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神戸震災後の再開発の混乱とその後を冷静に考えると「発災前から災害弱者だった人は救えない。」と
いうのが結論だと思います。
何故、災害弱者が発生するのかと原因を考えれば「社会の矛盾、健康な体」と「本人の人生の努力、生
き方、プライド」の二問題になると思います。(例の問題はパス!)
それらを意識すると、意識する前とは違う自分がいるはずです。
災害ボランティアをすると社会の矛盾、不条理を意識するようになります。
「だからこそ社会教育の為にも若者を被災地に送る」という行為は、現在の若者は素養、基礎意識が無
さすぎると思います。
社会(就職問題)情勢も神戸震災当時とは、まったく違う事を意識してください。
神戸震災で最後まで「災害弱者は救えると信じ支援した人々」が中越でも排除された、警戒されたと
いう問題は、行政、行政系ボランティアも意識していただきたいと思います。
結果的に「現場のノウハウ、資質を持つ経験者が公的ボランティア・センターに参加しにくい雰囲気
を作りだし中傷合戦となり混乱を招いた。初心者を教育できる機会を逃し、ボランティアと呼ぶには、
あまりに資質が低すぎると地元の地域ボランティア育成者達に言わしめた事を覚えておいてください。」
そして「たまたま被災しただけの自立した住民」は、「ニート・ボランティア」という差別用語を
生みだし、彼らが将来「未来の災害弱者になる可能性が高い」という事に気づいてください。
「勝手に集まってくるボランティア(主力は無職、フリーター)という人を無料の人足として利用
しようとしている事の危険性に気づいてください。」
「本当に彼らを効率良くコーディ・ネートしようとして良いのでしょうか?」
発災直後の「被災地の住民」と「被災地の行政」は混乱しています。
そこに何の社会経験も無く、感情的になる若者を集め利用しようとするのは無理があるのではないで
しょうか?
彼らは「被災地で飯も満足に食えないのです!」
現地の混乱を見た矛先は、感情的に行政非難になるのは当然の事ではないでしょうか?
「災害支援、災害ボランティアは大人が社会責任としてするべきで、余力もあれば若者も教育する。」
助けたい意識はあるが、何の人脈も無い(社会的信用、経験が浅い)若者が集まるのが公的な災害ボ
ランティア・センターです。
人脈、経験が有る者は、それぞれのレベルにあった人脈、受け入れ先で行動します。
もちろん社会的しがらみがありますから無茶はできません。
私が会った何人かの「神戸で弱者救済を訴え」と行政側と激しく敵対したと思われるボランティアは、
中越では呪いの呪文を叫びませんでした。叫びたい気持ちを必死に堪えていました。
吹聴し広めているのは何も知らない初心者と中途半端なベテラン気取りのバカ者です。
ごく少数強く叫んだと思われるボランティアがいたようですが、結果的にボランティアに対し強い疑念
を被災地に抱かせました。
余所者が被災地に必要以上に介入、意見してはいけません。
「神戸の呪縛を余所の被災地に持ちこむのは止めてください。迷惑です。」
「いいかげん和解してください。」
「災害に弱い街は、どこかでリセットしなければならないのは、皆判っていますから。」
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