家庭の防災用品

体験から発信する防災・復興支援ブログ / 被災後の後始末、防災訓練、災害ボランティア、復興支援 : 遠藤正則

災害ボランティア体験記

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ ]

イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

イメージ 4

2度目の川口町ボランティアは、川口町の避難勧告が解除された最初の日曜日だった。
  
川口に向かう途中に聞いた高速道路情報は、関東から新潟方面へのサービスエリアが満車状態。
川口、小千谷のインター付近、街中が渋滞していると放送していた。
新潟に向かう住民の親族、ボランティアの車で満車状態なのだと思った。
    
予想通り「越後川口インター出口」は、混んでいた。
通過に時間がかかり川口町災害ボランティアセンターついたのは、午前9時15分頃だった。
その頃は、ボランティア希望者は、約100人いたと思う。
受付の書類を記入している間に皆、出発し、受付を終了した頃には20人程度が残っていた。
仕事(住民からのボランティア依頼)を探すと「力仕事」しか残っていなかった。
楽な仕事から選ぶボランティアにムカついたが、「個人の技量と体力を自己判断すれば冷静な
判断であろう。」と自分を納得させた。
 
張り出されたニーズ票(求人・依頼票)には、「後片付け。男10人」とだけ書いてあった。
5人が集まったが人が足りない。
「集まった5人で川口町商工会館前のボランティアセンターの支所に行ってくれ。詳しい説明は
 そこに常駐しているスタッフに聞いてくれ」と言われたので徒歩と車に別れ移動した。
 
「魚野川」を渡り「町役場」近くの「川口町商工会館」についた。
商工会館前入口の駐車場には、運動会でよく使われる本部テントが二つあった。
テントに誰もいなかった。
商工会館に入り聞いてみるとそこは、自衛隊の詰め所になっていた。
「ボランティアは、前のテントに集まっている。」と言われテントに戻るとスタッフが帰ってき
た。
 
そこの「ボランティアセンター支所」には、私が10月末にボランティアセンターに置いていった
「青いコンテナ付き自転車」が、あった。
荷台の後には「川口町災害ボランティアセンター(小文字) 緊急車両(大文字)」と印刷され
た紙が貼られていたままだった。
スタッフが連絡用として使っていたらしい。「川口町役場周辺の住民、ボランティア」なら見る
機会が多かっただろう。
 
スタッフに依頼先の仕事内容。ボランティアの気構え、注意事項の説明を受けていると、追加の
5人が到着。
川口町役場の近くを通り依頼先の住人の家まで歩いた。
   

(続く

 
写真一枚目  :ボランティアセンターの活動車両である事を示す為のを緊急車両の紙が貼られた自転車
写真二枚目  :ボランティアセンター設置工事中に撮影した自転車
写真三・四枚目:この日のボランティア・センター受付風景

11月の川口体験記

イメージ 1

川口町に最初に訪れたのは、昨年10月末だった。
避難勧告解除を持って11月に再び川口町災害ボランティアセンター(以下ボラセン)を訪れた。
仕事(ボランティア)をして午後4時30分には、暇になった。
ボランティアは、午後4時までにボラセンに帰ってくる規則だった。
  
スタッフは忙しく事務処理をしていたが、短期ボランティは、やる事がない。
喫茶テントでコーヒーを2杯飲みながら「どこにテントを張るべきか?」聞いてまわった。
ようやく話にのってきたスタッフは、「ここにテントを張るべきだ。」と わざわざ案内してくれた。
随分親切な人だと思った。
  
だけど案内されたテント村には、人はいなかった。
「そのうちに帰ってくるから待っていなさい。」と言われ待っていると「若いのに茶色い土木作業着を着た女性が帰ってきた。」
 
食事の支度を手伝う。私の持ってきた食料を使い「貴方の食料、燃料、水は使うな」と言うと喜んでくれた。
食事の準備ができると2人で食べた。食べ終わると彼女は、「ちょっと出かけてきますと言い」出かけた。
風呂にでも行くのだと思って何も聞かなかった。
他のテントの人は、帰ってこない。ボラセンで事務処理をしているのだと思った。
 
何人か到着したばかりのボランティアの相手をするが、状況を伝えられるだけの情報はなく話の役にたたな
いのでボラセンに行き 掃除しながら話を聞きだそうとした。
午後8時30分ごろ事務処理も終わりそうになりテントに帰り話を聞けるかと思っていたら、「9時15分
からミーティング開始。遅れるな!」の声に度肝を抜いた。
 
9時30分までプレハブ小屋の外から「真剣に話合う様子を見ていた」が、11月の寒空の下、風邪を引きそうなので、あきらめてテント村へ帰った。
 
彼女は、帰っていたが、周りのテントには、人がいなかった。ボラセンでミーティング中なのだと思った。
10時〜10時30分になり続々と帰ってきた。
鍋を囲んで状況を聞いた。
 
                 −−−−−−−−−−
 
朝5時。「ガサゴソ」とテントの中で動く音がアチコチで聞こえ。車が動く音もしていた。
11月の朝5時は、まだ真っ暗だ。
 
「ウルサイナ。ボラセン受付は9時からだぞ。7時に起きれば十分だろ。寝てろよ。」
 そう思いながら眠り続けた。

午前6時。私は「住民から起された。」周りのテントには、誰もいなかった。
 
      < みんな早朝の炊き出しの手伝いに自主的に行っていたのだ。もちろん昨夜も! >
  
      <          顔から火がでるほど恥ずかしかった。              >           

 
7時30分〜8時30分頃、みんな帰ってきた。
私の作ったうどんをワゴン車の中で交代で食べた。
外は、霧雨でとても寒かった。
車の中は暖かく、初対面だが仲間がいるという想いで心強かった。
住民が車中泊を続ける理由を実感した。
 
9時前にボラセンに行った。スタッフは眠そうだった。
それでも私は、「テント村の連中は、ボラセンの方針に逆らう悪いやつ。」と、まだ思っていた。

(たぶん続く

全6ページ

[1] [2] [3] [4] [5] [6]

[ 前のページ ]


.
ジャッキー
ジャッキー
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

中越の方のブログ

防災ブログ

標準グループ

山形

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事