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富士時計フェニックス13型ケース用の文字盤【デットストック】

昨日、コレクションを保管している場所から、富士時計フェニックスの文字盤が2枚!出て来ましたが、これは私にとって超お宝なのです(笑)
以前(2012年元旦)の記事も別の文字盤で記事にしてますが、一般の方には殆ど知られてない国産機「富士時計」をアピールするチャンスと思い記事にさせて戴きます。

【戦後の国産腕時計】
国産の腕時計は戦前〜戦中(ミッドウェー海戦前まで)に多い時で年間に100万個以上も生産していましたが、戦争が劣勢になってからは軍の支配下に置かれて休眠を余儀なくされてしまいました。
しかし、戦後まもなく、日本は永世中立平和国家論の元に時計工業振興論が展開されるようになり、再び「東洋のスイス」を目指す楽観主義に溢れ始めました。
当時は国産三大メーカー「精工舎」「尚工舎」「東洋時計」がそれまでの隠し部品と設備を利用して、終戦後の1945年(昭和20年)から1年も経たないうちに腕時計の生産を再開しました。
その後、1948年(昭和23年)8月に静岡市の郊外へ「富士時計」が設立されたのですが、1949年(昭和24年)7月頃には経営が悪化して、12月には閉鎖(1年4カ月で閉鎖)しています。
この間に生産された腕時計は設備的な問題と人手不足により、分かっているだけでも1,500個前後ではないか?と推測します。

下記の文字盤はどの様な経緯で私の手元に来たのか分かりませんが、13型ケース用の文字盤だけでも現存数は少ないです。
又、下記の文字盤(2枚)は同じデザインに見えますが、その違いは分かるでしょうか?その違いを見つけながら楽しんでいるのは時計コレクターだけでしょうね(笑)
         【PHOENIX(フェニックス)】
イメージ 1

下記の画像は富士時計フェニックス10型と13型の文字盤(2枚)を比較してますが、1940年代に13型ケースで腕時計を生産させた「富士時計」の技術者は数年後に大型化へ向かうことを予感していたのかも知れませんね。
そして、上記の解答ですが、左側は文字盤がツートンになってます。
イメージ 2

又、下記の画像は富士時計フェニックス13型ケースに同文字盤を並べてみました。
イメージ 3

イメージ 4

現在のコレクション状況ですが、私の場合は腕時計よりも付属品(文字盤、ミドルケース、化粧箱、尾錠、タグ類など)を専門に収集しているコレクターになりますので、これからはマニアックな内容も記事にして行きたいと思ってます。

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