健康井戸端会議

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    ある賞に応募していました新作クマコ物語「クマコの恩返し」、残念ながら通りませんでしたので、私のHPに掲載します。
今、新作を執筆中のものともあわせて、いつか出します自費出版物にもこのクマコ物語は絶対に入れます。半分はブログで読まれた内容に近いですが、後半部分はブログでのやり取りも含めて書きました。
是非読んで下さい。

    

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    クマコは女の子です。望ましいのは妊娠、そして出産と人間らしい、いえ失礼、犬らしい経験をさせてあげるのが良いのでしょうが、家に来て半年しないうちに避妊手術を受けさせました。その時、獣医さんに聞いてみたのです。クマコは雑種でしょうがどういう犬種の混血でしょう?
 獣医さんは即座に答えました。「この子は柴とシェルティーだよ」。
えつ!?
ミミは驚きました。なんとそれではまるで、三郎とボブの生まれ変わりではないか!道理で毛並みや性格がどこか三郎似、クルっと上を向いた尻尾はまるでボブみたい。
獣医さんが言ったこの話でその夜、ミミとパパとママは、犬たちがもたらしてくれた不思議な縁の話で盛り上がりました。
ミミの家に起きた1年に三匹の犬たちの悲しい別れの年は、ミミたちが暮らす茨城県北部の山間の里で72年目毎に繰り広げられる珍しい神々の祭りの年でした。
人々の命と暮らし、生きとし生けるものの調和を求め、不可思議な宇宙と自然への感謝を込めて、山と海の神々が早春の10日間、練り歩く平安絵巻・金砂磯出大祭礼の年でした。
わが国の歴史や文化に大きな影響を与えた朝鮮半島に祭りのルーツがあるとも言われる奇祭の成功にパパも夢中になって心血を捧げた。
その年に愛する飼い犬たちの相次ぐ旅立ち、なんのバチが当たったのだろうか。ともすれば周囲への感謝や敬意を忘れがちだった私たちの生き方に対して神々が強烈な怒りをみせたのだろうか。
いや、そうではなく、迫り来るなにかおぞましい災禍を避けるため、犬たちが我が身に代えて私たちを守ってくれたのかも知れない。
パパはそう思うことにしました。
気が遠くなる悠久の時空の中で、人や動物や植物が、今この時、巡り合い、そして別れ行く。パパとママの出会いもそれぞれの祖父の縁が糸を引いていたそうだ。悲しい別れをした犬たち、そしてその縁につながる新たな命との出遭い、それを単に偶然と片付けていいのだろうか。偉大なる意思がからむ不思議な必然なのかも知れない。
お金なんてなくたって、地位や名誉なんてなくたって、東雲の空から上って来る真っ赤な太陽に手をかざしてご覧。暖かい光りとエネルギーが手のひらから体の奥にみなぎってくるよ。
国と国が、人と人が傷つけ合い、殺し合い、妬み合うおぞましさがまだまだ続く世の中だけど、縁で結ばれたもの同士、仲良く睦み合う幸せを求めて生きていきましょう。
 我が家に迷い込んだクマコの女神に感謝しながら、愉しく価値のある日々を生きて生きたい。そう思うミミ、そしてパパとママだった。(おわり)

