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体験から発信する防災・復興支援ブログ / 被災後の後始末、防災訓練、災害ボランティア、復興支援 : 遠藤正則

岩手宮城内陸地震

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 中越沖震災で建設された柏崎市の応急仮設住宅。降雪は少ないが風が強い地区であり、風除室の必要性を関係者やボランティアは認識していましたが、冬になる前の柏崎市の被災住民は問題意識を持つ人は少なかったように感じます。
 中越大震災ボランティアの教訓で、ボランティアが特定の世帯に対して無償で風除室を作ってあげると、私の玄関前にも無償で作ってくれと、行政やボランティアに要望してくる人がおり、断られ住民同士が不仲になった例が見られました。
その教訓から、特定の人に無償で作るなら周囲の入居者や自治会に相談し了承を得る。可能なら応急仮設住宅の団地単位か、すべての応急仮設住宅に無償で提供する事が現場のボランティアの共通認識としてあったと思います。
もちろん、ボランティアが作るのではなく、行政や入居者が改良するのが好ましいでしょうが、行政側には予算の問題があり全世帯となると難しい面もあります。

 幸いにも、柏崎市では柏崎市復興支援室と民間団体が話し合われ、民間団体が資金を提供し工事業者に委託し、取り付けを希望する世帯のすべての仮設住宅の玄関前に風除けの壁を取り付ける事ができました。
しかし、ドアが無い状態であり、風除室と呼ぶには物足りない状態であり、復興支援室に相談を持ちかけたボランティアに対しては「ドアをつけて欲しい」と解答され、ボランティアがドアを取り付けた例もありました。
 また、復興基金から補助制度が発表され、市側が積極的に広報し、制度を利用し有償で業者にドア取り付け工事や大型の風除室工事を依頼した方も多くおられるようです。
行政と民間・ボランティアによる良いコラボレーションの事例だと私は考えます。



写真1:資金提供団体
写真2:左側(ドアを取り付けた例) 右側(ドア無しの例)

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 平成16年中越大震災、平成19年中越沖震災と不幸にも二度被災し、二度目の応急仮設住宅が建設された刈羽村では、行政も住民も応急仮設住宅での快適な生活環境の意識は高く、中越沖震災で建設された応急仮設住宅に入居直後の8月から、住民が自主的に風除室を手作りする様子が見られました。

 被災し取り壊す自宅の玄関を取り外し、応急仮設住宅の玄関前に取り付け風除室とする。
「応急仮設住宅であっても玄関だけは、我が家に帰る。」
中越大震災の応急仮設住宅で2年目以降に少数見られた現象は、刈羽村では中越沖震災以降、一般的な被災生活の工夫、復興生活の励みとなっていたように感じます。

 規格化され狭く味気ないプレハブの応急仮設住宅。手作りの風除室空間は、入居者の趣味や個性の表現の場、楽しみの場となり、透明な温室の工夫がなされ花や盆栽が飾られたり、趣味の手芸品が飾られ、通路を通る人達の目を楽しませ、平時の日常的な交流の機会となっていました。
これこそ、日常の生活。ご近所コミュニケーションの延長。
応急仮設住宅での生活さえ楽しむ自立した被災住民。いや、前向きな復興市民と言えるでしょう。
私は、刈羽村の人達に写真集として記録に残してほしいと機会ある事に伝えています。




補足:
小さな幼児がいる世帯では、網戸で囲まれた安全な幼児部屋としての工夫がなされ、親やお爺さん、お婆さんの目の届く中、遊んでいる様子も見られました。幼児にとり、狭く荷物が多い応急仮設住宅の室内より安全な部屋と言えるかもしれません。(写真は、ありません)

写真の黄色○印は、台所の換気扇から排気された煙が風除室内にこもる事を防ぐ隙間です。

排気を配慮した風除室も手作りされています。

どこの行政区の応急仮設住宅かは判りませんが、高齢者入居世帯には、プロパンガス漏れ警報機が取り付けられたという話を聞いた事があります。


写真:平成19年8月〜12月撮影(私なりにプライバシーに配慮していますが、資料として許してほしい)
写真4〜7:クリックすると拡大表示されます。

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 平成16年10月23日に発生した中越大震災。
幸運にも雪の降り始めが遅かったこの年は応急仮設住宅の完成、入居が完了するまで雪が積もるような事はなかった。
されど、入居が完了すると大豪雪となり、震災、雪害の複合災害と呼ばれる事になった。

 玄関の狭い仮設住宅は、長靴、除雪道具を置く場所が狭い。事実上、長靴を脱げばスコップ置く場所はない。灯油のポリタンクを置く場所にも苦慮する。
豪雪の中、入居者やボランティアは玄関前を簡易的に囲み、気持ちばかりの風除け、除雪道具、灯油タンク等を置く空間を作る事が多かった。(写真:一番下 最初の冬は、樹脂製の板で簡易的に囲む例が多かった。)
戸数の多い大規模な応急仮設住宅には、除雪に自衛隊が災害派遣される事態となり、行政は大雪の除雪対策で精一杯だったであろう。
自分の事は可能な限り自分でする。それが、雪国のルール、マナーである。
 
 二度目の冬は、入居者が様々に工夫しドアを取り付け二重の玄関とし、冷たい外気が室内に入り込む事を防いだ。「風除室」と呼ばれるようになる。
風除室は、防寒着の着替え、服や長靴に着いた雪を取り除く空間ともなった。また、室内が狭い応急仮設住宅の気持ちばかりの物置の空間ともなった。
自分で作る事ができない高齢者は、風除室の工事を業者にお願いした例もあるようである。立派な風除室は業者が作ったものではないでしょうか?(写真:下から3番目)


写真1〜5 :クリックすると拡大表示されます
写真1 補足:玄関前が開放された標準的な作りであるが、写真奥の玄関は手が加えられているようである。
写真6〜11:通常閲覧サイズ

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中越大震災で設置された応急仮設住宅の冬の様子の写真です。

3月前後の写真で豪雪地帯としては、雪が少なくなっている状態の写真です。
これから発災する災害対策の参考資料にどうぞ。



写真:クリックすると拡大表示されます。

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大災害に遭われた市民の肉体的・精神的健康を守る。
応急仮設住宅入居者の住環境を配慮し、被災地区の気候に適した生活環境を作る。
それらの設備や行動は、行政や応急仮設住宅に入居しないですんだ被災市民は忘れていないと目に見える形での温かい心のこもったメッセージとも言えるでしょう。

応急仮設住宅の住環境の歴史は、被災地行政、入居者、被災市民、全国からの応援による、希望の歴史、住民自立を促す歴史、被災地行政の知恵・熱意の歴史と言えるでしょう。



写真:クリックすると拡大表示されます。

お断り:
中越大震災以前の事は知りません・・・。このシリーズを読むと毎回、改善している事が判るでしょう。


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