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外の神を信じたければ、何でも好きなものを信じればいい。
内なる神を信じたければ、内在神を信じたらいい。 どっちでも好きなほうを信じるといい。 自分にとって、どっちが合うか合わないかで決めたらいい。 |

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こんにちは、ゲストさん
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外の神を信じたければ、何でも好きなものを信じればいい。
内なる神を信じたければ、内在神を信じたらいい。 どっちでも好きなほうを信じるといい。 自分にとって、どっちが合うか合わないかで決めたらいい。 |
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昨日、テレビで久しぶりにトトロを見た。 歌詞が気になったな。 いっぱい省略して、部分的に引用すると、 ちっさな芽 生えたら 秘密の暗号
森への パスポート すてきな冒険 はじまる 子供のときにだけ あなたに訪れる 不思議な 出会い 森への パスポート 魔法の扉 あきます もしも会えたなら すてきな しあわせが あなたに 来るわ 子供のときにだけ あなたに訪れる 不思議な 出会い ジブリは、こんな感じの歌詞が他にもあるね。
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一人ひとりの人間が社会を作るのであって、政治家のような、一部の権力者が作るのではない。 僕たち一人ひとりが社会をよくするのであって、国が課す義務や法律やルールはいらない。 そんなものでは、人を大切にする気持ちを育みはしない。 気遣いや思いやりもなく、そんなことをしても、罪悪感と恐怖と罰を与えるだけだ。 会社とか、地域とか、グループ単位ではなく、一人ひとりの人間の自由意志こそ守られるべきだ。 しかし、反対しようが望んでいなくても、関心を向けることで対象を引き寄せることになるから、次の記事で明るいニュースを伝えよう。
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僕は、ブログを消そうとしたりしたのは、否定的に考えてたのは間違ってたのかもしれない。 その人のことは、その人の問題と思って、それこそ自分とは無関係と思うぐらいの気持ちで処理すればいいだけのこと。 そう思えなかったら、結局、相手に合わせて自分を変えるか、相手を変えようとするかのどちらかになってしまう。 だったら、なに言われようが、気にしないで自分のペースでやるのが一番だ。 自分にそれができて、初めて相手にもそれを許せるわけだしね。 お互いの考えが違ってても、お互い干渉しなければ争うこともない。 それどころか、相手が何かを要求したら、むしろ無視することが大切なのかもしれない。 幾ら言っても無駄だと分かれば、相手も強制することは諦めるしかないと分かるだろう。 そうやって初めて、相手も自分が変わるしかないと気づいて、他者の自由意志を尊重し始めるようになるのかもしれない。 僕は、相手の立場になって考えることばかりしてきた。その結果、控え目で何もできない人間になってしまった。 学びは、お互いにあるわけだから、何も自分ばかり省みる必要はない。ときには、自分の意志を押し通すことで、相手に学ぶべきことを学ばせるってのも一つの手だ。 実際、自分の好きなようにするってのは、何も相手に同じことを要求するのとは違うから身勝手ではない。 相手には相手のあり方があるように、自分にも自分のあり方があることを示すだけに過ぎない。 それが分からずに、それ以上のことを求めてくるようなら、それは相手の問題であって、自分の問題ではない。そんなものを背負い込んで生きてたら、今度は自分がそれを他者に対してするようになるだけだ。 それに、我慢したからといって、同じように相手が我慢してくれるわけじゃない。 そしたら、不平不満が出る。自分はこうしたんだから、相手もこうすべきだという悪循環に陥る。 当然、許せなくなる。自分にとって許せなくなる状況を引き寄せてるようなもんだ。 エイブラハムとの対話
p216 我慢は「許容し可能にすること」ではない・・・あなたが我慢してほかの人の行動を邪魔しないなら、我慢はほかの人にとって有利だろう。だがあなたにとっては有利ではない。我慢しているあなたはネガティブな感情でいるし、したがってネガティブなことを引き寄せている。だが「許容し可能にする者」になれば望まないことを経験に引き寄せることはないし、絶対的な自由と喜びを経験するだろう。 何も言わないほどに、相手は何でもかんでも言ってくるものじゃないだろうか。 苛められても何もしない人のほうが、おそらくまた苛められる。 何もしないというのは、許すという意思表示にもなり得る。でも、やられる側はそれを我慢してるわけだから、その嫌なことにまた関心がいってしまう。それを忘れていられる時間はほとんどなく、嫌なことはまたすぐに思い出す。その結果、同じことを引き寄せてしまうのかもしれない。 自分に余計なものを課さないと決めてしまえば、その時点で自分を肯定できるようになるし、溜め込むこともなく、何言われても気にすることもなく、もっと気楽な気持ちでいられそうな気がする。 僕は、書くことが強烈なように思えたから、あまり言いたいことを言わないようにしたり、ファン登録にしたりしてきた。少しでも、多くの人が気分を害さなくてすむと思ったからだ。 でも、よくよく考えてみたら、常識と言われてることも、次の世代では非常識になってるかもしれない。 となると、常識だったら非常識な言動よりも、責任が軽くなるわけでもないってことだ。 尤も、責任も義務も全て幻想で、そんなものは何一つないと個人的には思ってるけど。 なんにしろ、常識なことを何でも書いていいなら、非常識なことでも同じだ。 それに、僕のシンクロは、ちとメッセージ性がありすぎる。 ただのシンクロじゃなくて、シンクロしたことがどんどん繋がっていく。 特に、アセンション関係は、この調子でいくと、もうファン登録のままでいいのかどうかと思えてくる。 まぁ、これも引き寄せの法則が本当なら、求めたことだから当たり前のことになるけど。 それにしても、興味のある人も出てくるかもしれないしな。 同じ考え方をするような人もいるだろうし。 とにかく、自分のブログなんだから、何書こうが自由だね。 投稿して、しばらくはファン登録のままにして、それから公開しよう。 それでも、たまたまここに来て、読む気になった人がいたら、その人にとってはいいのだろう。 それ以外の人は、関係ないのだ。 読まなくていいんだと思う。 それもまた、お互いにとって、きっとありがたいことなんだね。 エイブラハムとの対話
p240 誰かがあなたのなかの何かを否定すると、それはその人の目に表れ、あなたは自分が非難されていると感じる。だが、それは否定する者のほうに欠落があるので、あなたのほうに何かが欠けているのではない。その人たちは他人の欲求を「許容し可能にすること」ができず、そのためにネガティブな気持ちになっている。原因はあなたの不完全さではない。 |
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昨日、書店で買った精神世界系の雑誌だけど、「体外離脱」と、「引き寄せの法則」が特集だった。 どちらの知識もなくて、興味がある人は、簡単にまとめられてるから読んでみるといいかもね。 僕も、どちらの本も、まだまともに読んだものは一冊もない。 体外離脱の本を立ち読みしていると、ときどき「フォーカス」って言葉が出てくる。 何のことか分からなかったけど、 フォーカス1:物質界 フォーカス10:意識ははっきりと目覚めているが、体は眠っている状態 フォーカス12:知覚が拡大した状態、五感を超えた知覚が可能、自分のガイド・守護霊・ハイヤーセルフなどと呼ばれる知的存在とのコミュニケーションが可能 こんな感じで書かれていた。まだ他にもある。
死後を体験した記述の本は、アマゾンのレビューなどを参考にすると、「神との対話」のように壮大な感じがする。 「死んで私が体験したこと」は、僕も読んだことがあるけど、キリスト教色が強いとはいえ、感動的な本だったのを覚えている。絶版になっていたから、図書館で借りて読んだ。 これから、僕はそういう類の本ばかり読むだろうな・・・ |
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