かつ爺の「山の歳時記」

ゴミを拾いながら徒然に書いた山日記

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八ケ岳縦走記

八ケ岳縦走記

                   中村ちづ子

           
 計画は一年前から練っていた。夏山シーズンに入ればいつでも決行できるよう、準備もしていた。しかし、今年は八月の声を聞いてからも天気が定まらなかった。パソコンのお気に入りに入れた茅野市の天気を、幾度クリックしたことか。
しかし、八月も終りを告げる日、遂に決行した。今、目標を遂げた充足感に包まれ、この山行記を記している。
 八月三十日夕刻、青春十八切符を利用して小渕沢駅に向かう。同行者は洋子さん。私よりお姉さんだが、頗るパワフルな方だ。彼女の口癖は人生一度きり、悔いなく生きたい、だ。
どれほど忙しくても行動的な人。多いにあやかりたい。往復とも青春十八切符を使い、安い交通費ですんだ。が、鈍行と快速しか使えない。車内が混み合うのは仕方ない。おばさんパワーを全開させ、缶ビールと空揚げ、ギョウザで乾杯。洋子さんが買ってきてくれたおつまみだ。
小淵沢駅には夜十時過ぎに着く。今夜の宿をとってある訳ではない。駅でホームレスすることに決めていた。駅員さんに一声かける。登山者に慣れた駅員さんは、好意的な返事をくれた。しかし、長椅子が空かない。派手な姿の、ちょっと怖そうな女の子たちが占拠していた。何の何の、話してみると素直な子たちだった。まもなく彼女たちは姿を消したが、どうも眠れそうにない。私は眠剤を軽く服用。しかし、洋子さんはどこでも眠れる才能があった。縦走の間、実に羨ましかった。尤も、洋子さんの名誉のために記すが、普段は和服の似合う女性的な人だ。彼女の男性的、あるいは大陸的なパーソナリティに救われる。険しい山に入る同志として頼もしい人であり、四泊五日、一緒にいても疲れない人だった。
三十一日朝五時、予約しておいたタクシーで観音平に向かう。南から北上するコースを選んだのは、八ケ岳に青春を捧げた洋子さんの案。経験あることの大切さ、この山行で幾度も感じたことだった。晴れた空に士気も高まる。観音平で軽く朝食。山の空気はコーヒーの味も高める。
六時半出発。ダケカンバやシラビソだろうか。木立の中をひたすら登る。爽やかな空気は疲れを寄せ付けない。マイペースでと言う洋子さんの案で、それぞれが孤独な歩みを始める。この山行、いくらか若い分、私が常にリードしていたが、最後は登山歴の違いが明瞭だった。蓼科を下山し終えた時、彼女を約半時間は待たせてしまった。
十時、二五二四Mの編笠山登頂。頂上は大きな岩。青年小屋への下りは、足場の悪い岩が続いた。青年小屋で一時間の昼食タイム。洋子さんの山仲間を知る人と偶然出会い、話が弾む。輪からそっと抜け、私は乙女の水を汲みに行く。道中、竜胆の蕾が秋を告げてくる。美味しい。ペットボトルに詰める。手では持てないほど冷たくて、帽子に入れて運んだ。
ソーセージとカップ麺だけ、でも美味しい昼食だった。
権現岳二七一五Mへの鎖場、岩、ガレバは、経験乏しい私には息もつけないほど緊張の連続だった。しかし、これはほんの序章に過ぎなかった。八ケ岳最高峰、赤岳二八九九Mへ通じる長いキレットでは、心中常に合掌しなくてはおれなかった。疲れきった足は攣りそうで、崖下が見える場所では、バランスを失い転落するかも、の思いが駆け巡る。背中には重いリュックを背負っていた。夕闇には少し早い時刻だったが、やがて山ではガスと呼ぶ深い霧が前面を遮ってきた。
