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皆様、こんにちは。
本日、車を運転していたら急に割り込みされた…
車のナンバー見たら、半年前職場を素行不良でクビになった男性の車だった…
向こうも私の車を知っているはず…
腹いせか?!(怒)
そんなこんなで、今日は不愉快です…
8月23日に祖母が亡くなりました。
祖母とはいえ、約20年、自宅で一緒に生活し、面倒見ていました。
祖母の四十九日が終わるまでブログ投稿は控えようと思っていたのですが、やっぱり書いてみます(笑)
自分が学生の頃に祖母は脳梗塞で倒れ、後に祖父も脳梗塞で倒れました。
私は母のみの片親で、親戚との関係から実娘(長女)である母と私、弟で祖母を看ねばならず、これまで約20年、大変な事ばかりでした。
母も介護のために職を辞めねばならず、仲が悪いので親戚から経済的なものも含め支援がまったく無い状態…
詳しく書くと不幸自慢、貧乏自慢になっちゃうので自制しますが(汗)
自分も結婚して家庭を持つなど人並みな生活は無理かもと覚悟しました。
祖父が10年前に亡くなり、私が主に祖父の面倒を見ていたので自由な時間が少し増え、鉄道趣味にも復帰できました。
祖母の御迎えが近いだろう、というのは覚悟していました。
なにより心配だったのはきちんと葬儀が出来て、祖母を送ってあげられるか?という事。
祖父の葬儀の後は、葬儀費用の事でトラブルになりました。(特に長男の嫁)
今回はこんな事にならぬよう、自分たちで支払おうと分割払い、クレジット決済のできる葬儀場を数年前から探したのですが、近くに全くない…
探しても、保証人になってくれる人がいない…(親戚間仲が悪く敬遠される)
きちんと葬儀が出来るのか、祖母が亡くなった当日まで不安ばかりでした。
トラブルメーカーの人物は葬儀に呼ばず排除し、今まで疎遠だった叔父の支援で、なんとか葬儀ができました。
火葬場では、今まで仲の悪かった祖父母の子供たち(母、伯父、叔父、叔母)で談笑し、祖母を涙ぐみながらも笑顔で天国に送ることができました。
天国に行く前に、祖母は息子、娘たちを仲直りさせたのかな…?と。
自分にとっては祖母は倒れてからの、大変な思い出ばかりの印象が強いのだけど、
やっぱり大切な人でした。
祖父も、暴れたり大変だった思い出が印象強く、幼少期に可愛がってもらった思い出が薄くて、そう思えば親不孝な孫かもしれませんが、自分のルーツを作った大事な人でした。
母…約20年間、介護お疲れ様でした。元気なうちに親孝行しないとな…
自分が育った家庭環境というのは、選べないし、昨今のニュースを見ても殺人傷害とか、絶えませんね。
家族というものはひとそれぞれ、どうやっているのかな…?
そんなことを考えた1カ月でした。
祖母と同じ歳の、58654号。
大正11年製造時の部品は今どれくらい使っているのでしょうか?
58654号を見ると、祖母の事を思い出しそうです。
祖母の分まで頑張ってほしいな。
夏の酷暑の中の忙しさと祖母の葬儀等でちょっと体調崩しました。
しばし休養して、喪が明ける10月11日頃にはブログ本格復帰しようと思ってます。
撮影したいな〜乗り鉄したいな〜(汗)
お読みいただき、ありがとうございました。
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