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「自分が洪水や震災で被災し避難生活をしつつ日常をすごすに必要な能力」や「被災した親戚の手伝い、
被災地ボランティアに参加する能力」や「その為に必要な訓練とは何だろうか?」
もちろん特殊な訓練をするのではなく、普通の人が普通にできる内容だ。
防災訓練(一般的には被災後3日間のザバイバル訓練)では、応急処置や炊き出し訓練やジャッキの使い
方を半日やってみる程度で、実際には経験不足であまり役に立たないだろう。
防災団体「ディー・コレクティブ」の写真展示会場で手伝いをしながら「防災に興味の無い通りすがりの
一般の人にいろいろと聞いてみた。」
展示会場は駅前ビルの23階展望展示場で列車時間待ちや家族やアベックの無料の観光コース、時間潰し
に利用されている場所で、防災に興味の無い普通の人と気軽に会話できた。
「災害(被災地)ボランティア」のイメージを聞いてみた。
やはり「救助隊の勇ましいイメージ」や「優しい看護婦(士)」のイメージが多かった。
一般的な災害ボランティアに必要な能力とは、実際に自分が被災し自宅や職場や親戚の家を後片付け、
掃除、炊き出しをするのに必要な能力だろう。
もちろん、被災し町内会の人達と助け合う能力や行政と交渉する能力も必要だ。
災害ボランティアで経験する事は、避難所運営や個人・地域の復旧・復興に必要な経験だろう。
「災害(被災地)ボランティア」に必要な能力で、医療や介護の資格、経験が無い人はただの肉体労働
の雑用係りが主な作業になる。
水や物資を運ぶに土木作業用の手押し一輪車(ネコ)が使えると便利で楽だ。
テント生活や水害であればスコップを使う能力も必要だ。
大量に発生するゴミの分別やトイレ掃除をする気力も必要だ。
「怪我の応急処置やジャッキの使い方を訓練しても、その能力を使うのは発災直後の数時間」で
数日から数ヶ月の間「日常生活としての避難生活をするには、必要の無い能力だ。」
炊き出しの能力は、山形の人は「芋煮会」が盛んなおかげで、誰でも炊き出しできるだろう。
この芋煮会のおかげで町内会や職場やサークルや親戚や友人が集まり共同作業する機会も多い。
山形の人は、「炊き出し能力」に関し心配ないだろう。
「じゃあ、スコップと土木作業用の手押し車(ネコ)が使えて、トイレ掃除をする気力が育って、
年齢差を超えて会話する能力が育って、近所で手軽にできる共同作業できる訓練ってなんだろう?」
答えは、子供の頃から、町内会やPTAで「川掃除(ドブ掃除)」をし「公園の公衆トイレを掃除する
事だろう。」防災団体の人達とも意見は一致した。
ごく単純な答えに笑ってしまった。
よく防災対策、被災生活として必要な事は「近所の助け合い」と言うが、抽象的でピンとこない。
「川掃除」、「公園のトイレ掃除」、世代間の年齢差を超えて会話する能力としてお祭りもいい。
それで、通りすがりの一般人に提案してみたら納得してくれた。
ただ一人、「横浜から来た人に質問された。」
「川掃除ってなんですか? ドブ掃除ってなんですか?」
質問に答えた「町内会で道路の端の排水溝(ドブや小川)に溜まった泥を春にスコップで掘り出す
共同作業です。都会じゃ、やらないの? 行政が土木業者に委託してやるの?」
と聞き返したら「道路の端に排水溝(ドブや小川)は無い。地下の下水道に流れる。」と答えられた!
目が点になった。「あぁぁ、都会じゃ、そういう半強制的(義務)な近所の共同作業は無いんだ!」
となると・・
「都会の近所の助け合いとは、本当に自主的な助け合いで、やっても、やらなくともいいんだ!」
「義務的な共同作業ではなく、市民活動なんだ!」
「田舎の半強制的(義務)な共同作業では無いのだ!」
じゃぁぁ・・!
中越震災で救援に訪れたはずの「防災団体や市民団体の人達が被災地、被災地の人と衝突し、ボラン
ティアを受け入れぬ田舎者を捨て台詞を吐くのは当然だ!」(過去の被災地でも衝突する事はあった
ようだ)
「ボランティア」、「地域の助け合い」の発想、「コミュニティ」のイメージがまったく違うのだ!
都会の人が地方のコミュニティーを理解できない。溶け込む手法を知らないのは当然だ!
地方、特に豪雪地帯では「近所の助け合いとは、自由意志による個人の集合体としての共同作業では
無く」、「集団として助け合うのが義務なのだから!」
だって、やりたくないからと重労働の除雪を正当な理由も無く一人だけやらなから、周りの義務を果
たしている人達は怒るだろう。
う〜〜〜ん・・・ 異文化コミュニケーション・・・_| ̄|○ 納得した
写真提供:ディー・コレクティブより
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