かつ爺の「山の歳時記」

ゴミを拾いながら徒然に書いた山日記

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里山の四季・夏・ヤブレガサ

里山の四季・夏・ヤブレガサに花が咲いた

2007年5月27日(日)晴れ

私の歩く弥勒山にただ一箇所だけ、畳み一畳にもみない場所でヤブレガサの群生を見ることが出来る。(他にも有るとは思うのだがこれ以外には知らない)。
登山道をはずれ、下草の伸び始めた谷間を下る。ストックの先で進行方向の草叢を掻き分ける。時々足元を横切るトカゲの姿にハッとするが、「長いものだけはゴメンだ!!」そう念じつつ目を皿にして谷間を下った。谷底では秋に咲くホトトギスの葉が伸び始めている。一面に稚児百合の葉が茂る谷間をそっと歩く。
幸い蛇の姿をこの日は見かけなかったが、気温25度付近になると彼らは活発に活動を始めるから道のない谷間の沢歩きももうこれが最後になるかもしれない。

私がこの谷間でヤブレガサを見つけたのは今から8年ほど以前になる。定年になり若い頃に歩いた山歩きを再開するための体力づくりを始めたころだった。近くの里山を歩き始め、地図を片手に名もない谷を歩いていて見つけたのがヤブレガサの群生地だった。一瞬自分自身の目を疑ったほどだ。「まさかこんな場所に!!」芽吹き始めて間がないヤブレガサが一面に生えているではないか。逸る気持ちを抑えつつ、シャッターを切ったことが昨日のようによみがえる。

「ヤブレガサ」はキク科の多年草で、薄暗い樹林のやや湿気を帯びた場所に生える。3月ごろ若葉が芽吹き始めた頃は、ヤブレガサの名前のように葉を下に向けた姿で直立して生える。その姿は傘をすぼめて立て掛けた姿に似ていることから付けられた名前で切れ込みの深い葉の形からヤブレガサと名付けられた。

このヤブレガサが葉を開いた。もう雨季を迎える頃になった。この頃になると葉の間から一本の長い茎を出し先端の二ミリほどの花を咲かせる。キク科の花の美しさを想像するとがっかりするものの葉の形は一見の価値がある。

写真説明
1)ヤブレガサ

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里山の四季・春・ニリンソウ

里山の四季・春・イチリンソウとニリンソウの見分け方
2007年4月26日(木)晴れ

しばらく雑用に追われ一週間ほど山歩きから遠ざかっていた。その間に自然界はめまぐるしく変化している。
久しぶりに鳩吹山を歩いてきた。3月下旬にカタクリの花を見てから、何と3週間ぶりの鳩吹山。パトロールを早々に済ませ、ニリンソウの群生地へ向かう。やはり咲いていた。薄暗い林床のなかでそこだけが一際明るく見えた。

植物のK先生から伺ったことがある。ニリンソウとイチリンソウの簡単な見分け方。『イチリンソウは葉柄(ようへい)の長さが三センチほどあり、ニリンソウには葉柄がない、サンリンソウは葉柄の長さが一センチほど。になりますからそれを頭に入れて観察してください』と。また『ニリンソウは子孫を増やすのに二つの花を同時に咲かせず、時間差をつけて花を咲かせます。これには春先の気候の変化によって受粉が出来ない危険性を最小限に止める工夫をしているからです』と。確かにニリンソウの群生は規模も広くイチリンソウやサンリンソウは大きな群生が見られない。

写真説明
1) ニリンソウ
2) 三つの花を付けているがニリンソウ(葉柄がない)
3) ニリンソウ群生
4) ニリンソウの葉柄
5) ニリンソウの花と蕾
6) 受粉後のニリンソウ
7) イチリンソウ
8) イチリンソウの葉柄

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イカリソウ

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里山の四季・春・イカリソウ

里山の四季・春・ホントかな?イカリソウの語源
2007年4月17日(火)晴れ

イカリソウの花には面白い逸話があります。

「昔中国に羊をたくさん飼っていた年老いた羊飼いがいたと云う。多くの羊の中で、ずば抜けて体も大きく毛並みも艶やかな一頭の牡羊がいた。この羊の周りには群れの中でも一番多くの牝羊が群がっている。その数はざっと百頭を越えていた。牡羊を取り巻く牝羊は毎年必ず子供を産む。
この事実に気付いた羊飼いは牡羊を四六時中注意し観察していた。処が驚いたことにこの牡羊は、引き連れている百頭を超える牝羊と毎日交わっている。歳を老いた牡羊は益々お盛んだった。牡羊は交わった後群れから離れ姿を消す。羊飼いは、そっと牡羊の後をつけて行った。するとどうだろう、牡羊は雑草の中から特定の草を探し出してはムシャクシャと食べ始めたではないか。そこで、もしやと思った羊飼いはこの草を持ち帰り煎じて飲んだところ、五体から力が漲り、皺の多かった皮膚は若かりし頃のように艶やかに張り、薄かった白髪は黒々と変わり、あたかも20代の若者のように変身した。
そこで、この草を皇帝に献上したところ、皇帝は自ら草を煎じて飲んだところ羊飼いの云うように五体から精気が漲った。
皇帝は大いに喜び、この草を「淫洋雚」(いんようかく)と名付け、羊飼いはその功によって皇帝の側近に迎えられた」という。