    
  写真は赤ちゃんから逞しく成長したクマコ 2007:10:8西山荘近くにて撮影

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    パパとミミ、そしてママたちと飼い犬との関わりで感動のドラマがあったことも触れておかないとね。それはミミが高校生の時でした。
 真夏の午後、急にかき曇った空はみるみる雷雲に見舞われ、バケツをひっくり返したかのような大雨になった。元来、雷が嫌いな柴の三郎とシェルティーのボブ、どちらも同時に鎖を引き千切って庭を飛び出した。雷が去ればすぐ帰ってくるだろうと思ったのは甘かった。近所のおじさんが見かけたお菓子屋の角を二匹そろって曲がったのが最後、プッツリ消息が消えた。こんなことはこれまでで初めて。心配で心配で、夜遅くまで、いえ明け方まで探し回りました。3人で手分けして。近所を歩いたり、はたまた、車であちこちを。
しかし、その晩、三郎もボブも帰ってこなかったのです。交通事故に遭ってしまったのか、どこかで痛い痛いと苦しんでいるのかもしれない、増水した川にでも落ち流されてしまったのかも知れない、次から次に悪い予感ばかりが浮かぶ。警察署に電話しても動物指導センターに電話しても手がかりはつかめない。家族だれもが心配と不安の地獄にあった。
しかし、その日の昼前、なんと三郎が帰ってきたのです。ボブの姿はありません。明かりが点り、また消えました。三郎の体はドロだらけ、丸一日一体全体、どこにいたのでしょうか? さぶろう、さぶろう!おい、お前は一体昨日からどこへ行っていたんだ?ボブはどうしたんだ?はぐれたのか?お前だけがなぜ帰ってきたんだ?ボブを助けてほしいのか?ボブはどこにいるんだ?おい?返事してくれ!さぶろうよ、頼む!
三郎は当然、何も語らない。が、しかし、少し青ざめ疲れきった彼の目と顔はなにか危ういものを物語ってるようにパパには思えた。
 ミミが言った。「張り紙を作ろう」。急いでボブの特徴、行方不明の状況、連絡先を書いた紙を20枚ほどつくって周辺の電柱に貼った。その晩も遅くまでボブ探しに奔走したが徒労に終わった。
翌朝、つまり居なくなって3日目の朝早く、けたたましい電話が鳴った。
「張り紙見たよ。似た犬を里川のへりで昨日見かけたな」。お菓子屋さんの坂を下った食堂のおじさんだった。
本当ですか!早速いってみます!ありがとうございます!ミミの張り紙作戦大成功!朗報に歓声が響いた!
 確かにお菓子屋の坂を下った道を東に1キロも行けば里川だ。そんな遠くまで行ったのだろうか、ボブ。川かあ、危ないなあ、川に落ちて流されでもしたら…。長靴姿のパパの里川探索スタート。川沿いにある民家を一軒ずつ当たっていった。同時に河原におりて深い草むらを調べた。
4軒めの奥さんが似た犬を昨日、取水口付近で見たような気がする、とおっしゃった。食堂のおじさんに次ぐ目撃情報。これは有力だ、信憑性がある。ボブは確かに里川に来たのだ。探せば必ず見つかる。徹底的に探そう。里川を北に向かって歩いた。しかし、それ以上パッタリ情報が途絶えた。
諦めかけた時だった。道路脇の畑で男性が農作業をしていた。24人目だったと思う。
「そんな犬ならさっきうちの庭に来たぞ。ライトバンの下に隠れたぞ。まだいるかもしんねえな。いってみな」。
え!!!地獄に仏とはこのことか!奇跡が起きたか!
ライトバンに近づき、下を覗いた。似た犬が確かにいた!!!ボブ、おい、ボブなのか?探したぞ!こっちにきなさい。おい!
でも犬は横になったまま動こうとしない。パパは腹ばいになって車の下を寄っていった。
犬は100%ボブだった。歩きつかれてぐったりしていたことは事実だ。しかし、パパはボブは怒ってる、と直感した。
なんで何日も迎えにこなかったのか!なんでこんな寂しい思いをさせたのか!もう、この家の犬になってしまおうと思っているのに…。
2、3分、体を擦ってあげていたらボブはやっと立ち上がり、いつものボブに戻ってくれた。
ありがとう、ボブ。ごめんなさい、ボブ。
 推測した。雷の午後、三郎と一緒に飛び出してみたもののどこかで三郎とはぐれ、方向感覚を失って川沿いをさまよっていた、三郎は必死でボブを探したが見つからず、ボブの異変を知らせに帰ってきた、そういうことではなかろうか。
 しかし、良かった。諦めない、信じる、執念の結果だった。
 この奇跡の再会があってからボブが変わった。パパとの散歩の時、車の来ない坂道や公園でリードをはずしても、パパの回りから絶対に離れない、用心深い犬になった。ボブが赤ちゃんで来た時、三郎はとても良く面倒をみた。オス同士なのに三郎はまるでお母さんのようだった。でも大人になると時折、血を流すほどの大喧嘩をすることもあった。ところがこの真夏の事件以来、また昔のように仲良くなった。  

