葛城市相撲館

日本でも珍しい相撲の資料館です、館内には原寸大の土俵があります。

けはや物語

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けはや物語

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第十一代垂仁天皇が世の中を治めておられた時代の出来事です。緑豊かな當麻の里に、當麻蹴速(たいまのけはや)という男がおりました。心根のたいへん優しい男でしたが、素手で角をへし折り、曲がった釘も伸ばしてしまうほどの怪力の持ち主で、「まわりを見ても自分と力を比べられる者がいない。なんとかして力の強い者とめぐりあい、ひたすら力比べをしたいものだ。」といつも思っていました。蹴速は里の人の誰からも慕われ、當麻の里では蹴速を知らない者はいませんでした。そんな當麻の里に天皇様のお使いがやってきたことからこの物語は始まります。
 ある日、天皇様は従者に命じて、ご自分の治めておられる當麻の里の様子を見てくるようにとおっしゃいました。さっそく、従者が當麻の里に行ってみると、河原に里の人が集まって何やらにぎやかな様子です。
「私は天皇様の使いの者である。このたび天皇様より、その方たちの暮らすこの當麻の里で何か変わったことはないか、とのお尋ねじゃ。」
お使いは集まった人々に向かって言いました。
「はい、お蔭さまでこの當麻の里には當麻蹴速という頼もしいお方がおられますので、私たちは平穏無事に暮らしております。」
「當麻蹴速?それはいったい何者じゃ?」
お使いが聞き返すと
「気は優しくて力持ち、我らの誇りとするお方です。」
「あの方なら、この国の領地すべてを治めることができるでしょう。」
「日本一の力持ち!この国広しと言えども、蹴速様にかなう者はありますまい。」
里の人は口々にこう答えるのです。
「當麻蹴速・・・そのような男がこの里にいたとは知らなかった。帰ってさっそく天皇様にご報告せねば・・・」
お使いは慌てて天皇様の元へと帰って行きました。
 さて、お使いの報告にじっと聞き入っておられた天皇様は、
「うーむ。當麻蹴速に勝る怪力はおらぬものか。ぜひとも探して出して、その蹴速やらと相撲をとらせてみたいものだ。」
とおっしゃいました。すると一人の従者がうやうやしく進み出て、
「なんでも、出雲の国(奈良県桜井市出雲と伝えられている)には、野見宿禰という怪力者がおりまして、どんな大岩でも持ち上げるとの評判にございます。この者を當麻蹴速と戦わせてみてはいかがでしょう?」
この言葉をお聞きになられた天皇様は、直ちに祖長尾市を使者に立てて出雲に向かわせ、野見宿禰を呼び寄せました。そして、二人の相撲決戦の日を七月七日とお決めになりました。

 七月七日、いよいよ天皇様の御前で蹴速と宿禰は顔を合わせました。
「どちらかが降参するか、精魂尽き果て倒れるまで相撲を取り続けるよ!」
従者の声が辺りに響き渡ると、それを合図に二人の豪傑のすさまじい死闘が始まりました。どちらも日本一を誇る勇者ですからお互い一歩も譲らず、決着は容易に着きそうにもありません。命をかけた二人の相撲は七日間にも及び、長い戦いがようやく決着したのは、七日目も暮(く)れようとしていたころでした。蹴速の応援に夢中になったのでしょう、幼子が土俵に飛び出し、それに気をとられた蹴速の一瞬の隙をつく宿禰の攻撃が、勝敗を決めたのです。宿禰の蹴りを背中に受けた蹴速は、その場に倒れ込み、再び起き上がることはできませんでした。

 二人の相撲をご覧になった天皇様は大いに満足されて、勝った宿禰にはご褒美として蹴速の領地のすべてをお与えになりました。一方蹴速は、相撲対決にこそ負けはしましたが、里の人々は以前と変わらず蹴速を里の誇りとしてたたえ続けました。

蹴速と宿禰、二人の命がけの戦いは、日本最初の天覧相撲であり、日本の国技相撲の原点となりました。

日本書紀に當麻の蹶速(けはや)のことが記載されています。
内容は、昔、當麻に大へんカのすぐれた人があった。名を當麻の蹶速といった。角をさき、カギを真すぐにのばしたりすることは、いと易く、その上、足で人をけり倒すことも上手であった。「広い世の中に我とカくらべをして勝つものはない」と心に思い人にも語っていた。時の天皇が「彼と力合せをする者は誰かないか」とお問いになると、「出雲の国に野見宿祢(のみのすくね)という者がいます。彼こそ力はすぐれています」と申し上げた者があった。「さらば彼を召せ」との仰せがあった。その日に倭直の祖である長尾市という者を勅使として野見の宿祢を召された。七月七日を期して蹶速と、すくねの二人に角力を取らせられた。たがいにけり合って遂に、蹶速は脇骨をけり折られて生命を失った。その時、賞として野見宿祢は蹶速所有の地を賜わったという。

大字當麻には當麻蹶速の墓と伝承する五輪塔があり、角力(すもう)関係者の信仰の対象となっている。一に當麻国見の墓ともいわれるが、五輪塔は鎌倉期の作である。

【参考:日本書紀】
―垂仁紀七年七月乙亥条―
七年の秋七月の己巳の朔にして乙亥に、左右奏して言さく、「当麻邑に勇悍の士有り。当麻蹴速と曰ふ。其の為人、力強くして能く角をかき鉤を申ぶ。恒に衆中に語りて曰く、「四方に求むに、やまかんむり豈我が力に比ぶ者有らむや。何とかも強力者に遇ひて、死生を期はず、頓に争力すること得てむ」といふ」とまをす。天皇聞しめして、群卿に詔して曰はく、「朕聞かく、当麻蹴速は天下の力士なりと。若し此に比ぶ人有らむや」とのたまふ。一臣進みて言さく、「臣、聞るに、出雲国に勇士有り。野見宿禰と曰ふ。試に是の人を召して蹴速に当せむと欲ふ」とまをす。即日に、倭直が祖長尾市を遣し、野見宿禰を喚す。是に野見宿禰、出雲より至りしかば、当麻蹴速と野見宿禰とに捔力せしむ。二人相対ひ立ち、各足を挙げ相蹴う。則ち当麻蹴速が脇骨を蹴ゑ折り、亦其の腰を踏み折りて殺す。故、当麻蹴速が地を奪りて悉に野見宿禰に賜ふ。是を以ちて、其の邑に腰折田有る縁なり。野見宿禰は及ち留り仕へまつる。

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