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体験から発信する防災・復興支援ブログ / 被災後の後始末、防災訓練、災害ボランティア、復興支援 : 遠藤正則

能登震災・対応・ボラ考

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能登震災の地の住民生活再建支援はどうなってるの?
心配していましたが、県仮設住宅生活援助員という方がおられるようです。

 能登半島地震:復興だより 新たなきずなに広がり 仮設住民が生活援助員 /石川
 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070526-00000242-mailo-l17

神戸や中越での生活支援相談員制度のようなものだと思います。
震災前からのご近所の顔役の方がなられたのでしょうか? たぶんそうでしょう。
仮設住宅に住む事で二十四時間対応可能(本人の気持ちしだい?)。
自治会の機能、まとめ役も期待できます。
県直属の委嘱という事は、意外と動きやすく、県に提言しやすいかもしれません。
この制度を見ると過去の被災地での失敗と成功は、ちゃんと伝わっているのだと安心しました・・。
そろそろ、このブログも週末更新にしたいな・・と思ったりもしてます。

ただ気になるのが、「仮設住宅に住む人を対象にしているので、仮設住宅に入らない人への援助、相談
を誰がやるのか?」
また、「仮設住宅に住む、65歳以下の対応を誰がするのか? 過去の例を見ると65歳以上が対象と
されており、中年、若い世代のケアが非常に少ない。」

「国、行政による生活支援法の説明、個別相談を誰がやるのか?(仮設住民、仮設住民以外も)」
過去の例を見ると、この援助員の方が相談にのる事例が多くあると思われますが、正直、高齢者、一般の
人には理解できない難解な文章で有り、多種多様な制度を複数併用する場合が多く有ります。
支援法に関する専門の相談員の方が必要だと思われます。
これらの「支援法相談員」の方は、退職した市職員の方が委嘱されるのが適切ではないでしょうか?
「お役所の文書に抵抗感が無く。在職中に多様な課を経験し、プライバシー意識や個人の問題に干渉し
すぎない訓練(?)がなされている。
なんと言っても過去の役所側認定窓口の職員が「命の危険を感じつつ粘り強く認定交渉を行った。」と
言うほど、緊迫し荒れる支援法関連相談です。
被災住民側は必死です!
退職なされた元市職員の方が個別に事前相談に応じ、様々な生活再建案を提案すれば、「思い込みや、
誤解、間違った情報」に住民が惑わされ、行政批判をし窓口職員が「命に関わる危機感を味わう事も
無く」その後の個人、地域復興、人間関係も保てやすいと考えます。
そのような制度を検討中であれば、私の意見も参考ください。




写真:門前の大規模仮設住宅団地の前は、気持ち良く運動や散歩ができる緑地帯が有ります。
    5月5日撮影

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4月1日の門前町の災害ボランティアは、震災ボランティアと言うより、町内会での掃除ボランティア
のような服装、顔ぶれで、普通のママさんも多く、過去の被災地の風景と違い良い意味で違和感が有り
ました。
「普通の服装、普通の人ばかりだと、被災地で緊張感が少ない。落ち着いている。」なかなか良い感じ
です。

私は、災害ボランティアとして安全意識を持っている(できれば被災地活動の意志も・・)証として
用が無くともヘルメット着用や、最低限ヘルメットを持つ事が被災地入りする条件だと思っています
が、「普通の服装が一番良い。素人は素人の服装がいい。」想定していましたが、実際にそんな風景
は見られないと思っていましたので、実際に門前で見かける事ができ驚きました。


 それにしても何故、軍手、ビニール手袋、ビニール・ゴミ袋のゴミ拾いの服装で大勢被災地に乗り
込んでくるのか?
単にボランティア・センターでくれたからなのか? まったく手ぶらで被災地入りしたのか?
「海沿いの土地柄から、海岸掃除ボランティアが盛んなのか?」と思っていましたが、やはりそうだ
ったようです。

