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TV番組「秘密のケンミンSHOW」などでも取り上げられたことがありますが、関西ではトイレットペーパーのシングルロールがダブル(2枚重ねタイプ)よりも多く売れるという話があります。
これは関西人(特に大阪人)が悪い言葉でいうと「ケチ」、よく言うと「節約好き」だからと言われています。
つまりシングルロールのほうがダブルよりも消費量が少なくて済むという意識に基づいているわけです。
ですがこれは本当なんでしょうか?

結論を先に言うと「シングルだろうがダブルだろうがそれだけで消費量は変わらない」が正しいと思われます。
その理由をこれから説明します。

まずダブルで40mの製品があるとします。それと素材など他の条件をまったく同じにしたシングルの製品は80mになります。
ここだけ見ると「シングルのほうが倍使えるからお得」と思ってしまうかもしれませんが、それは早とちりです。
なぜなら、もし1回あたり使用する紙のボリュームが一定であるとすると、シングルで40cm使う人はダブルなら20cmで済むのです。
シングル40cmを2回折って10cm×4枚にするのも、ダブル20cmを1回折って10cm×4枚にするのも結果は同じだからです。

結局、1巻のトイレットペーパーを何回使えるかは、1回に使用する紙のボリュームに依存しているだけであって、それがシングルかダブルかは影響しないわけです。
後はもう気持ちの問題でしかありません。

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自分が中学生のとき、社会の世界地理分野の授業で、こんなことがありました。
「日本から真東にずっと進むとどこに着くか?」という問いが出されたのです。
私はメルカトール図法の地図帳を見て「アメリカ」と答えました。
イメージ 1

しかし先生は「地図で見るとアメリカが東に見えるけど、地球は丸いから本当はブラジルが東だ」と言うのです。
そして日本を中心とした正距方位図法の世界地図を見せました。
イメージ 2
しかし私はこの先生の説明がいまひとつ腑に落ちませんでした。
これは単に地図の図法による違いでしかないではないか、と漠然と思ったものの、何が引っかかっているのか自分でもはっきり明確につかめず、うまく説明できなかったので、その授業の場ではじゅうぶん反論できずに言いくるめられるような形になってしまいました。

その後もこの疑問はずっと自分の中に残っていました。ときどきふっと思い出してなんだったんだろうなと考えてしまうこともありました。
そして成長していく過程でいろんなことを学び、知り、考え、大人になってようやくなんとなくわかってきた気がします。
うまく説明できるかどうか不安ですが…。

まず結論から言うと「設問の解釈によってどちらも正解になり得る」が正しいのではないかと今は考えています。
ではその設問の解釈とは何か?
先生が正しいと言える場合の設問の解釈はこうです。
「日本のどこかある地点を基準とし、その地点における真東の方向について、地表面に沿って直進した先はどこに着くか」(A)
これならば答はブラジルで正解なんです。
つまり横田基地あたりから直進する大陸弾道ミサイルを真東の方向に発射し、それが地球半周したらブラジルに届く、ということですね。
ところが、この設問は別の解釈ができるのです。それは
「日本のどこかある地点を出発し、常に真東の方向に向かって進むとその先はどこに着くか」(B)
この場合は実は正解はアメリカになります。
つまり船に乗って羅針盤の指す真東を目指して進むとアメリカ西海岸に到着する、ということです。

なぜこの違いが生まれるかというと、それは「進む途上で『真東』の方向を更新しているかいないか」の違いなのです。
上記(A)の場合、出発点で真東の方向を定めたら、その方向に直進するのみで、途中で方向を変更はしません。
(B)の場合、進みながら各地点において常に方向を更新し続けているわけです。
そもそも日常において「東へ進む」といえば実は(B)の認識であることが多いので、常識的思考をすると答もそちらになるわけです。

これと似たような話で、以下のような問題があります。
「山田さんは10m四方の大きさの自宅から南に1km進み、その後東へ1km、さらに北へ1km歩いた。山田さんはその時点で自宅に戻ってきた。なぜそんなことが起きるか?」
これ、答はつまり「山田さんの家が北極点にあったから」なのですが、ここでも「東へ」が前提にしているのは(B)なんですね。
実はこれ非ユークリッド幾何学の中の球面幾何学の問題でもあります。
つまり定義が変われば正解も変わるのが当然、ということですね。

こうして大人になってようやく腑に落ちたわけですけども、まあ中学の社会科教員にここまでのレベルの説明を求めるのは酷だと思うし、また中学生のときにこう説明されても理解できたかどうか難しかったかもしれません。

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Windowsの起動時にタイトルのようなエラーが表示され、Aeroスタイルが適用されずクラシックモードで起動してしまうという現象があり、検索してみると多くの人が悩まされているようです。
解決法としていくつかの方法が紹介されていますが、根本的に「これで解決」という答えは見つかっていないようです。
 
