日本自由メソヂスト葛城キリスト教会

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あなたへのメッセージ

2019年8月25日  主日礼拝

「主人の帰りを待つ」 ルカによる福音書 12章35〜48節

就活、婚活、終活は、われわれに求められている覚悟のようなものです。
その中で終活は、高齢化社会になって出てきた言葉です。
人生の終わりに備えて、「身の回りの品を捨てる」、「葬儀・墓・遺産相続などの遺言を書く」、最後の日までの「資金の準備をする」人もいます。

余命を宣告された重病人を除いて、終活の期限は不明です。
そして終活の最大の目的は、「いかに死ぬか」です。
言い方を変えれば、「痛み苦しみ無く、不安なく、平安の内に死を迎えこの世から消えて行く準備」こそ、《最大最強の終活》です。

「痛み苦しみなく」は医療や介護の範疇で、延命治療の拒否と緩和医療の希望に当たります。
「平安」は心の問題であり、それぞれの人生観とそれぞれの信仰の問題にかかって来ます。

では、私たちクリスチャンにとって、《平安の内に死ぬ》とはどういうことでしょうか。
私たちは、【死んだ後、イエスの下によみがえり、先に召された人々と再会し、残して来た者とも再び会う日が来ると信じる信仰】によって、《平安の内に死を迎える》ことが出来ます。

今日の聖書は、イエスの再臨の時までの弟子の覚悟が語られています。
イエスの再臨は、終末の後に出現しますが、それがいつになるのかは分かりません。
私たちの終活と似ています。

今日の聖書個所では、同じルカの「ムナ」のたとえ(19:11-27)のように、預かった10ムナを自分の裁量で増やした者がほめられるとは書かれていません。

今日のたとえでは、主人の帰りを待つ僕は、「善行を施し、悪行をするな」とは言われていません。
僕は、《なにも特別なことをしなくても良い》のです。
主人が出かける前にそれぞれに《委ねられた仕事》だけを忠実に行い、主人が帰ってくるのを楽しみに待つことが望まれているだけなのです。

イエスが「目を覚まして待ちなさい」と言われているのは、いつ何が起こっても大丈夫なように、今、この瞬間をしっかり生きることです。
《目を覚まして待つ》ことは、決して易しいことではありません。
ついうとうと眠ることもありぐっすり眠ってしまうこともあります。

私たちがこの世に命を与えられた時、神様は、一人一人にそれぞれの仕事を与えられました。
人の目には大きく偉大な仕事から小さくわずかな仕事まで、神様の目には与えた仕事は全て尊く必要な仕事なのです。
生まれてすぐに亡くなる子供にさえ、産んでくれた親に感謝する仕事、親に悲しみ喜びの思い出を残す仕事が与えられています。

「いつ、あなたの命が亡くなっても悔いの残らぬように、今、あなたのするべき仕事をしなさい」とイエスは言われています。
今、この時、自分がしなければならない《一番大切なこと》は何か、何をするべきなのか、神様があなたに与えられた使命を、《しっかり目を覚まして》見極めながら「主の再臨」を待ってください。


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