 1万1100人が海岸美化 クリーン・ビーチいしかわ
 http://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/news/CK2007052802019686.html

石川県民の皆さん、お疲れ様でした。
美しい能登をありがとうございました<(_ _)>



写真上、中:海辺はゴミが打ち寄せられるようで・・誰かが、掃除しなければなりません。
      :少し、海岸が隆起しているようです。
写真下   :おまけ。崩れちゃってます・・

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公式発表がありませんが、輪島市災害ボランティアセンターの門前町現地センターの「輪島市災害ボラン
ティアセンター門前」が、今日で閉所されるようです。
石川県社協HPより http://www.isk-shakyo.or.jp/s23.pdf

後は輪島市災害ボランティアセンターが受け入れ窓口になるのでしょうが、支援体制や老人見守りや
仮設住宅団地以外の人への支援体制も気になります。
ちなみに、神戸、中越と仮設住宅に住む(高齢者専門?)住民の相談員制度として「生活相談員」制度
が能登でも実施されるのか気になる所です。
「心のケアハウス」がその機能をになうのか? 地域で見守り応援相談組織が作られつつあるのか
気になるところですが、詳細は判りません。
まあ、時期的にまだ検討、模索している時期でしょうか?

生活相談員は、社協の臨時職員扱いだったり、その位置づけがよく判りませんが、被災生活の仮設住宅
住民を中心にした生活相談は、行政支援制度を老人や世帯主に判りやすく説明したり、老人介護等の
仲介を福祉施設に仲介したりします。社協管轄が動きやすいのか、行政(輪島市)管轄が動きやすいの
か、よく判らない所があります。

「医者、精神医療、福祉の方は、個人のプライバシー領域に関わる相談に応じない」のがプロだそうで
すが、その領域の相談をするのですから、生活相談員さんの重圧は見ていて可哀想になります。
仮設住宅団地を歩いていますと、生活相談員さんは遠くからも判ってしまう事がよくありました。
あの精神的に押し潰された様子を「社協は敵だ!」と吹聴する感情的な若いボランティアに見せてあげ
たいと思います。
ありゃ、大変な仕事です・・。

まあ、なんにせよ。大勢のボランティア、住民が汗をかき。激論、涙(?)で維持してきた災害ボラン
ティア現地センターです。皆さん、お疲れ様でした。
一日でも早くと書くところでしょうが、住民の方の生活再建と被災地の再建を焦らずに一歩、一歩進め
てゆかれる事をお祈りします。


5月28日午後9時30分追記
輪島市ボラセンも閉鎖。受け入れ窓口は輪島市社協さんのようです。
http://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/hknotoeq/list/200705/CK2007052802019708.html
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070526-00000243-mailo-l17

さらに追加(22時22分)
能登半島地震:復興だより 新たなきずなに広がり 仮設住民が生活援助員 /石川
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070526-00000242-mailo-l17

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志賀町富来領家町(2)http://blogs.yahoo.co.jp/kateinobousai/47352207.htmlの続きです。
  
報道のhttp://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/hknotoeq/list/200705/CK2007051502016293.html
関連記事になります。記事中地図に駐車場と表記されている地点がブルーシートの写真になります。
写真上:駐車場側より道路向かい側を見る
写真中:駐車場より川向こう側(上流方向)を見る
写真下:駐車場川向こう側より駐車場側を見る
  
報道地図からは読めませんが、道路の向こう側にも商店や住宅は続いています。
川向こうは、比較的最近(と言っても昭和40年代以降?)の商店街になっていて、銀行、農協、ミニ・
スーパー、飲食店、交番等、古ぼけたバス・ターミナル、最近の地方都市の生活様式の地区になります。
 
報道されているこの川岸の上の商店街は、商店構成、様式から、それ以前の主な商店街だったと思われます。
明治、昭和中期の商店街と想像。写真下を見ると小さな船から直接階段を徒歩で登ってくる生活だったよう
です。一見不便じゃないかと思えますが、河川が整備され洪水の頻度が下がり、車社会になる以前は、川岸
より少し高い地区の方が住みよかったのではないかと考えます(想像)。

