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娘の受験が落ち着いたころ 叔父さんの見舞いに行きました。
叔父さんは 実は去年の2月に余命宣告を受け 今でその宣告を
14ヶ月ほど引き伸ばしています。
その時は その話の内容が本当かと思われるほど 叔父さんは
元気でした。もちろん叔父も自分の病気が末期がんであると自覚しています。
ただ 座って私たちを迎える叔父は その場所から一歩も動けず
腰から下が 痺れてまったく感覚がないなんて
本人に言われるまで まったく感じないほど元気を装うっていました。
そういう叔父なんです。
その叔父が先週 たぶん最後の入院をしました。
3月末に見たときとは 別人のようです。痛み止めのモルヒネの
せいだと思いますが、もう生気が感じられません。
年明けに突然やってきて 爺ちゃんの年忌をどうしてもすぐしたいと
叔父は初めて 親族に自分の病気について 打ち明けました。
予定では今年のお盆にするはずだって 年忌を急遽繰り上げて
月命日を選んで 行った爺さんの年忌
そのとき初めて 叔父の目に涙を見ました。
叔父は自分の死が迫るのに 恐怖を感じるとは思えませんでした。
悔しさなのか 寂しさなのか 儚さなのか 今の私には
まだ はっきりとはわかりませんが たぶんそれが入り混じった
そんな感覚が 叔父の目に涙を浮かべたんだと思います。
あれから2ヶ月
徐々にそして 確実に 下半身の痺れは広がりもう
胸から下はまったく自由が効かないようです。
体内のタイマーがゆっくりゆっくり 着実に残りの時間を刻んでいきます。
それが気丈な叔父にとっても 恐怖なのかも知れません。
そんな時にも この叔父は私やほかの皆の事を 気遣っています。
ちょっと いや かなり偏屈なおっさんでしたが 叔父の偏屈さはこの
気丈さの裏返しだってんでしょう。
自分の死期を受け止め もうやる事はすべてやって・・・家族に愛され
そして 自分の死を受け入れ 最後に人に優しくなれる。
素敵だと思います
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自分の死を知っている、待っている状態って予想もつきません。。。
叔父さんの涙も、なんなのか分からないけれど私までもらっちゃいます。。。
というのも、うちの祖父も、余命1ヶ月まで痛いの一言も発せず、家の仕事してました。宣告はせず、家族だけが知っていて その間の祖父の笑顔を見るだけで涙が出そうで 家を飛び出し車の中で毎日大声で泣いてた自分が居ます。 死が近づく人の涙も笑顔も、すごいパワーがあって、まわりの人の心に一生行き続けます。
2009/4/25(土) 午後 11:39 [ - ]
アオキさん、なんかいろいろあったんですね。一人浮かれてる自分が恥ずかしい。
自分の近い存在が亡くなる。祖父母に始まり、義父母、父母と。
人間どうしようもないことなのですが、そうした悲しみを経験しながらだんだん確実に近づきつつある自分の死について自覚していくそうです。うろたえることなくそのときを迎えられるよう。
だから、絶対に、寿命を全うすることなく自分の体をいじめて病気をしたり、ましてや自分で自分の命を絶つような真似は絶対にしてはいけないと思っています。
是非ご自愛いただき、お互い天寿をまっとうできるよう、がんばっていきましょうね。
2009/4/26(日) 午後 11:34