岩を、鎖場を、登れど登れど、先にあるのはガレバや岩ばかり。いやいや、苦しい登山道にもトウヤクリンドウが咲いていた。逆境に咲くその白い花に、どれほど励まさただろう。無人のキレット小屋では、コマクサにも会えた。実に可憐な花。私の記憶では、おそらく初めて出会った花だ。
足場の安定した場所で、「洋子さん」と大声で呼んでみた。返事はない。霧と風の音が心細さを増幅する。誰一人出会う訳ではない。先を歩く私、ふと、洋子さんを残してこのまま進んで、彼女にもしかのことがあったら、小心な考えが彷徨った。太っ腹の彼女は、未熟者の私を信頼し連れて来てくれたと言うのに。無事帰還した今、何と失礼な雑念だったかと赤面の思いである。そして、このルートを選んだ洋子さんの経験に敬服。下りなら、足が竦み前に進めなかっただろう。
十七時二十分、赤岳頂上に到着。小屋の灯りを見た時、地獄から生還したごとき安堵感に包まれた。当初は天望荘まで下る予定だったがその余力はなかった。霧が濃く、危険を避けるためだったが、バイキング料理を食べ損なった。かくして、二夜連続全く同じ夕食を食べる羽目になった。
翌朝は深い霧のカーテンがかかっていた。スープとパンを頬張りながら、阿弥陀岳に挑もうか迷っていると、雨。かなりの雨脚となり中止。山の師匠の助言も頭を掠めた。再度、挑戦する目標を残し、七時半、頂上小屋を下った。雨が降り、霧のカーテンは消えた。はるか遠くの山容まで望めた。
赤岳の下り道、八ケ岳でも最も険しい区域だ。はしごをいくつも下る。足を滑らすまいと、神経が自ずと緊張する。
横岳二八二九M、九時一五分着。雨と寒さに踏破の喜びを味わうゆとりはない。寒いので、ひたすら足を前に運んでいると硫黄小屋が見えた。衣類の濡れがひどくなり、洋子さんは着替えをした。私はトイレを借りた。百円が惜しくない、きれいな水洗様式に度肝を抜かれた。お湯を買い、再びスープを飲む。温かさが心地よいごちそうだった。洋子さんのくれたゆべし、他の人が羨んでいたが、ひときわ美味しかった。
 晴れの天気予報を多いに裏切る今日の天気。日頃使う事のないカッパが大活躍。雨が小さな滝のように降る。どちらからともなく山を下ろうかと言い始めたが、硫黄岳のガレバを下るのは避けたかった。ともかく、いくつものケルンを辿り、硫黄岳を目指した。霧がないのは幸いだった。
九時四十分、二七六〇Mの広い頂上に着く。雨のせいか、硫黄の臭いもない。私もケルンにいくつか石を積み上げる。
夏沢峠から下りる話もしたが、どちらからともなく立ち消え、前に進んだ。十二時三十五分箕冠山、同五十五分根石岳、十三時三十五分東天狗と、雨の中、どんどん進んだ。根石岳あたりは散策コースのような歩き易い足場で、コマクサがここにも群れ咲いていて、可憐さに癒された。
中山峠を経てからも、ひたすら登り、下ったが、高見石小屋に辿り着かない。足はひどく疲労していた。気力だけで前に進んだ。洋子さんとの距離はかなり開いていた。人一人出会わない。よくぞクマに遭わなかったものだ。やがて耳に発電機の音が届いた。しめた、後少しで小屋だと喜んだ。しかし、音が届いてから小屋まで、下れど下れど森ばかり。
十六時四十五分、漸く辿り着いた。足は腫れ、登山靴を脱ぐと生きた心地がした。薪ストーブで濡れた衣類を乾かした。昨夜と同じ夕食にはがっくり。経営者が同じだと言う。
泊り客は、私たちと、一組の夫婦だけだ。天窓のある広い和室にのびのび眠れたが、三時に目が覚めた。天窓が明る過ぎた。外に出て見ると、一面、凡庸な表現ながら宝石を散りばめたような空だった。これほど綺麗な星空は初めてかもしれない。洋子さんは深く眠っていた。
五時二十分、日の出時刻に裏山に上る。果てしなく広がる雲海に感激する。まさに雲が海のようだ。雲間に朱の太陽があった。今日はよい天気になりそうだ。