 どうしてこの日記を書いているかといいますと、報道の地図に「全壊」と表記されていたから気になった
のです。「聞き取りによる」と注釈がありますので、正式な罹災認定はどうなっているのか判りませんが、
中越の経験からすれば、地盤が危険な状態なので「危険地帯の住居、商店」である事は間違いありません。
でも、実際に半数の方は住んでいるように見えました。たぶん、もっと多いと思います。
仮設住宅ができるまでなのか、避難所と自宅を往復し、夜間は避難所で寝ているのか?
「赤紙(危険)」、罹災証明の「全壊」と「実際に住む。多少危険でも住む。住んでも問題無し?」
「応急危険度判定(赤紙、黄色紙)」や「罹災認定」で「危険度を測るって何か変だな?」と思うわけです。
  
中越震災であれば、この地区は避難勧告がだされている状況ですが、でていません。
門前町道下地区にも同じような場所が有ります。孤立状態の深見地区は間違いなく避難勧告がでている状態
です。
県や災害により同じような被害でも避難勧告が出されたり、出されなかったり、基準は何なのだろうか?
住民としては多少危険でも住める、通行できる状態の方がいいのですが、なんか腑に落ちません・・・!?
 
能登には、このような地盤が悪い為、局地的に激甚災害状態の地区が分散しています。よって小規模な仮設
住宅も各地に点在しています。このような方の生活再建情報提供や様々な支援も忘れないでほしいと思いま
す。

志賀町富来領家町(2)

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志賀町富来領家町(1)http://blogs.yahoo.co.jp/kateinobousai/47122455.htmlの続きです。

報道のhttp://www.chunichi.co.jp/hokuriku/article/hknotoeq/list/200705/CK2007051502016293.html
関連記事になります。
ブログの写真の上と中の写真が、報道記事中の地図の駐車場の写真です。
駐車場には地割れが有ると見えて雨水がしみ込み地盤がさらに弱くなる対策にブルーシートが敷かれて
いると思われます。

ブログ写真の下の川岸の写真は、上の写真から約50m下流の位置になります。

この地区一角は、震災約1一ヶ月後の4月21日でも玄関先に「赤紙(危険の意味)」が張られています。
罹災証明の検査が終われば意味をなさない応急診断の紙ですが、張り続けている意味が気になります。
この一角だけが、地盤が少し崩れている局地災害状態で助けてを求め続けているように感じられ、被災者
心理を考えると言葉がでません。


さて、このような地盤が悪い地区は、単に家だけを建てなおせば住めると言うわけではありません。
地盤は改良すれば住めます。
しかし、その費用を誰が負担するのか?
個人か? 志賀町か? 河川を管理する県か? 国か?
個人で負担するとしても地区全体で対応せねばならず、すべてのお宅の意見がまとまるか難しい問題
です。

また、このように地盤が悪い。家の上部地区、下部地区が地盤がやや崩れている為に「赤紙(危険)」
が張られている家も、能登の被災地を歩いてまわると沢山あります。
その家自体は、ぱっと見て、半壊、一部損壊、まったく無傷の家でも「赤紙(危険)」が張られ、避難
生活を続けていた家も沢山あります。
もちろん、生活資材を取り出す為に老人がボランティア・センターに頼んでも、ボランティアを派遣さ
れる事はありません。せいぜい、玄関先までの対応になります。

 このように斜面に隣接した家は日本中に沢山あります。生活再建を考えると人ごとでは有りません。





注釈:被災地の詳細な写真は、プライバシーの意味からも無闇にネット公開するべきではないという
   考えが、災害ボランティア経験者の間では一般的です。私もそう思います。
   それ以上に防犯、悪徳業者対策として危険であると考えます。
   しかし、今回のように地元紙に詳細に公開された状態ではネットで問題提起するのも許される
   だろうと考え、問題提起いたします。

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