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<原発事故避難者と議員の交流会>
12月23日、山形県米沢市のNPO法人おいたまサロンが場所を提供し、避難当事者が運営している「避難者交流サロンふわっと」さんが主催する「避難者意見交流会」に ホワイトボート記載係としてご指名いただき参加しました。 交流会は議員さんが「主に母子避難者の生の声を聞く」という内容でした。 来場いただいた議員さんは、 「鈴木憲和 衆議員議員」
「木村忠三 県議会議員」
「中川勝 米沢市長」
と充実した陣営。 特に米沢市長は就任二日目の公務での来場ということで、現状把握に良い機会だったのではないでしょうか。
避難されている方から多く寄せられた声は、仮設住宅扱いの借り上げ住宅(民間アパート、雇用促進住宅、県職員住宅、一戸建て借家)の自主避難者への家賃全額補助が平成29年3月で終了し、29年4月には家賃補助が1/2、 30年4月には1/3になるが補助率を上げていただきたいとの要望や、震災前から取り壊し予定だった雇用促進住宅での入居を29年4月以降も続けていただく事はできないか等の声が寄せられました。 (注釈:山形県内に避難する福島県民は、南相馬市など避難指示解除が進み、現在ほとんどの方が自主避難者扱いになっています) 「復興庁と避難者との情報交換会」や「福島県や山形県、福島県内や山形県内の市町自治体職員と避難者との意見交換会」で要望を出しても”返答がない”根強い不満が多いのに対し、鈴木衆議院議員より「(来年)311前に再度開催し寄せられた要望に対し返答する」との明確な発言は、山形県内で開催される国や行政関係者と避難者との交流会に多く参加している私にとり”新鮮な驚き”であり、さすが地元選出国会議員と歓心いたしました。 また、新米沢市長の中川市長からは、雇用促進住宅の入居期限問題に関し発言があり、選挙公約通り「チェンジ」の風を感じさせるものでした。 木村県議より、「2年後に福島市と高速道路(無料)が開通する米沢市は、福島市のベットタウンになる」との発言は、米沢市民はもちろん私にとっても目から鱗の発想でした。 会場の様子は、山形新聞をご覧ください。
(たぶん掲載されるでしょう。撮影はホワイトボード前の方です)
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山形に住む避難者の課題
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「NHK 花は咲く」のアンサーソング「花は咲けども」を歌う、山形の農村フォークソング・グループ影法師。
原発事故&被災者を歌う、歌詞をお聞きください。 この歌は被災された方に受けいれられるのか? ドキュメンタリー番組が今夜放送されます。 放送時間 :2015年11月29日(日)25:05〜 再放送:2015年12月6日(日) 11:00〜 BS日テレ 2015年12月6日(日) 7:00〜/24:00〜CS「日テレNEWS24」 |
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山形の山村に実在した昭和の女医さんをモデルにした映画「いしゃ先生」、撮影地である山形県内では先週から先行上映が始まりました。
米沢市の映画館では一週間遅れの舞台挨拶上映があり見てきました。
上映後、監督や助演陣から撮影時のエピソードが披露され、「 病人役の俳優さんは、撮影二週間前から食事制限をしていたそうです」
また、その病人役の主人を探す妻役の女優さんは「撮影前から主人を訪ね歩き、役に没頭した」などのエピソードが披露されました。 エキストラ参加の私はその現場に立ち会っています。 懐かしい思い出でです。 公式HP いしゃ先生 http://ishasensei.com/
映画館内では、すすり泣きが聞こえますが、それほど悲しい映画ではありません。
僻地医療に生涯を捧げ、悲恋や患者の病死や村人に信用されるまでの苦労が涙を誘います。 映画の最後にある「知識がない事は怖いことだ」や「誰にでも平等に医療を 医療の機会を」などの台詞が印象的でした。 平成の現代。経済の衰退、貧困化の進行、弱者切り捨てによ寛容の欠落からの差別やヘイト攻撃の増加など、 現在の日本の時代背景が昭和初期に戻りつつある事を恐ろしく思います。 また、災害復興 心の支援に関わる私の目線としては、「昭和初期も平成も そう変わりはない」と思えます。
オマジナイより医者を
手かざしや陰陽師や蛇や龍ではなく医者を オマジナイより臨床心理士や心療内科や精神科を 一人の医者の奮闘より、ケース会議、地域と福祉と医療が連携した支援を なぜか、国家資格を持つ専門家は「ボランティアの方が見守ってください」と投げてきます。
ならばボランティアは学習を 福祉制度、健康や心理、医学などの基礎的な幅広い知識と気構えと相談できるネットワークを ヨリソイと言うオマジナイ、自己満足ではなく知識と静かな連携を 舞台挨拶会場は撮影、SNS公開可能。「沢山口コミしてください」との事でしたので、シェア、転載OKです。 全国上映は、来春 平成28年1月9日より順次上映だそうです。 よろしければ御覧ください。 |
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原発事故後(翌年から?)、山形県の山形市と米沢市には福島の東邦銀行がトラックを改造した移動ATM車が週一でやってきて営業していた。
山形県内でも現金自体は他の銀行のATMで出し入れできるそうですが、通帳の印字が出来ないとの事。このATM車なら印字できるそうです。 移動ATM車は市が運営する常設の避難者交流拠点の駐車場で営業しています。 日頃、避難者サロンに参加しない方も移動ATM車に来るので、営業日に会わせ交流イベントの日程が組まれる事も多い。
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移動ATM車のトラックの中に入った事はないが、車内にはATMと相談席があるようです。
車内は空調が効いているのに、銀行員の方は車外に立ち出迎えをしています。
炎天下も吹雪の中も、、、 「見る方も寒くなる。可愛そうだ」と本店に何度か電話した。 その影響か無関係かは知らないが、増員され休息用の車も有ると言う。 利用者と銀行員さんは顔馴染みになり、お互い笑顔で再開を喜ぶようになった。 それでも公民が企画する避難者サロンやイベントには参加した事が無い人もいる。 人それぞれ、、、 支援のあり方を考える。 (写真は2012年8月 許可を得て撮影、掲載。 立っているのはガードマンさん)
福島から山形に避難され生活を続ける方は、一万3千人から、現在は3千人台まで減りました。
先日、近所のスーパー内に東邦銀行のATMが有ったので驚いた。 スーパーは福島県郡山市に本店がある全国チェーン、設置は納得できます。 移動ATM車は役目を終えたようです。 お疲れ様でした。 東邦銀行HP 移動ATM車「ふるさと・ふくしま号」
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広島土砂災害から1年。ご冥福をお祈りします。
NHK TVニュースの現地レポートを見ていると「懐かしい声」が聞こえてきました。 NHK山形放送局から広島放送局に定期移動になったK記者の声。 お声を聞くと、変わらずお元気なようです。
広島でも被災された方に寄り添られているようです。
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