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趣味のシャーペン画が見せられるものになったので アップした。 これはモデルを目の前にして描いているのではなくて 写真を見ながらスケッチブックに描写している。 モデルはR25等のフリーペーパーから見つけてくることが多い。 最初に顔全体と目や鼻などの部分の位置取りを決めてから描く。 この位置取りの善し悪しで最終的な善し悪しが大きく左右される。 2週間前くらいに整形した市橋容疑者が捕まったときに本人だと特定した決めては 黒目や鼻など部分の位置だと言っていたのもうなずける。 そこから全体的に描いたのが上の方の絵である。 次の段階は髪と陰。これを始めてしまうとは絵が汚れ易いので他の修正はほとんど出来なくなってしまう。 髪は生え際から毛先まで出来るだけ一気に描く方がよさそうだった。 しかし長い髪は途中で歪んでしまったりするから注意深く勢いよく描く。 その作業が完成したのが下の絵。 人の絵を描いているときが、僕は一番物事をよく考えられるときだと思う。 それは瞑想に近い。 集中力が高まること 人間に対する観察力が研ぎすまされること ほどよい高揚感 デザインってプロセスで結果が決まってしまうなあと再認識した。 それは絵も同じで、最初の位置取り(コンセプトとかアウトラインに相当)で まず大きく方向性が固定されてしまう。 そして途中で後戻りするかそのまま行くかを常に迫られる。 今まで描き上げて来た部分とこれから描きたい理想の折り合いをつけて進めている。 描いた部分がモデルと似ていなくてもそこまで積み上げたものを捨てることが得策とは限らない。 『似ていなくても』その後の展開では『美しく』なることはいくらでもある。 また絵は写真ではないので手段は『線』を描くしかない。 シャーペン画は色もない。 だから絶対に同じには出来ないものをどうやって同じに『見える』ようにするかを考える。 また愛着と客観性を切り替えながら描かないといけない。 愛着がないと集中力は出てこないし、うまくかけてくると愛着が湧いてくる。 こいつが一番きれいだと思えてくる。 でも休憩してからもう一度みると全然不細工だと気づく。 切り替えきりかえ。 そのようにデザインのプロセスの中で整合性だったり、妥協だったりを繰り返しながら 最終的にいいモノになるように軌道をねじ曲げていくことが必要だろう。 プロセスすら客観的に見る必要があるのだ。 ちなみにこの絵は3年前の倉科カナ。今は朝の連続ドラマ小説ウェルかめの主役。
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