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米沢市で開催された保育士を対象にした研修会のプログラムの一つとして 災害に関する講演会がありました。
事情により急遽、15分ほど講師代理として私がお話をさせていただきました。
数十名規模の講演会は何度か経験がありますが、約300名の前での講演は初めてでしたが、緊張も少なくお話する事ができ私自身が驚いています。15分という短い時間でしたの、次の二点のお話をしました。
1、避難所運営者に子どもの専門家がいない避難所の課題
問題点: 子供が1ヶ月以上 外で遊ぶ事を禁じられた避難所があった。子供は外で遊ぶ事を希望したが
禁じられ、屋内で遊んだが、周囲の大人、ボランティアに対し強く叩く行為を繰り返し、自分の髪の
毛を抜く自傷行為を行った。
禁じられた理由 : 避難所近くに工事現場や落下事故の可能性がある場所がある。
(親やボランティア同伴での屋外遊びを希望したが禁じられた。)
改善されなかった理由: 1)避難所運営者側に子どもの教育に関する知識を有する公務員がいない。
2)県外から避難者が集まった山形の避難所は、地元住民ではない避難者自治会で
あり、通常の被災地で見られる、地元被災者自治会と比べ避難所を運営する自治
体に要望、交渉する圧力、意欲(遠慮)、信頼関係が弱い。
3)自治会の力が弱く、ボランティア的に避難所に入った公務員や子どもの専門家は、
避難所を運営する自治体の職員に強く意見をのべる事ができなかった。
結果 : 自傷行為を行った子どもの家族は、別の避難所に移動した。
今後の対策 :避難所運営者に子どもに関する専門知識を有する職員をいれる。または、巡回メンバーに
いれる事を防災マニュアルに定める。
山形県内が被災地となれば、多くの公務員が避難所運営に関わる事になる。
すべての公務員に 避難所運営に関する講習を行う事を提案します。
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広域災害支援・避難の検証
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過去の被災地では、数十年前の合併による因縁、行政サービスの低下による恨み、不信感が、今現在発生した災害でも行政職員や住民間の間で再噴出する事がありました。
それと同じような事が、平成の大合併をした東日本大震災で被災した自治体・住民の間で見られました。
吸収された側の住民が、自治体や公的災害ボランティアセンターに救援要請を出さない現象が一部地域で見られました。
しかし、純然たる民間団体には要請されるのです。その要望に対応しようとすると民間ネットワークだけでは対処できず、仕組み的にも自治体や公的災害ボランティアセンターに住民側から要望を出してもらえなければ話は進みません。
「いくら救援側が住民から要望が出ていると言っても、現実に住民から要望が公的機関に出ないかぎり、話は進みません。」
せめて行政が関与する「公的な救援ネットワークの人」に要望を出してもられば対処は可能なのですが、それすらも要望してくれません。
個人ボランティアによるお手伝い程度の支援活動ならば、民間団体の独自活動という事でどうにかなりますが、医療・介護・公的施設での長期活動となると行政側と話を通さなければいけません。
被災住民が行政や公的災害ボランティアセンターに救援の声を出さない。
それほどまでに、住民と公的機関との間で信用を失った地域では、ボランティアはどう活動すればよいのでしょうか?