なんとなんと、クマコは三郎とボブの縁に繋がる犬だった!!!それがわかったのはクマコが我が家に舞い込んで半年も経たない時期だった。(つづく)


    
  クマコはなぜパパのところへ来たのだろうか?

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     パパの犬好きについてすこし書いておきます。パパのお父さん、つまりミミのおじいさんですね、戌年生まれだったことと関係あるかどうかはわかりませんが、パパの家にはいつも犬が飼われていたそうです。
パパが小学生の頃の話です。その頃パパは茨城県の北限、福島県境に近い大子町という田舎町に住んでいたそうです。山間の小学校の校長先生をされていたそうです、パパのお父さん。学校の校舎の裏にある校長官舎に「ヤマ」という柴系の雑種が飼われていたそうです。パパはヤマが大好きでした。真冬には一面が氷に覆われる大野川の川べりでパパは毎日、ヤマと遊んでいたそうです。春の川辺はレンゲの園、夏は水浴び、秋はかけっこ、冬はスケートやソリ遊び。ヤマは遊び仲間の人気者でした。
パパのお父さんが転勤で四度の滝で有名な袋田の学校に異動になったそうです。小学6年に進級するパパに親からある判断が求められました。「これから中学、高校と大きくなっていく訳だが、田舎町より人口の多い都市の方が多くの友達と切磋琢磨できて良いんじゃないか。常陸太田にはお父さんも出た伝統高校があるし、おばあさんが暮らす太田の新しい自宅に先に行き、そこの小学校に通うか?それともお父さんがまた校長になる袋田に行くか。おまえの好きにしろ。お父さんもいずれは太田に戻るんだから」。パパはおばあさんの住む方を選んだ。
さてヤマのことだが、近所に住むヤマが大好きなお宅から「もうヤマも年だし長年親しんだこの土地で静かに暮らさせてあげたい。家で預かりたい」という申し出があり、そういうことになった。
大子町内大野という集落と常陸太田はたっぷり10里40キロの道のりです。懐かしい前が突き出た乗り合いバスで曲がりくねったジャカボコ道を1時間半はかかります。パパのお父さんとお母さんは袋田に行き、パパはバスに乗って常陸太田に、ヤマは学校の近くの新しい家に行きました。
 パパはおばあさんとお兄さんの住む新築の自宅から新しい小学校に通い始めました。6年生の春です。すぐにお友達はできましたがヤマのいない暮らしはなんとも味気なく空しい日々が続いていました。
まもなく5月の連休が近いある夕方、学校から帰ったパパを待っていたのは、なんとなんとヤマでした。ヤマは一度も40キロの山道を通ったことはありません。でも内大野の新しい家からパパの住むできたばかりの家に、「匂い」だけで来たのです。ヤマを預かった家の話によりますと、それまでの家族と別れて寂しかったのか、食欲も落ちいつもの明るく元気な顔が消えていたそうです。いなくなった朝、ヤマは何度か大声で吼え、きっと感謝と別れの挨拶だったのでしょう、姿を消し、近くの野山を必死で探していたそうです。

ヤマはパパが乗った乗り合いバスの匂いだけを頼りに歩いたこともない10里の山道をパパに逢いたい一心で、7時間もかけてたどりついたのだそうです。パパも、おばあさんも、お兄さんも、勿論、パパの両親もヤマの行動にいたく感激、常陸太田の自宅で暮らすことになったのはいうまでもありません。
犬の能力はすごいです。嗅覚、聴覚、動体視力は人間の何千倍といわれています。盲導犬でも災害救助でも、麻薬発見でも私たち人間はものすごく犬のお世話になっています。ありがたいことです。感謝しています。
ヤマはそれから数年、阿武隈山系が良く見える高台の自宅でパパたちと楽しく暮らし、静かに息を引き取ったそうです。パパの犬好きと犬への尊敬心はこんなところに原点があるのかも知れませんね。(つづく)
   