七時に小屋を発ち、白駒池、麦草峠を歩く。麦草峠手前にある、自然が織りなした広い日本庭園。そこは目を瞠る美しさだった。鳥の囀りも風景によくマッチしていた。
十時一五分茶臼山、十一時縞枯山二四〇三M着。展望台からは八ケ岳連峰の全容が見渡せた。よくもこれほど歩いてきたものと、自分たちの偉業に感嘆する他なかった。
昨日は雨で昼食抜きだったが、今日はお腹が空いてならない。パックご飯に舌鼓を打った。鰯の缶詰に梅干の副食。
十三時一五分北横岳ロープウエィ駅着。土曜とあって、坪庭周辺は凄い群衆。久しぶりに人里に下りてきた気分。人に会うのも久しぶり。コケモモのアイスクリームを食べた。
十四時、北横岳ヒュッテ到着。中途半端な時刻だが、蓼科に登るには無理な時刻。洋子さんも少しお疲れ気味だった。私はと言えば、気持ちが高ぶっていて、この日は疲れ知らず。午睡する洋子さんを横目に物足りない。北横岳から夕日を眺めたいと思ったが、たった十五分ほどなのに結局は寝そべって明日の行程表とにらめっこするに終った。ヒュッテ近くにある七つ池へ。池は二つしか見えない。自然保護のためロープで保護してあった。前は全部見えたよ、と洋子さん。四十年前、ロープウエィのまだない頃の事だった。
ヒュッテの夕食には感激した。受付時、他より二百円高いので、「高いね」と言ってしまった私。ああこの言葉ほど後悔した発言はない。なんと、八ケ岳特産の馬肉のすき焼なのだ。柔かくて口の中でとけるほど。久しぶりにありつけたご馳走にビールの味もひとしお。他のグループたちとの話も弾む。
七十歳の主人がぼっか歩荷で担ぎ上げていると聞けば、感激も増す。今夜のごちそう、市街地でもかなりのコスト高だろうに。
ごちそうの効果覿面。翌朝五時前、薄明かりの道を、昨日はお疲れ気味だった洋子さんも、ひょいひょいと駆け登っていく。五時十分、北横岳西ピーク二四八〇Mに到着。ここで日の出を仰ぐ。高見石以上の壮大な雲海だ。ここでスープとパン、ソーセージの朝食を摂る。
「よくもこんなに歩いてきたものね。雨あり、岩あり。これは人生に通じるね。この根性、人生の宝ね」
どちらともなく、お互いの行動を自画自讃していた。
亀甲池を経て、天祥寺原登山口を七時一五分出発。ここに来るまで朝露で衣類が濡れてしまったがこれからのきつい登り道乾くだろうと着替えもせず。枯れ河原の急坂を黙々と登りつめ将軍平に到着。ここで、モーニングコーヒーをたてた。赤岳を百二十回、信州百名山を踏破した人と話が弾んだ。
大きな岩をよじ登れば、後三十分で蓼科山だ。遠くから見ると富士山に似て姿形のいい山だが、頂上までごろごろ岩が続く。八ケ岳縦走最後の蓼科山二五三〇Mには、十時登頂。あいにく雲が広がり八ケ岳連峰の全容が見えないのが残念。
標識の傍らに立てば、静かに、じわじわと達成感が湧いてきた。女ノ神茶屋への登山口を目指す。コースタイムを大幅に裏切る長い長い下り道だった。足のマメが潰れ、痛いの何の。洋子さんの助言で判創膏を貼ったらずいぶん楽になった。
笹の林まで下ると車の音が聞こえた。バス停まで後少し、嬉しくなったが、この後、まだ一時間程下らねばならなかった。十二時三十五分、完全踏破。同行二人、硬く握手した。
山中風呂なし。バス停に縄文の湯行きがあり飛び乗ったが、長いドライブで、慌しい風呂だった。牛乳が頗る美味しい。
茅野駅から長野行き電車に飛び乗った。時間なくとも駅弁とビールを買い込む。混み合う車内で弁当を開く。北横岳の朝以来、殆んど食べていない。美味さが臓腑に染み込む。まだ物足りない。洋子さんがギョウザと生ビールで祝杯したいと言い、楽しみだったが、駅前店は日曜で閉店。
八ケ岳全山を踏破、友よ、この達成感を後日、また分かち合おう。ギョウザと生ビールで。

