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14ヶ月ぶりに福島県南相馬市を訪れた。
比較的早く避難指示が解除された商業区の原町は、気温が8度もあり家族ずれで賑わい普通の街の様子ですが、今だに仮設団地があります。 平成28年7月に避難指示が解除された小高区は工事業者車両が目立ち、住民の往来は少ない。今回は初めて小学生や高校生を見かけました。
小高駅前の高校生集団は明るい気分になるが、避難指示の経緯を考えると複雑な気分だ。 駅前で地元の青年が運営する週末だけ開店する軽ワンボックスの喫茶店でコーヒーを飲んだ。 小高の未来は彼らが築いてゆくのでしょう。
私は南相馬市小高区から山形に避難してきた方の親睦会、南相馬親睦会の事務局をしていたので、ご縁を感じるのです。
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1月20日 土曜日、福島県にある南相馬市ボランティア活動センターに向かう。
センターは小高病院の向かいに移動し以前より判りやすい。
派遣先は更地になった農家宅らしき跡。 集められていた約70cmに切断された竹を軽トラック4台に積む。
まだ1、2台分残っていたが車両がなく積めなかった。 週末は処分場が稼働していないとの事。 軽トラックの竹は来週に別のボランティアさんが運ぶそうです。 原発事故立ち入り制限地区で帰還等に向けたボランティア活動を続けてきた民間ボランティアセンター。 日本一面倒な地域で活動を続け、今だにボランティア達が参集する。 どこまで依頼に答えるのか、どこまで寄り添うのか、ボランティアの健康管理は、助成や公的支援、行政のあり方、報道の在り方等、課題は多い。 自宅からは部分的に高速道路も開通し、運転が楽になったので訪問の頻度を増やしたいと思います。 |
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14ヶ月ぶりに福島県南相馬市を訪れる。
比較的早く避難指示が解除された商業区の原町は、気温が8度もあり家族連れで賑わい、普通の街の様子ですが、今だに仮設団地があります。 平成28年7月に避難指示が解除された小高区は工事業者車両が目立ち、住民の往来は少ない。
今回は初めて小学生や高校生を見かけた。
小高駅前の高校生集団は明るい気分になるが、健康面を考えると複雑な気分になります。 駅前で地元の青年が運営する。週末だけ開店する軽ワンボックスの喫茶店でコーヒを飲みました。 このような若者達が新しい街を作っていくのでしょう。
私は南相馬市から山形に避難してきた方の親睦会、南相馬親睦会の事務局をしていたので、ご縁を感じます。 |
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このブログで何回か紹介してきた中浜小学校。
海岸に近く、設計段階から津波に耐える事を想定し作られた小学校は、津波到達時には児童らは屋根裏の避難部屋で一夜を過ごしヘリコプターで救助されたそうです。
学校は津波の海水が校舎内を通り抜けるよう設計され、そのように海水は流れたそうです。
(大型船や家などが衝突せず幸運であった)
被災後数年程、誰でも立ち入り出来る状態でしたが、備品の盗難や校舎内の破損が進み危険な為、現在は立ち入り禁止になっていますが、校舎のすぐ近くまで立ち寄る事ができ、写真パネルが展示され校舎内の様子を知る事ができます。
視察には語り部さんがおり、市教育委員会に連絡すると紹介してくれるはずです。
ぜひ地元の方のお話を聞いてください。
この学校の周囲には街があったそうですが、現在はその痕跡がありません。
学校の隣には鎮魂の線年塔が建立され、幸せの黄色いハンカチを掲げるイベントも継続されています。
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2011年、12年頃、宮城県山元町にボランティアに行くたび気になっていた老人ホームがある。
海岸線から300mに位置する老人ホーム梅香園とケアハウス福寿園の被災跡である。
まるで沼の中に半分沈むようにある建物跡を見ると祈らずにはいられない。
好奇心豊かな私も近づく気になれませんでした。
梅香園は入所者42名、職員20名、行方不明1名。
福寿園は入所者16名、職員3名。
計82名の方がお亡くなりになりました。
老人ホームの避難問題。難しい問題です。
近くに 鎮魂伝承希望乃碑が建立され、乗用車数台分析の駐車場があります。
遺族の方の祈りの場となっているのでしょう。 老人福祉に関わる方は訪れるのもよいでしょう。 場所は普門寺向いの駐車場の隣。
花釜避難丘公園に向かう途中に位置します。
なを現在は当時の建物はありません。
詳しくは検索してください。
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