   写真は奥久慈・大子地方の風景です。

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    クマコの食欲は凄かった。ホットミルクでも缶詰めでも一瞬に食べ尽くした。容器は牛乳の白さが一滴も残らないほど舐めていた。しかし、クマコは目を離すとダンボールに詰めたゴミを漁るのです。一日に何度そのイタズラをするかわかりません。ミミ、ママ、パパの3人で推測をしました。推論の結論はこうです。あの病院のあたりを何日間かうろついていて、道路端や住宅のダンボールのゴミを漁って、食べられるものを食べてこの寒空を生き抜いていたのではなかろうか…。そんな時、交差点でミミと遭遇した、きっとそれに違いない。
 20年ぶりという厳しい寒さの2005年の年の瀬は静かに暮れ、2006年が始まった。薬局のゲージに住むクマコにも伊達巻や紅白の蒲鉾、寒天寄せなどのおせち料理をほんの少しづつあげた。目を細めて食べた。
 正月休みが明けて1月6日、カレンダー印刷の集金に来たAさんからある情報はもたらされた。薬局の片隅にいたクマコの姿を見つけてAさん、「これに似た子犬を近所の蕎麦屋で見た」と言うのです。しかし、蕎麦屋さんのある場所とクマコがいた病院は直線距離で3キロはある。あの小さな体で3キロを歩いてくるのはとても無理だろう、とは思ってみても、なにか手がかりになるならば、とパパは蕎麦屋さんに電話をかけました。「そちらで最近、子犬が生まれたという話を聞いたのですが、いなくなったとかいう子犬はいませんか?」
 生まれたことは生まれたが、全部もらわれていき、なんの問題もありません、とのこと。やはりAさんの見た子犬とは無関係だったのか、了解しました。
 電話から2時間して蕎麦屋の奥さんが薬局に見えられた。その時である。クマコの顔色が変わった!奥さんに向かって尻尾を振って吼えるのです。奥さんもクマコの頭をさすると「ちょっと待って下さい。また来ますから…」と車のハンドルを握って立ち去った。奥さんと対応したママは何かを察知した。
 数時間して蕎麦屋の奥さんが帰ってこられた。奥さんも相手の方の名誉の問題もあるので言えないが…とした上で事情を喋ってくれた。その内容も踏まえてママとパパとミミが出した推論はこうです。
 クマコはその蕎麦屋さんで11月の14日に誕生した、蕎麦屋さんからみて北の方角の家庭にもらわれて行った、きっと、生まれて1ヶ月以上経った12月の半ば過ぎだろう、もらわれていった家で飼うのがイヤになったか処置に困ってあの病院の駐車場あたりに子犬を置いた、恐らく12月の20日前後だろう、クマコは数日間は野良犬状態で寒空をさまよっていた、そしてミミと遭遇した、これが結論です。
 「我が家で飼うことにします。ちょうど外の番犬がいなくなったことでもあり大事にクマコを育てます」。ママとミミの話に蕎麦屋の奥さんは安心して帰っていきました。
 我が家では3人とも大の蕎麦好き。特にパパはニッパチの乾蕎麦の茹で方が絶品。パパは蕎麦を茹でる時、必ずクマコのために茹で汁を取って冷まします。そして自分が食べる前に、数本の蕎麦とぬるくなった茹で汁をクマコにあげます。「蕎麦屋で生まれ育った犬だよなあ。きっと何度かもらっていたんだな。うまそうに食べるよ、クマ」。クマコの出自もわかり、蕎麦好き家族の新たな誕生にパパは嬉しそうだった。(つづく)

    
 

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