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体験から発信する防災・復興支援ブログ / 被災後の後始末、防災訓練、災害ボランティア、復興支援 : 遠藤正則

捨てるな!思い出の品

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宮城県山元町での被災アルバム保存、返却の様子
 
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                      ※一般の方の見学はできません。

「思い出サルベージ(写真の救済)」  NHK動画 1分30秒
http://www.nhk.or.jp/ashita/miraijuku/local/121012.html
 
ユーチューブ記録 動画 7分
http://www.youtube.com/watch?v=AZXfebJ57kM
 
被災写真を救済する ―― 「思い出サルベージ」プロジェクト
http://synodos.jp/fukkou/2561
 
 
<保存作業を行う団体の公式サイト>
 
思い出サルベージ
http://jsis-bjk.cocolog-nifty.com/blog/

<日本社会情報学会(JSIS)災害情報支援チーム(BJK支援チーム(BJK)>
 http://jsis-bjk.cocolog-nifty.com
 10月19日、20日。宮城県山元町の仮設住宅での被災アルバム返却会にボランティアとして参加。
津波で被災し主に自衛隊により拾われ集められたアルバムが全国のボランティアの手により洗浄、乾燥、分類、写真画像データー取り込み、新規プリントアウト(ネガや希望写真)、展示、返却会で持ち主の手に戻されています。
 思いでサルベージ http://jsis-bjk.cocolog-nifty.com/blog/
 
 山元町では70万点の写真、アルバム、ネガなど集められました。
 目もくらむ作業量、困難さ、そして被災された方が 「写真を探す気持、写真を引き取る気持になるまで待ち、その気持になったときにいつでも返せる寄り添いの体制」を構築し維持してきた多くの皆様の協力、連携に感謝いたいます。
 
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 写真は、常設展示返却会場の看板です。
20日は、仮設住宅の集会所に写真を持込み展示しました。
近隣の方々は、自分の写真を探しに訪れ、見つけ出し喜んで帰れられていました。
また、静かに帰られた方もいました・・ 虚しさ、哀しさ・・・ 再び探しにくる気力は大変なことでしょう・・
 
 東日本大震災の最初の年。南三陸町、七ヶ浜町での被災アルバム写真洗浄に参加しました。写真裏に住所、氏名が記載されてあったり、看板や背景から人物や住所の特定ができる写真もあります。
その方に直接返そうとしても「受け取らない。見たくない。」と答える方がいるそうです。
だから無理に返すのではなく、「前向きな気持になり、受け取る気力が生まれるまで待つ必要があります」
 
 いつまで保存するのか? 誰の持ち物なのか? プライバシーは? 生存者がいない世帯の写真の扱いは?
費用は? 問題が沢山あります。 
 本来は、この一連の解決策、実働に私も積極的に関わりたかったのです。
東日本大震災前から、この問題をシンポジュウム等で提起し「それどころではない」と無視され続け悔しさと無念を我慢しつつ、関心を持つ方の協力を得ながら細々と「災害ボランティアによる被災アルバムの救出、そのための安全意識・被災住宅に関する安全知識・技術の普及、災害時に緊急車両扱いとなる手はずの構築、災害ボランティア向けアルバム洗浄、乾燥の講習をし続けてきた(知る限り)ただ一人の講師」として・・・
 
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 多くのボランティア、支援者が「被災者に寄り添い。最後まで寄り添う」と言います。
組織的災害ゴミ捨てボランティアセンターに関わり、本当に長期間被災地に寄り添えば、この問題に気づくはずです。対策を打たないのはなぜでしょう?
「過去の被災地で、発災数ヶ月後に災害ボランティアは何故嫌われた? 
 
      ボランティアがアルバムまで捨て想い出の品が何もない!」
 
ようやくこの問題に光りがあたり意識が普及しそうです・・・
 
(※ 正確には、ボランティアは手伝い依頼者に確認した上でアルバムを捨てているはずです。
   ダ人数で手伝いに行かない。捨てていいと言われても捨てない配慮の意識普及が必要です。)
 
 
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     この冷却保存用クーラーBOXを持ち、被災地を歩くのは止めたほうがいい。取材攻めで身動きが
     取れません。
中越地震の被災地に通っていた理由の一つは 「日本の木造建築物は本当に地震に弱いのか?」実際にこの目で見てみたいと思い観察していた。
奈良の薬師寺のように何百年も建っている巨大木造建築物もある。
答えは、ちゃんと作った木造建築物は地震に強い。免震構造になっているという答えだった。
 
そもそも建物が地面に固定されておらず、玉砂利や玉石の上の建てられた昔の建物の作りは、地震の揺れに合わせ建物が動くようにするもので最新の制震建築構造物のベアリング(金属玉で動きやすくした金属部品)で建物が動きやすくする仕組みと基本的に同じです。
同じように建物全体が揺れに応じて動き、地震を受け流すのが日本の本来の木造建築の手法です。
詳しくは、下記ブログを参照ください。
 
 
では、なぜ現在の木造建築物が弱いのか?
1,工事日数、建築費の関係で手抜きになっている。
2、建物を地面に固定する建築基準法が間違っているのではないでしょうか?
 


 
 もうすぐ中越地震が発生した10月23日です。
お祭りの日ではなく、追悼の日です。
 
 東北芸術工科大文化財保存修復研究センターと山形文化遺産防災ネットワークが文化庁から表彰される事が発表された。
 
山形新聞   県内2団体に文化庁長官感謝状 被災の文化財修復に尽力   2013年03月23日
 
 私もネットワークの構成団体の一人であるが、東日本大震災では文化財レスキュー、応急手当等の活動は何もしていない・・・。急がしすぎて手がでなかった。
 東北芸術工科大文化財保存修復研究センターと山形文化遺産防災ネットワークは、東日本大震災前から水損書物の応急処置、乾燥方法を一般にも教えていた。私も受講し災害ボランティア向けに講習を行っている。
 
 山形県庁が東日本大震災翌日からNPOに迅速に「緊急通行車両確認標章 (通称 緊急通行証)」や「災害派遣従事車両等証明書」を発行したのは、中越沖地震でこれらの団体に発行した前例があったからだろうと私は考えています。
発災したから出来たのではなく、平時から備えている。また、実行してきた信用、経歴の積み重ねが重要なのだと訴えたい。
 
 今日は、あと20分で終わりですが、1月26日は文化財防災デー。
 山形では、1月11日、12日 山形大学人文学部や県立博物館を会場に東日本大震災で津波により浸水、離散した岩手県の陸前高田博物館の展示品のレスキュー、各地の大学や博物館で応急処置の様子が発表された。
文化財のレスキュー、修復、保存、新しい博物館などでの公開まで、長い年月、計画、様々な連携が必要とシンポジュウムを聞いて思いました。
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 岩手県では、文化財保存関連のシンポジュウムが活発なようです。関心を持つ人や機関が多いのでしょうか?
私も岩手に聞きに行きたいが、遠すぎますね・・・
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