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ひょっとして大震災のころから放置してた?
最近はtwitterなんて便利な一言つぶやきがあって、そっちで毒吐きすることが多くて簡便さからそちらを使用することが多かったりします。
しかしながら、マジ、あれから仕事の仕方が変わり多忙になったのは確か。
みな、身を削って(いい歳だし、、、)働いた結果、
なんだかんだと、働くものたちが体の不調を訴えてそれを穴埋めする人員がまた無理して体を壊し、なんて延々と無限ループにおちいってるような。
というわけで、とうとう最後に自分が昨年秋口にやっと病院にかかることができ
スケジュール調整をして年末入院とあいなったわけです。
2週間という期限をつけて入った病院でおこなったのは
「多発性肝のう胞」のトリアージ
ウイルス性のものと遺伝性のものがあるのですが自分の場合は遺伝。
誰でも年を取るとこうしたのう胞(水ぶくれ)というのは内臓にできるのですが、それが遺伝性のために若年のころから、しかも半端ない数ができたり、ありえないほど巨大化したりするわけです。
病気じゃないんで、別に何かあるわけじゃありません。
ただ、その半端ないが生む日常生活への弊害が問題になるのです。
10年くらい前に腎臓にできたのう胞を取った時は、左脇がソフトボール大に膨らみ前かがみするのに不自由で、当時妊娠を希望していた自分でしたので、それは障害があるということで取ってもらったんですが
今回できた肝臓のは、きっと初めて見る人には驚異の世界だと思いますよ!
8〜10センチくらいの水ぶくれがぼこぼこと大小含めて数えきれないほどに肝臓を埋め尽くしてるわけです。しかも肝臓自体も肥大してしまっていて、上半身の胸から下へそまで肝臓になってしまってるんですから。
もともと肝臓にあるのは知ってましたが、最近太って腹が出てきたなーくらいに思ってたんです。そのうちお菓子とか油ものとかご飯とかが嫌いになって食べられない、年齢のせいで嗜好が変わったんだと思ってた。
非常に疲れやすくなって、少し動いては休憩しないといられない、息切れがする、更年期かとおもっていたんです。
そのうち不整脈が出始めたり、気が付いたら食事自体がほとんど食べられなくなってる。
太ったと思ったのは大間違いで、実は激ヤセしてたんです!出ていたのは腹!!
もうこれは肝臓のう胞だ、ということで秋口やっと病院へ。そして検査した結果、CTやエコー画像みてびっくりしました。
体の中が肝臓まみれでしたから、肝臓で押しつぶされて胃袋とか胆嚢とか胆管とか見えないの、胃袋なんか何かの管ですか?っていうくらい(爆笑!)
ということでずべてを取ることはできませんが、10センチ大くらいの大きいのだけ針をさして穿刺することになったわけです。
通常ののう胞の穿刺の人ってこんなにたくさん巨大な事例ってあまりないらしく、結構大変でした。
体の上から針をさすのですが、直接のう胞を刺すことはしないのです。
必ず臓器を介してその内側から針を刺す。でないと水が腹腔内にもれて感染症を起こすからです。
以前、腎臓の時は軽く背中を切って、そこからカテーテルをとおして穿刺という術を行いました。
肝臓も当初その方法で行く予定でしたが、予定外の痛みがひどく、カテーテルなしの針のみの穿刺となったわけです。
まあ、そんなで10か所以上の針を刺して、合計4回ほどの施術で2週間おえたのですが・・・
1週間してみぞおちあたりがまた膨らんできました。
今度は殴られたような鈍痛と腹部膨満感。
正月で、ちょっと食べすぎたのかな?(そんなに食べてないけど)と思いつつやりすごしていたら高熱が続き、痛みもひどくなってきまして、どうやらこれが原因か?ということで病院に行ったところすぐ入院してください!
いや、家そのままにしてきたし仕事のひきつぎあるからと伸ばしてもらって3日後入院、再び穿刺してもらった次第であります。
どうも一か所で感染症をおこしてしまったようです。
穿刺したあとにエタノールを入れてますが、そこの部分が変性してのう胞の痕が固くなってしこりのようになってます。
いずれ固さも取れるといわれていますが、固くなったところにどうしてもひきつる痛みが伴います。
熱は下がって炎症数値も下がって正常になっているので、きっと大丈夫なのでしょう。
しかし、年明け1週間で調子をくずしてしまったことから、どの程度で復調で、どの程度で働いたり動いたりしていいのか、退院してから手探り状態だと思います。
だって動いてみないと、限度がわからないじゃないですかねぇ〜無理しないで安静に、と言われますがその程度も手探りですから。
そんな、「ザ・病」と言えるほどの病気でないにしろ、日常に支障をきたすモノというのはなかなかに厄介であります。
保険申請しても該当病気にならないから入院保障しかもらえないしね。
次は、病院でみた現状みたいのを書けたらいいな、と思います。
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ぐるぐる
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今日で東日本大震災から一カ月。
あの日出掛ける予定だった時刻に、あの日乗るはずだった時間の電車に乗って
今日は都内へ仕事にでかけました。
昨晩から小さな余震が頻発しており、
昼ごろも一時間に4度ほど微少な揺れがあり、
大きな揺れがこないように、どうか地震の神様!納まって!!