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中越地震当時、「隣接する自治体単位・区域で対立する住民感情」や「住民の生活圏が自治体や公的災害ボランティアセンターの管轄と合致していない事による混乱」を私は知りました。
その後の大合併により吸収された側の行政サービスの低下、公務員や社協職員の判断・決裁速度の低下、権限の低下は、柔軟な住民サービス、被災者救援、地域福祉力の低下を発生させている事を観察し続けてきました。
能登半島震災、中越沖震災、岩手宮城内陸地震と合併した自治体を襲った震災は、中越地震当時と似たような混乱、自治能力・住民サービスの低下、合併した隣接地区の無関心化、または、憎悪化、吸収した側の自治体職員が手がだせない孤立した旧自治体地域も発生させました。
合併自治体は、旧自治体住民との交流、地縁、知識も少なく、住民・地区組織と行政との情報伝達の仕組み、地域の助け合い、行政への依存度も違うので、災害ボランティアセンターを運営するのなら、旧自治体単位で
支所を設置するのが近年のノウハウとなりました。
しかし、東日本大震災では、あまりに酷い状況、様々な事情により公的災害ボランティアセンターでは支所が設置できなったところが多くありました。もっとも、本所を設置運営するのですら困難な状況も多くありました。
公的災害ボランティアセンターが支所を設置できなかったのなら、ましてや本所を満足に運営するのが困難な状況ならば、民間支援団体による救援拠点活動(民間ボランティアセンター)を積極的に認め、連携すべきだったでしょう。
旧自治体、支所単位の人脈でなければ、住民ニーズは聞き出せません。顔を知らない合併した隣接の行政職員や社協職員では、声も出しにくいし本音で対応もできにくいものです。
どの民間団体を信用し認めるのか?
「それは、団体が日ごろから活動する地域の自治体や社協や中間支援団体に聞けばよいでしょう。」
それらの信用調査ノウハウが関係者にすら広がっていなかったのが、残念でなりません。
私にとっては常識であり、救援を志す民間団体は、日常的に信用が得られるように行動してきたはずです。
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「誰もが閲覧できるネットの情報には、本当に必要とする情報はない。」
私の口癖です。
東日本大震災発生から5日後には、自治体経由で南三陸町方面へ送られる救援物資は現地に届けられず宮城県内陸部の役所に山積みなっている事や、石巻市では 自宅避難者(在宅避難者)に役所から救援物資が届かず非常に危険な状態になっている事を私は把握していましたが、その情報は、このブログに書く事はできませんでした。
そられの情報は実際に動いているはずの日ごろから防災活動・救援活動を行っている仲間の情報ネットワークに流しました。
当時は、この情報を 私のブログに書くか、とても悩みました。
でも、今の私の立場や情報収集能力は、このブログを初めた頃の「いちボランティア」とは違う立場であり、それなりに信用と責務があります。
公開する事による混乱を考え、ブログでの公表は控えました。
できたのは、
「物資は民間に送ってください。民間に送ってください。民間に送ってください。」のメッセージだけでした。
情報は、どこまで公開すべきか?
公開しなかった私の判断は正しかったのか?
今でも悩みます。
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本日の山形県は、山間部に雪が降っています。
福島県境と山形県の主要国道の国道13号線 栗子峠、121号線 大峠。山形県の日本海側と内陸側を結ぶ国道112号線(高速道路:山形自動車道)は、チエーン規制がしかれています。
< 東日本大震災時の課題 >
3月11日後に 山形県外の方に山形県内の避難所に灯油を寄贈していただきましたが、最大の難関は、2トントラック(推定)の冬タイヤ確保でした。
当時は、冬タイヤやチエーンを装着しなければ、峠越えができない状態でした。(無理無理、峠を越えてきた避難者、救援者もいたようです)
灯油の寄贈者は、冬タイヤをお持ちではありませんでした。
< 解決策 >
JC等の全国規模の救援組織に連絡し、冬タイヤかチエーンをお借りし山形県に支援に来られたようです。
冬タイヤを装着したのであれば、往路、帰路とタイヤ交換の場所・工場・スタンド、時間も必要です。
< 提言 >
1)国内の冬季の災害救援、支援を考えると、冬タイヤやチエーンを貸し出す協定、口約束、連絡網が必要である。
2)タイヤ交換をする場所・工具、自動車整備工場・ガソリンスタンド、交換作業員の確保が必要である
3)冬道の運転になれた人の確保、派遣(有給・企業派遣)が必要である
4)運送業者の活用が時間、安全面から有益だが、小型タンクローリー車、支援車両の貸出、支援者・ボラン
ティアの活動のためにも準備が必要である。
5)広域災害支援ネットワークは、雪に慣れている日本海側と慣れていない太平洋側の二重のネットワークが
必要であろう。
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