自分もこの現象に遭遇していろいろ検証してみたので、現時点での推論を書きます。
先に結論を書きます。
 
この現象に共通している原因は、System Notification Serviceの起動中、何らかのエラーが発生したことにより起動が失敗したことです。
そのためこのサービスに依存するThemesサービスが起動できず、Aeroが適用されなくなります。
問題はそのエラーが起きる原因ですが、おそらくこれはひとつだけではないです。
その原因を特定して取り除けば解決するわけですが、どうもそれがケース・バイ・ケースのようです。
 
今までに検索してヒットした情報には以下のようなものがあります。
(1) Winsockモジュールの設定パラメータが何らかの原因で不正な状態になっている
 この場合の解決方法は、コマンドプロンプトで netsh winsock reset を実行することでパラメータのリセットを行い、Windowsを再起動する、というものです。
(2) Windowsの修正プログラムKB2670838の不具合
 この場合の解決方法は、KB2670838KB2834140の再インストールです。
 → 参考
(3) ランタイムパッケージの不具合
 1例だけ報告があり、Visual C++ 2013 Redistributableのインストールが原因になっていた、とされています。
 この場合の解決方法は該当パッケージのアンインストールになりますが、これには大きな問題があり、このパッケージに依存するアプリケーション・プログラムがすべて動かなくなります。
 基本的にランタイムパッケージを単独でアンインストールするのは推奨されません。
 
自分のケースでは(1)と(2)についてはすでに試しましたが、解決できませんでした。
(3)については複数のランタイムライブラリが存在し、どれが原因となっているかが特定できないことと、単独でアンインストールした場合のアプリケーションへの影響を考えると実行は難しいので断念しました。
起動するたびに現象が発生するときとしないときがあり、たとえば(1)の方法を実行して再起動して、現象が発生しなかったので「なおった」と思っていたら、次回起動したときにまた発生して、根本的に解決したわけではなかった、と判明したりしました。
また、現象発生後に再起動を行うと、タスクバーやアイコンが消えて壁紙だけになった状態で長時間シャットダウン動作が停滞します。これをフリーズしたと勘違いして電源強制切断してしまった例も見受けられましたが、ディスクアクセスランプが点滅しており、バックグラウンドでは処理が継続しているので、10〜15分程度待っていれば最終的に再起動されます。なぜこうなるのかは不明ですが、何か現象と関係がありそうです。
 
現象発生時前後のあやしいイベントログを抽出すると、こういうのがありました。 
 
イメージ 1
 
イメージ 2
 
イメージ 3
 
どうもATIのディスプレイドライバに問題があるようで、調べてみると英文ですが以下のようなやりとりがありました。
 
 
Windows起動に時間がかかる、という点もよく似ています。
ここには「最新のドライバに入れ直したら解決した」という報告もありますが、いっぽうで「買ってきたばかりの新品のPCでも出てるんだけど」という報告もあるので、原因と解決法は特定されていないようですね。
自分の環境でもメーカー提供の最新のドライバーをインストールしたところ、上記のイベントは出なくなったようです。今後、System Event Notification サービスのエラーがどうなるか、しばらく様子を見てみたいと思います。 
 
以上、現時点での情報でした。何かのご参考になれば幸いです。
 
(11/24追記)
その後の経過ですが、以前に比べて頻度は下がったものの、やはりまだ現象そのものは発生することもある状態が続いています。
ただ、現象発生してもThemesサービスを再起動するだけで回復できるようになったので、だいぶマシになりました。
ここまでの経緯を踏まえると、おそらくサービス起動時に何かの処理に時間がかかりすぎてタイムアウトしている可能性が高いように思われます。それがドライバーのアップデートにより起動時のシステム負荷が軽減されたことで発生頻度が下がったのではないかと推測しています。

(12/09追記)
Themesサービスの再起動がたびたびでは手間になるので、現象が発生してAeroテーマが適用されていないときだけ自動的にサービス再起動するプログラムを作りました。
同じ問題で困っている方のお役に立てればと思いますので、こちらで公開します。

 [ダウンロード] RebootThemeSvc ver.1.0.0

使い方などの詳細は同梱のReadmeをお読みください。

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個人的にイベントのステージ撮影をする機会が多いのですが、室内や夜間などのイベントの際にフラッシュ撮影をされる人をときおり見かけます。
コンパクトデジタルカメラや携帯電話・スマホのカメラ、少し前ならインスタントカメラなどで、たとえば夜間スナップ撮影をする場合にフラッシュ撮影するのは一般的ですから、おそらくその感覚の延長上なのでしょう。
しかしステージ撮影においてはフラッシュ撮影にはさまざまな問題と弊害があります。