という願いもむなしく夕方5時台に福島で大きな揺れがありました。
丁度、買い物の用事で秋葉原の大型店のエスカレーターで登っている最中。
何故かエスカレーターが奇妙な揺れ方をしだし
前をみると、なんと左右に波打っている!
周囲を見渡すと看板やポールが大きな揺れ。
あわててエスカレーターを降りて、従業員出入り口にもなっている非常口に待機すると
グワングワンと大きな揺れが長く続き、その後も何度か・・・
あんなに大きな揺れだったのに、割と平気でエスカレーターを使っている人、
全然気がつかない人、様々でした。
でも店員さん達はお客様に気づかれないように、バタバタと連携をとっていました。
ああー、、願いもむなしく大きな地震が起きてしまったのか、とちょっと泣きそうになりながら
東北の友人を心配しつつ携帯でチェックすると、震源は福島!
原発は大丈夫だろうか?
7日、そして11日と大きな揺れが続いてますからその間も小さな揺れが、、
それだけが心配でした。
幸いに都内は震度4くらいだったのでしょうか。
車内閉じ込めとかなくてよかったです。
今列車は節電中で空調が効いてませんので、帰宅ラッシュ時間帯の車内は暑いですから。
宮城沖の地震でプレートが移動し、そのひずみから内陸や、続くプレートで地震が起きる。
しくみはわかっていますが、宮城から福島へ南下。
茨城沖や千葉沖震源の地震もあったりしてましたから
今回の福島の揺れで、そちらが誘発されて大きな揺れがまた起きるのでは?
と心配です。
折しも、なんで一カ月目に・・・
あまりに広範囲の大規模地震だった為に、復興は長期にわたりそうです。
原発も一進一退どころか、足踏み状態。
長い試練と苦労が課せられますね。
でも、あっという間だったようになんだかんだと不自由ながら普通に生活できてます。
そうそう、普通が一番。
平常が一番。
長いスタンスで被災地の支援と、復興を蔭ながら微力ながら応援を続けられるよう
私たちは平常どおり、日常生活を過ごしていく必要があるんですね。
余談ながら、昨日の統一地方選挙で都知事に石原氏がまたまた当選。
彼の強気の発言は頼もしく思う人が多いのかもしれないが、その余りにも傲慢な様と矛盾する発言に不安を覚える人は多いのです。
戦時中の体制とはちがうのだから、自粛というのは間違っているとおもうのです。
ひょっとしたら、今日本は強いリーダーシップをとれる人間というものに飢えているのかもしれない。
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今回の大震災が起きても、日本経済は日々動いている。
仕事は災害にも関係なくうごいているから、あれ以来翻弄されっぱなしだ。
震災直後は、荷物の配送状態、取引先への対応(全国規模なんで)にバタバタ。
仲間の業者さんの中には、次週の東北での仕事へ荷物を送ったのだが
一切連絡がつかなくて荷物の所在が不明になったりというのがあり、
うちは東北なくてよかったと、申し訳ないが安堵してみてしまったのだが・・・
週あけて、停電問題が出てくると営業時間に翻弄されることになる。
停電時間によってブツ切りになる営業時間。
まだそのころグループ分けの混乱もあり、当然お客さんなどは閑古鳥。
それでも忍耐強くじっと我慢の日々。
私は裏方手配で翻弄に四苦八苦だったのだが、
営業担当の相方は、危機感で妙な被害者意識を持つ。
震災頃は関西にいて、実際に揺れや直後のパニックを体験していなかった温度差かもしれない。
被災者の事を考えれば、という遠慮の気持ちより
彼にとっては自分の仕事と生活の存続が第一になってしまうのは
会社を経営しているものの責務でもあるかもしれないから、それは一概に責められないとは思う。
何より一番困ったのは、主な取引相手である外国人がこぞって帰国してしまったことだった。
金曜日に地震があり、早い人で日曜、そして主に月曜日にはこぞって脱出。
彼等は母国にいる家族から帰国の強い催促があり、帰国したのだが
一番は、今まで体験したことのない地震の揺れに恐怖を感じてしまったのがきっかけのようだ。
中には津波映像を見て、関東もそうなるのかと恐怖を抱いた外人もいた。
11日以降も、かなり強い揺れが続き、
多分に単身で日本に来ている外国人には恐怖の何者でもなかっただろう。
しかも、追い打ちを掛けるように原発の事故。
放射能汚染への恐怖が追い打ちを掛けて、残っていた人も帰国してしまうことになる。
家族で来ている外国人には、子供が気になる。
また、一時の買占め現象で(今でもまだあるようだが)スーパーから消えた食材や水。
それは尚一層の危機感を抱かせるのである。
実際、彼等に聴いたところ、海外では日本は放射能汚染されて、、というかなり拡大された
デマが飛び交い、それに母国の人々が、、、という事が大きいらしい。
私が仕事でいつも通うのは、秋葉原〜上野の間であり
そこは、中国人・インド人。・韓国人が大量にいる町でもある。
何かおかしいな〜と思うのは核保有の国の人々が戦々恐々として
我先にと出国してしまう姿に、思わず失笑してしまったのは私だけではないかもしれない。
そんなに怖いなら、自国が核保有することにどうして反対の声があがらないのか?
