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2年前の秋。「どんどん支援したい。物資をどんどん送り込みたい。いつまで支援したい。」
神戸震災の悲しみは、善意の押しつけとなって中越震災の住民を苦しめた。
その過ちを繰り返さない。過ちを反省した手法を「伝えよう」とした人達の努力は、長野県で開花した。
「あえて支援しない。一歩下がった位置から支援する。住民自立を最優先に支援する。」
その手法は、全国に広がるだろう。
(まあ、以前からあった手法だが、広く伝わっていなかった。)
「伝えよう」としたから「伝わった。」
「黙っていては、伝わらない。」
今年の夏。大勢の長野県民が同じ県民の豪雨被災地に駆け付けた。
地元優先でボランティア募集がなされたので、過去の水害ボランティアの経験者の手法が伝わりにくかった。
正直、残念な光景が沢山見られた。
適切な道具を使う発想、知識が無く、興奮状態にあり、急いで作業を進めようと無理な作業がまかり通ってい
たようだ。
保険の証明に備えて「被害状況の写真を撮っておく事」を伝える人が少なかったようだ。
「何がゴミで? 何が再生可能で? 洗えば使える物なのか? 極力、財産・思い出を捨てない。生活再建への
出費を抑える。」伝える人が少なかったようだ。
床板を剥がすに、ツルハシが使われた。被害者の目の前で破壊行為が繰り広げられた。
床板を剥がすに、スコップが使われ、破損する板が多く再使用可能な板が少なかった。
大小のバールとカナヅチが有れば、床板は綺麗に剥がせるのに・・。
被害者の目前で「家」が「思い出」が、破壊される光景を見せつける事は、なかったのに・・。
あろう事か、剥がした床板は、即トラックに乗せられ捨てられていた。
洗えば、再使用可能で修理、「生活再建の出費」を抑える事ができたというのに・・・。
床板は、一部屋が土砂で押され持ち上げられ破壊されていた。
そこから土砂が室内に入りこんでいた。
床上の土砂被害であり、家屋の一部損壊。畳みや電化製品等の家財の被害が認められた。
だれも写真を撮っていなかった。
被害者の方もたぶん撮影していないだろう。
保険は、単なる床下浸水として処理され、保障額は実際の被害より小さな額になるかも知れない。
私は、ボランティアのグループ・リーダーではない。巡回指導員でもない。
そこには、私以外に指導するべき立場の人がいた。
私のような一ボランティアが事前の事情も判らず直接、口出しするべきではない。それは心得ている。
(ただ、鬱症状の見られるお爺さんは現場から離れさせてくれとお願いした。)
ただの一ボランティアとして土砂を出すだけだ。手があけば手伝い、体で示すだけだ。
作業を勢力的に指揮していた被害宅の親父さんは、段々無口になっていった。
その目と会話は、だんだん機械的になり最後にはロボットのようだった。
被害者の鬱、高ストレス状態には敏感になっている私・・。苦しかった・・・。
誰か適切に・・ 丁寧に作業をする方法を指導してくれる人が欲しかった・・。
事前に保険の話を・・ 記録写真の必要性を伝える人が欲しかった・・・。
「 伝えよう! 」
「貴方が、経験した事を伝えよう!」
「災害ボランティアで、被災された方に教えていただいた経験・知識を伝えよう。」
「 伝えよう! 」
「被災された方の、プライベートと悲しみを見せていただき、学ばせていただいた経験を伝えよう。」
「 伝えよう! 」
「災害ボランティアは、次に伝えるのが義務で有り。伝えないのは、罪である。」
「大勢の悲しみ、自分の悲しみを乗り越えて、さあ! 伝えよう! 」
注:受け入れ側の指揮でな (゚Д゚)
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