|
ブログ移転につき振り返ります。
読売新聞掲載ですが、お年寄りは修正し消してあります↑
私が被災地に通う理由に
[良いボランティア、悪いボランティアって何だろう?]
[被災した家財、想い出の品を残したい] という想いがあります。
多数の災害ボランティアが一軒の被災宅で片付け作業をする事により、依頼者がパニックになり家族の想い出の品、遺影やアルバム、貯金通帳まで捨ててしまい、後日落ち着いた頃に想い出の品が何も無い事に落ち込む悲しむ現象が時折あります。 私は[ボランティアを依頼する、ボランティアと付き合うと不幸になる]という復興期の被災者が口にする地獄の言葉に苦しんできました この事に気づくボランティアはごくごく少数であり、ボランティアが家族の想い出の品まで捨ててしまう事を話題にすると皆感情的に怒りだしてしまいます。 しかしボランティア側の意識、手法の問題であり改善できるはずです。 シンポジウムや大規模図上訓練の席上、個々の話題提供の場で問題提起しても「人命救助優先で それどころではない」と相手にされませんでした。 私は被災した家財、アルバム、地域の想い出の品(未指定文化財)を できるだけ捨てない意識や洗い乾燥する方法を大学より学び細々と伝えてきました。 災害ボランティアセンターの初動期に無闇に捨てない意識付けをするのが精一杯でした。 2011年3月11日 東日本大震災発生。
発災3日目あたりでしょうか? TV中継では、人命救助、行方不明者を探す自衛隊員が活動の傍ら、水没したアルバムを拾い集めていました。 その行動は人として当然とも思えますが、随分早い時期から、しかも隊員個人の意思ではなく組織的に回収している事に驚くとともに感心しました。 被災地の現地風景の一つとして時折TV生中継された自衛隊が集めた水没アルバムは、一般の人やボランティアにも家族の想い出、人が生きた証しを残す意義を考えさせた事でしょう。 その後、様々な人により集められたアルバムは災害ボランティアセンター等に集められ、現地や全国のボランティア団体で応急処置、乾燥、ファイリングされ、回収された地域で家族に返却する活動が寄付金や復興予算を使い行われました。 その意識、ノウハウ、活動はその後の水害や震災でもおこなわれ、災害支援の一つのジャンル、文化になったと考えます。 とても嬉しく感激しております。 徒手空拳でノウハウを築いた大勢のボランティアさん、関係者の皆様に感謝申し上げます。 東日本大震災後、平日は山形県からのボランティア派遣仲介、広域避難者支援の総合仲介を行う専従職員として。休日は有志のボランティアとして行動する私は、被災アルバム保存、被災文化財保存に ほとんど関われなかった事が心残りでなりませんでした。
防災行政向けの本「防災 協働のガイド」(2008年発行)に 現場に通う災害ボランティアとして「情報を提供し不安を取り除く事、想い出の品や被災アルバムの保存の必要性」を提言、寄稿する機会をいただいた高橋洋様にお会いし、あまりに早かった自衛隊のアルバム回収について尋ね腰が抜けるほど驚きました。 発災直後、市民との連携を模索する自衛隊は、この「防災 協働のガイド」を読み、「被災アルバム回収の命令」を現地部隊に出したそうです! もう涙が出ます。
私が動けずとも誰かが想いを受け止め動いてくれる。 そしてそれは、自然に大規模回収、保全、返却の文化につながってくれた。 災害支援、人の想いは一人がなしえるのではなく大勢の人々の想いでつながっていく。 私の心残りは解消し、もう災害ボランティアを引退してもよいとも思えました。 「未来が見えず戸惑っている人、困っている人を助けたい」
「自分がちょっとだけでも人の役にたてる」
その想いは引退する、しないとかの問題ではないでしょう。今後も関わっていく事でしょう。 皆様、ありがとうございました。 心よりお礼、申し上げます。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2019年08月30日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]




