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震災で実施されたリバースモーゲージ。土地は先祖から子に継ぐ日本人の感覚からは辛いものがあります。
断る人が多いのが実情でしょう。
また、仮設住宅は隣の部屋の音が筒抜けで会話も気軽にできないのが実態です。
朝日新聞に実態が判りやすい報道がされていましたので引用します。
http://mytown.asahi.com/ishikawa/news.php?k_id=18000000712230005
【冬の被災地】2人と1匹の「我が家」2007年12月23日
◆目標は、先祖の地で自力再建◆
能登半島地震で自宅が全壊した老夫婦が、年の瀬も日中をビニールハウスで過ごしている。老夫婦は来年の目標を掲げた。「自分の手で家を建てる」。地震から9カ月。自宅跡地に公営住宅を建てられる市の制度を断り、先祖代々受け継いだ土地で自力再建を目指し始めた。
輪島市門前町舘の農業金間静夫さん(80)と昭子さん(79)夫妻は、築80年の自宅が地震で全壊した。仮設住宅に入居しているが、日中は今も自宅敷地のビニールハウス(幅約6メートル、長さ約26メートル)で過ごす。
室温が35度を超えて蒸し風呂状態だった夏から一転、冬を迎えて吐く息が白い。ハウス内の温度計は石油ストーブを使って10度以上には上がらない。2人は4、5枚重ね着してコーヒーを飲みながら暖をとっていた。
仮設住宅では壁一枚隔てて別の住民が住む。入居から7カ月たったがまだ慣れない。「気を使うから」と、ハウスでの時間が自然と長くなる。
2人の楽しみは今、我が家の新築の話題だ。
「玄関には震災の時に壊れなかったドアを使おうか」「風呂はこの場所に」。静夫さんがカレンダーの裏に鉛筆で描く設計図を元に、時間を忘れて夫婦で盛り上がり、布団に入るのが午前0時を過ぎることもある。
輪島市からは公営住宅の建設話もあったが断った。資金が乏しくても自宅敷地に市が公営の賃貸住宅を建設してそこに住める制度で、住み慣れた場所に賃貸料だけで住み続けられる。ただし建設する土地を市に無償提供することが条件だ。
千葉の長男(52)や大阪の長女(54)は「思い出の土地を手放さないで。田舎は残しておいてほしい」と反対した。
大工経験のある静夫さんが長男に「おれが建てる」と電話で話すと、長男は「定年後は帰ってくる」と、8年後に戻ることを約束してくれた。
課題は資金面。生活再建支援制度の改正で、新たに約200万円の支給が見込まれるが、県提唱のコストを抑えたモデル住宅でも約80平方メートルの戸建てで1250万円程度かかる。これまで支給された県独自の支援制度や支援金計270万円を元手にしても、月々約10万円の年金で暮らす老夫婦にはまだ足りない。
静夫さんはそれでも自宅の再建にこだわる。先祖から受け継いだ土地に自分の手で自宅を再建したい。思いは地震から9カ月たっても、なえなかった。「来年の目標は自分で家を建てること」。基礎工事を業者に任せるほかは、自力で作り上げて経費を抑えるという。
ビニールハウスに保管した布団や衣類が夜露や雨漏りでぬれ始めた。この冬、倒壊を免れた築100年を超える納屋の修理を始めた。
「さんざんな一年だった」と静夫さん。だが来年は「家の再建が順調に進むように祈るだけだ」。新しい我が家で、飼い猫の「たま」と暮らすことを思い描きながら近く家の設計を固める。
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