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楽しく記事を読ませていただきました。いろいろな情景を思い浮かべつつ読みましたし、「コケモモのアイスクリーム」には、懐かしく感じました。ロープウェイにのって、たどり着いたところに売っていたのでたべました!!ギョウザと生ビールの組み合わせがとてもいいですね!!この組み合わせで、八ケ岳全山を踏破を語り合うんですね、素敵ですね!!この記事を拝見できて幸いでした、感謝!!

2006/9/18(月) 午後 9:00 rose

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roseさん拙稿をお読みいただきありがとうございます。師匠、掲載にあたり編集大変でしたでしょう。ありがとうございます。長い文なので読むだけでも大変なのに、ありがとうございます。2006年、いや人生のいい思い出になりました。

2006/9/18(月) 午後 9:43 [ シマウマ ]

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roseさん。ちづこさんも、洋子さんも私の信頼する山仲間です。この4泊5日の八ヶ岳縦走は、女性の体力では少しきついと思っていました。処が、通常八ヶ岳全山縦走と言いますと、南から歩いても、北から歩いても、蓼科山は普通含まれておりません。大体が横岳をスタートもしくは、執着点としてロープウエーの近代力学を使って下山するものですが、二人の女性が横岳から一端山を下り尚且登り返したのですから、大変なことだったと思います。。。。今私達山仲間の中から賞賛の声が出ています。

2006/9/19(火) 午前 9:36 [ 勝じいちゃん ]

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野辺山、清里はよく遊びに行きます。そこで見る、八ヶ岳はそれほど高く見えませんがー標高を見ると、高いですよねー、今年は、遭難も多くて、厳しい山ですね。だけど、缶ビール、から揚げで、どこでも寝れる、おばちゃんパワーが、八ヶ岳全山踏破になっちゃうんですね。

2006/9/19(火) 午前 10:56 [ やぶ こうじ ]

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ちづこさん、洋子さんの登山魂には敬服いたします。また、機会がありましたら、登山記事を拝読させてくださいね。宜しくお願いします。

2006/9/19(火) 午後 3:19 rose

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勝爺ちゃん。私、きっと、4泊5日の登山は無理かも!!!だってね、お風呂に入れないし、髪もあらえないとなると無理かも!!あっと、叱られそう!!失礼しました!!

2006/9/19(火) 午後 3:21 rose

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南八をほんの少し齧ったひよっこが物言うのもおこがましいのですが、おあのロングコースを4泊5日でこなすとは二人の頑張りと言うか、バイタリティーと言うか感服しました お二人が女性と言う事ではなく人間として素晴らしいと思いました

2006/9/19(火) 午後 9:43 kig**3jp

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中村ちず子さんと、○○?洋子さんの歩んできた人生に、関心が湧きました。 洋子さんが八ケ岳に青春を捧げた・・・こと。 夕食時の「高いね」の話しなど・・・長い人生を過ごしてきた思いが、この縦走記で分かりました。充実した人生歩んで居りますね。 お二人によろしく、御伝え下さい。

2006/9/21(木) 午後 2:00 A  Now Hero

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bokerouさん。登山口の標高そのものがすでに高い事もありますね。処が歩いて見ると中々手強いですね。それと、この山の魅力は、南北によって山の相がまったく違う事も嬉しいです。それと、神秘的な湖があちこちのある事。高山植物の宝庫である事。アプローチに便利な事。など数えたら切りがありませんね。

2006/9/22(金) 午後 6:39 [ 勝じいちゃん ]

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roseさん。女性は強い・・・失礼(汗・・・汗)中村さんや洋子さん、橋本鏡子さんは、何時も書きものを投稿しているベテランです。機会がありましたら、私のブログ「山仲間が書いた随筆」をご覧下さい。

2006/9/22(金) 午後 6:49 [ 勝じいちゃん ]

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roseさん。ここだけの話です。古い昔のことですが、やはり4泊ぐらいの山歩きをして帰って来たときの事です。名古屋駅からタクシーに乗ったのですが、運転手から「お客さん、窓を明けますから」と言われた事があります。自分では気付きませんが、とても我慢が出来なかったのでしょう。その時は(・・;)でしたね。

2006/9/22(金) 午後 6:55 [ 勝じいちゃん ]

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kigoさん。お二人に伝えます。有り難うございました。

2006/9/22(金) 午後 6:56 [ 勝じいちゃん ]

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heroさん。お伝えします。それにしても、好きでなければ4泊5日、とても出来るものでは有りませんね。私など、始めから雨なら恐らく小屋で寝転がっているでしょうに・・・。

2006/9/22(金) 午後 7:01 [ 勝じいちゃん ]

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縦走の時期は汗もかかないほど爽やかでしたよ。それに雨でシャワーしました(笑)今は便利な清拭紙もありますしね。師匠、私も経験あります。「お客さん、窓を明けますから」の言。ちなみにこの度は大型バス貸切で縄文の湯に向いましたからね。kigoさん、HERO88さん、応援歌をありがとうございます。

2006/9/22(金) 午後 7:35 [ シマウマ ]

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追記です。「お客さん、窓を明けますから」の言。これは数人の元気な山仲間と一緒の時です!

2006/9/23(土) 午後 4:01 [ シマウマ ]


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