ぶと思うけど、脱原発も同様に、平和や安全からでしょう。
だけど、生産と消費によって、大量に廃棄物が捨てられ、そんな労働のために、大衆が奴隷のように働かされ、GDPや学歴があっても、GNHは低く、自殺ばかりで、何万年もの自然環境が、わずか100年足らずで、急速に破壊されてきた中に、原発があるという、全体像から考えるべきです。
人体に影響がないとか、いろんな科学データを使って、議論しあったところで、非常に狭い視野での考え方に過ぎません。
西洋医学と同じで、一部分だけで判断して、対症療法するようなものです。
結局、お互いに何とでも反論できます。
本当は、後になってみなければ、分かるわけありません。
いや、乱開発される前の先住民と比較したら、先進国の環境や病気は、明らかに異常です。
データなど必要なく、現実を見れば一目瞭然です。
本当に、大切なことは皆の幸せと繋がっているのかどうかです。
 
愉しい電力
 
p34 この何十年か、快適、便利、スピードを上げるために電気を使ってきた結果、子供たちの約5割に、なんらかのアレルギーがあるといわれています。化学物質過敏症は約2割、電磁波過敏症は本人が自覚していない場合も含めると1・6割、体温を自分で調整できない子供も5%ほどいるという調査結果が出ています。年中、同じ温度の中で生活しているから、体温調整機能が衰えたのではないでしょうか。
 
p33 3・11で、エネルギーに依存しすぎるライフスタイルが危ういことに、多くの人が気づいたと思います。でもそれが『節電』という小さなことにすり替えられてしまうのは残念です。だって、節電は仕方がないから電気を減らそうということでしょう? 無理なダイエットに似ていると思う。ノドもと過ぎればなんとやらで、節電したらなんとかなった、だから今度は使ってやれという、ダイエットのリバウンドと同じことが起きてしまう気がします。
 僕は電気の使用量を減らすのが目的ではなく、幸せを増やしたいと考えています。幸せ度を2倍にすれば、電気消費量は半分以下になるのではないか。そうすればリバウンドなんか起きない。幸せ度を増やすのは、ライフスタイルを考え直すことで達成できる。それを、3・11から考えてはどうか、と思っています。
 
先住民を知れば、先進国がどれほど異常な状態にあるか分かるし、不必要な電気の使い方を止めることもできます。
 
愉しい電力
 
p34 電気ポット。24時間、いつでも押すだけでお湯が出るポットのことです。実はこの電気ポットだけで、日本は原発3基分の電気を使っていることをご存知でしょうか。

p36 家庭の照明だけで原発10基分の電気を消費していることはご存知ですか? これはドイツの3倍以上です・・・デパートやコンビニ、パチンコ店などは施設の中を全体的に煌々と照らしている。家庭も同じで、人のいないところでも隅から隅まで照らしています。でも、それが幸せなのでしょうか。
 
大多数の人が、仕事に愛着や誇りを持って、ゆとりを持って働き、子供たちが、知識の詰め込みばかりの勉強をさせられ、社会に適応させるための訓練みたいな教育ではなく(カルト宗教が信者をマインド・コントロールするのと同じです)、自給自足の実現と、必要な学びをするために、広い視野で考えると、省電力のほうが効率が良くなるので、原発はいらないです。
どでかいものに頼っていたら、失ったとき終わりです。
 
愉しい電力 自給自足生活

p30 長年、海外に出かけることを続けてきた藤村さんは、あるとき、グローバリゼーションの進行の中で、社会がだんだんとおかしくなってきたことに気がついた。
「たとえばアフリカの人たち。人生を毎日エンジョイする達人のような人たちです。だって一部を除けば、年中暖かでバナナがあるようなところですから、あくせく働く必要なんかまったくない。自分たちは幸せとか、面倒くさいことを考えなくてもいい。他人からどう見られているかとか、人と比べてどうかとかは気にしないし、目標なんて定めない。一日、一つのことをやればいいようなライフスタイルです。病気はあったかもしれないけど、明るくてストレスはなかった。だから、アフリカの人たちが大好きだったのです。
ところが、その同じアフリカ人が、口を開けば、『僕たちは不幸だ、不幸だ』というようになった。なぜ不幸かと聞けば、『貧しいからだ』という。そしてアフリカの人たちも、『日本や中国のように経済成長、工業化すれば豊かになる』というのです。
この話をよく聞いていくと、それは自分たちで考え始めたのではないことが分かりました。外国企業が儲けたいがために、『工業化で豊かになる。お金がなければ貸してあげる』と煽っていたのです。
その先の未来に何が待ち構えているかを想像したら、ぞっとしました。だから、別の選択肢を提供したくなった。彼らにどのような豊かさが欲しいのかを聞くと、働いてテレビや冷蔵庫、エアコンを買いたいという。つまり、豊かさの象徴、幸福の象徴が電化製品だったのです。それなら別の選択肢の象徴として『非電化』を考えるようになった。
だって非電化にしてしまえば、先進工業国に依存しなくても自立ができるからです・・・今の電気は昔の電気とは意味が違います。小さな水力発電所を作っただけで済むわけではない。このようなことが、グローバリズムとして世界を覆いつくそうとしている。僕は電気は否定しないし、電化製品が必要だというのは分かる。でもグローバリズムに巻き込まれて、日本がたどったように貧富の差が広がり、人と人との憎しみが増幅される危険性があると。そこに、非電化という選択肢が細々とでもあれば、意味が違ってくるかもしれないと考えて彼らに提案しているのです。
 
31 まず、今ある案はゴージャスだけど、建設するにはお金と技術が必要だよね、それは、どこからくるのって聞いた。先進工業国に、お金を貸してあげるよ、技術も教えてあげるよ、だからすぐに作れるよって言われていないかい、と。そこで、これまでの経験を思い返してほしい。いろいろな工場を作ったとしても、他の国にマーケットができれば、すぐに撤退してしまっていないかい。残ったのは借金と失業者だけじゃないかって。
 何よりも失業率が60%以上の国なのに、全自動にする必要があるのだろうか。全自動の巨大な工場を作っても雇用は生まれないよね。一部の人は儲かるかもしれないけど、それじゃ貧富の差が広がるだけじゃないか。殺菌だって、全自動で高温殺菌するには多くの電気を使うことになる。人口の50%の人が電気のない生活をしている国に、そんな工場が本当に必要なのかと・・・決めるのは君たちだ。全自動でゴージャスな工場と非電化のシャビィーな工場とどちらがいいか、みんなで決めてくれといいました。そうしたら全員、涙を流しながら非電化にするって決めたんです。よく考えた結果、テクノロジーに幻惑されて幸せを見失ってしまう可能性が大きいってことが分かったんだと思う。
 
発展途上国を搾取して、お金による植民地化をしないとできない経済成長など止めるべきで、多国籍企業の儲けのために、格差の拡大に役立つような原発はいらないです。
田中優さんがブログで、「ドイツの就業者一人当たり輸出額は日本の約三倍、もちろんドイツ人が日本人の三倍働いているわけではない。安いものをたくさん作ろうではなく、価値の高いものを誇りを持って作っていくべきではないか。中国を目指して競争するのではなく、ドイツを目指して行くべきだ」と書いていますが、その通りです。
 
 

全45ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6] [7] [8] [9] [10] [11]

[ 次のページ ]


よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事