皇帝が名付けた淫洋雚は中国名産「ホザキノイカリソウ」で、日本産イカリソウも同様の効果があるといわれているが、私は試したことがないので薬効の程は分からないから悪しからず。

自然の中で咲く花は見るだけにして楽しみたいですね。

写真説明
1)イカリソウ

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里山の四季・春・キランソウ 別名 ジゴクノカマノフタ

里山の四季・春・恐ろしい名前を持つ「キランソウ」
2007年4月17日(火)晴れ

ジゴクノカマノフタというイメージとは似つかわしくない名前を持つ「キランソウ」。里山の登山道脇でよく見かけるこの野草は、薄紫色の小さな花をつける。
キランソウの名前はこの可愛い小さな花から名付けられたと思うのだが、別名の「ジゴクノカマノフタ」は、この花にふさわしくない。
図鑑をみると、『根出葉はロゼット状に広がり、茎が四方に延びて広がり地面を覆うので、一見地面に蓋をしているように見えることからジゴクノカマノフタと呼ばれる』と書かれていた。

ジゴクノカマノフタは虫刺されの薬として私は重宝している。キランソウを見つけると必ず、葉を1・2枚ポケットに忍ばせる。この季節、汗に濡れた体に集まる「ブヨ」などの害虫に刺されたときキランソウの葉を揉んで患部に貼れば、毒素を中和し痒みを取り去る効果がある。皆さんもお試しあれ。
一口に雑草として、見過ごされがちなキランソウにも思いがけない効果があると思うと、ウッカリ登山靴で踏みつけてしまうには可哀想でならない可憐な草だ。

万葉の飛鳥を歩くー2

里山の四季・春・万葉の飛鳥を歩く―2

里山の四季・春・時空を越えた恋・「死者の書」の舞台・當麻寺
2007年4月18日(水)曇りから雨

小説・「死者の書」の舞台となった當麻寺
折口信夫著「死者の書」の舞台となった當麻寺(たいまでら)は中将姫の寺ともいわれる。
父親を右大臣藤原豊成の姫君として育った中将姫は、幼くして母親を失い継母に育てられたが継母の虐待から出家の道を選び当麻寺へ入ったとされる伝説の女性。

作家・折口信夫は中将姫が當麻寺へ入山する状況を「死者の書」の中でこんなふうに書いている。
『天武天皇の死後、継母の持統天皇に疎まれ謀反の罪を着せられ殺害された大津皇子が、葬られた二上山(にじょうざん)の墓所で目覚めて、「おれは何処にいるのだ・・・、をを寒い、着物をください。地べたに凍り付いてしまう」と独白する場面から始まる。
そして時代は一挙に百年を飛び越え、奈良時代の後期藤原南家の美しい中将姫が「いい知らぬ胸騒ぎ」を覚え、一夜のうちに奈良の都から二上山の麓の當麻寺に、疲れたように招きよせられる。都では姫が神隠しにあったと騒然とし・・・・・・中略・・・・・。禁制を破った姫は当麻寺にこもり「魂が遊離」したかのように蓮の糸で一心に機を織る。曼荼羅を織りながら、「天井の光の暈(かさ)の中に、冷え冷えとした白い肌で寒さに震える俤人(おもかげびと)」の服を織るような不思議な幻覚を見ている・・・。』この小説はおおむねこのような内容で幕を閉じる。

二人の境遇はあまりにも似ている。折口信夫は、大津皇子の史実と中将姫の伝説とを渾然一体としたミステリアスな世界として書き上げた。

小説の中で中将姫が蓮の糸で織り上げた當麻曼荼羅(国宝)は別の場所に保管されている。展示品は2代目(重文)、3代目は国立博物館に蔵されている。

珍しいことに、当麻寺の本堂の「文亀曼荼羅・重文=室町時代」(絹糸)はこの寺の本尊で蓮糸(はすいと)をつかい織ったものとされているが、真偽のほうは定かではない。そんなことはどうでもよい。問題なのは、本尊となるものが一種の「絵」であり西方浄土の様子を描いたものだということだ。縦横それぞれ4mに近い巨大なものが、きらびやかな須弥檀に安置され厨子の中に懸けられる(国宝・天平、鎌倉)。説明によると「観無量寿経変相図」と呼ぶそうだ。一般的に寺の本尊は仏像である。本尊を絹糸で織った絵はこの寺意外には見られない。

生と死の結界に立つ当麻寺
當麻寺の位置を地図上で確認していて面白いことに気付いた。
二上山を境として西に大阪府河内郡太子町・東に奈良県北葛城郡當麻町がある。太子町には推古天皇・用明天皇・孝徳天皇・敏達天皇・聖徳太子、を祀る御陵が点在する。そして、當麻町と太子町を結ぶ国道166号線は二上山の双子峰、雌岳(474)の南側の鞍部を通り太子町へ繋がっている。都を現在の奈良盆地に作った飛鳥時代の大和人は、金剛山地を結界とみなし西方を極楽浄土、東側を現世と見立てたのではないか。

當麻寺は現世と浄土を結ぶ接点の寺として、本尊に極楽浄土を描いた「観無量寿経変相図」と二上山に沈む夕日に手を合わせたと思うと本堂の立つ位置や、他では見られない本尊を
懸けたことにもうなづくことが出来よう。

フォトアルバムは下記をクリックしてください
http://photos.yahoo.co.jp/ph/katujii_1/lst?.view=t&.dir=/9a94
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