(1) 意味がない
通常ステージ撮影は被写体までの距離が数メートルから数十メートルあるのが普通です。この場合、フラッシュを使用してもほとんど被写体に光は届きません。つまり使用してもあまり効果も意味もないのです。
効果があるのはたとえば夜間、周囲の空間や景色が真っ暗な中で、近距離にいる被写体だけを明るく浮き出させたい場合などです。つまり夜景を背景にして目の前の人物を記念撮影するような場合ですね。
ステージの場合、ステージ上は照明が当たっており、演者もステージ背景もほぼ同等の明るさです。暗いのは客席だけです。このような場合にはフラッシュは適しません。

(2) 他の撮影者に迷惑
たいていのカメラは、ボタン半押しの状態でセンサーが距離や明るさを判定して露光を決定し、ボタンを完全に押し切るとシャッターが切られるようになっています。そのため、センサー測光の時点とシャッターの時点で大きく光量が変化するとアンダー(露光不足)やオーバー(露光超過)になり、真っ暗または真っ白な写真になってしまいます
フラッシュ撮影している撮影者のカメラは、フラッシュと連動しているので、フラッシュによる光量の増加を計算に入れて測光していますから問題ないのですが、他の撮影者のカメラは、他人のフラッシュの光量なんて予測しようがないわけですから、もし測光時にはなかったフラッシュの光がシャッター時に照らされるとオーバーになり、逆に測光時にフラッシュが光っていてシャッター時に光がなくなるとアンダーになってしまいます。

イメージ 1

(▲他の撮影者のフラッシュによってオーバーになった例)

イメージ 2

(▲上段がアンダーになった例。下段のほぼ同じ構図の通常と比較するとよくわかる)

このように、フラッシュ撮影は他の撮影者の写真に勝手に影響を及ぼす、迷惑になる存在なのです。
他にも、ステージ背景に被写体の影が映り込む、被写体の陰影が濃くなってしまう、被写体の目に光が反射して猫目状態になる、など、せっかくの写真が台無しになる迷惑な効果がいろいろあります。

(3) 演者に迷惑
フラッシュの光をまともに正面から見たら目がくらんでしまいます。ステージ上の演者はパフォーマンスに集中している状態ですから、そこにフラッシュの光を浴びせられることは集中を乱したり、場合によってはパフォーマンスの邪魔になる場合があります。

以上のように、ステージ撮影においてはフラッシュを使用すべきでない理由がたくさんあります。
室内や夜間の場合、特に動きが激しい被写体の場合は、ある程度のシャッター速度を確保する必要がありますので、できるだけ光量を確保したいという気持ちはわからないこともないです。しかし、そのために迷惑をかけるようなことをすべきではありません。
室内や夜間のステージ撮影でフラッシュを使わずによい写真を撮るにはどうすればいいでしょうか。
それは絞りを最大に開放し、ISO感度を上げることです。一眼レフカメラの入門機レベルの基本セットに付属しているレンズ程度(F値4.0〜5.0程度)でも、ISO3200に設定すれば照明のある夜間の野外ステージでもシャッター速度1/200くらいで撮ることが可能です。画質もそれほどは犠牲になりません。
遠くから200mm程度のズームで撮る場合などはどうしてもリーズナブルな価格帯のレンズでは不安でしょうから、そういう場合はお値段は張りますがより明るいレンズを購入することをオススメします。
いずれにしてもフラッシュ使用ではいい効果は得られません。

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議論をしている人の中でよく見かけるのですが、最初から決まった結論があって、すべての理屈をその結論に結びつけるために後付で追加していく、というパターンがあります。
私はこれを「リンゴは赤いから毒」論法と個人的に名づけました。どういうことかというと、こういうことです。

A「リンゴは毒だ。食べたら死んでしまう」
B「なぜですか?」
A「リンゴは赤いからだ。赤いものは毒物だからリンゴは毒なのだ」
B「赤い食物はすべて毒なのですか?」
A「そうだ」
B「ではトマトも赤いので毒なのですね?」
A「トマトは野菜だから違う。リンゴは赤い果物だから毒だ」
B「赤い果物は毒なのですね。では赤いイチゴも毒ということですか?」
A「イチゴは木にならない。リンゴは木になる赤い果物だから毒だ」
B「木になる赤い果物が毒なのですか。では木になる赤い果物であるさくらんぼは毒ですね?」
A「さくらんぼは直径が5cm以下だから違う。リンゴは直径5cm以上だから毒」

これはあくまでたとえですが、こんな方式の議論をする人、いますよね?
他に同じ条件が当てはまる別の例を示して矛盾を指摘しても、その別の例が該当しない条件を追加していけば永遠に間違いを認めずに済む、最強の論法かもしれません(笑)。

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