日本自由メソヂスト葛城キリスト教会

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あなたへのメッセージ

2018年11月4日  第一主日礼拝
 
「外のわたしと内のわたし」 ルカによる福音書11章33〜44節

イエスが群衆に話されていた時、ファリサイ派の人から食事に招待されました。
イエスが食事の前に身を清めないのを見て、ファリサイ派の人は不審に思いましたが、イエスはそのことに気づいて話し始められます。

食器の外側が汚れるのを恐れて磨き、食器に触れる手もきれいに洗うけれど、強欲と悪意に満ちている内側こそ汚れているのだと指摘されました。
「奇麗に見せた外側も、どろどろに汚れた内側も、どちらも神が造られたのです」とイエスはファリサイ派の人に言われました。

ファリサイ派の人々は律法の勉強をして民衆に教え、自分も律法をしっかり守り、「自分こそ、正しい信仰を持っている」と考えていました。
イエスが「器の中にある物を、人に施せ」と言われたのは、「隣人を自分のように愛すること」が律法における神の御旨であることを言われているのです。

当時のギリシャ人やユダヤ人が考えていた「幸せ」(マカリオス)とは、神に祝福され神から恵みをいただいた状態です。
イエスが、「あなたがたファリサイ派の人々は不幸だ」と言われたのは、形式的に律法を守っても、神の祝福を得ることが出来ないと言われたのです。

私たちはいろんな面で、《外》と《内》を持っています。
良い人と思われたい、信仰深いと思われたい、資産家・・知恵がある・・など、意識して《外》を取り繕うこともあり、意識せずにそのように装ってしまうこともあります。

《外》のわたしを造られた神は、《内》のわたしも造られたのに、《外》の私がどれほど立派に装っても、私の《内》には強欲と悪意が満ちているのではないか。

「あなたの全身が明るく、少しも暗いところがなければ、ちょうど、ともし火がその輝きであなたを照らすときのように、全身は輝いている。」
自分の外も内も、同じように明るく少しも暗いところがなければ、私たちの全身が輝きを放ちます。

イエスは、「あなたがたは世の光である。」「あなたがたの光を人々の前に輝かしなさい。」と言われました。
私たちの外も内も、神が世の光として造ってくださいました。
自分の内にある汚れた部分を取りさって、少しも暗いところのない全身を輝かして、世の光となるなら、あなたは、「幸いな人」です。

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アタシたち一人一人が主にあって神様に
仕えるとき…本気で霊で満たされた
環境下で率先して"神様によって"と
言える状況になると内なるアタシたちも
Christianとして自信つくかも☺

2018/11/7(水) 午後 7:00 [ Aoilogic ]

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真の霊に満たされるなら、内も外も光り輝くでしょう。
真の神の霊に満たされる幸いな時が来ますように。

2018/11/7(水) 午後 8:51 [ 自由メソヂスト葛城キリスト教会 ]


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