原発より、それが先じゃないか?と思ったり。
原発廃止を叫ぶ人々は多い。
できうれば、何かあった時の対応が困難な原発はないにこしたことはないだろうが、
エネルギーが枯渇していく世界の中、原子力に変わるエネルギーが見つかれば
それを挙げて、声を大にして原発反対を叫んでもいいだろう。
ただ、今回の停電でわかったのは、自分達はいかに無駄な電力をつかっていたかということだ。
電気が消えて薄暗い駅、、エスカレーターはちょっとあったほうがいいな、とは思うけど
照明は暗くても平気だった、むしろ何かいい感じじゃない?全然不便じゃないよ。
街のビルや店舗のネオン。
なくてもいいじゃん、全然不便じゃない!
百貨店の照明だって、100%明るくなくても平気。
(ただ秋葉のヨドバシの暗さには閉塞感を覚えて、過呼吸発作が出てきたのには自分的に恐怖だったのだが)
昼間からチカチカさせていた、風俗店や飲食店のネオン、こんなのこそ無駄!
銀行のATMがすごい行列だけど(無人ATMが休業中)ま、しようがないか。
多分これから冷房を入れる頃に真価が問われるだろう。
銀行や百貨店の無駄に冷たすぎる冷房。
百貨店なんかは、これから長すぎる営業時間や(東武池袋なんか9時までだぜ!)定休日を設けることなどを考えるべきだと思うよ。
今は、工業とかそちらの復興が最優先だと思うから。
あちらがきちんと回復しないと商業はまわらないんだ、、と私は思ったりするのだ。
最近は温かい日が続いて停電も中止になっているが、
夜の停電中、猫にレーザーポインターを振り回して家庭内運動会を開いたらあっという間に時間が経っていたという、思いがけない遊びの時間を得ることができた。
自分的には、仕事の事務処理を夜にするから、すごく不便なんではあるが。
生活が朝方になって、見直しもできたから悪いことばかりじゃない。
色々と、考え直すことができたこの震災だったと思う。
あ、過去形で書いてしまったが、現在進行形です!!
ワタクシごとだが、一昨日歯が浮くな〜と思っていたらそれが段々痛みに。
我慢できなくて歯医者へ駆けこんだら、案の定・・・抜歯とあいなりました。
ところが、今まで抜歯の経験はあるけれど、傷口が大きくて縫ったこともあるのに
今回は抜歯後の痛みがハンパなくて熱まで出てくる。
結局、、、二日間高熱に苦しませられました(T_T)
ひょっとすると、ちょっとほっとして熱がでちゃったのかも?と思ったりww
ぼちぼち、外国人達も帰国しはじめるような・・・
平常が戻るのでしょうか?
しかし、一番たまげたのは放射能が怖いと涙を浮かべ悲惨な顔して帰国して行った韓国人の女の子!!
怖がりすぎ?
でも、帰る場所があるというのはいいことなんだな〜と思った。
今回の被災地の避難の人々、大半は帰る場所を失った人達なんだもん!!
長々とつらつらと、、、ガス吐き出ししました、、失礼しましたm(__)m
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故障したり、行方不明になったりした衛星「はやぶさ」が砂を持って帰還します(予定)
といっても本体は大気圏で燃え尽きるようだが。
カプセルはオーストラリア方面の海に落ちるとか。
昨日回収隊が結成されたそう。
楽しみだな。
まさか、まさか、もう目前にしてトラブルってありませんように。
何か「はやぶさくん」って呼んでると、一生懸命マラソンを頑張ってる少年のイメージが出てきて
可愛く思えてくるから不思議です。
JAXAのはやぶさページはこちら http://hayabusa.jaxa.jp/
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