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ひとり旅
ニッコウキスゲの花群れに初めて出会ったのは、大学二年の夏だった。「お母さん、この世に生んでくれてありがとう」親友の迪子と一緒にこんな葉書を旅先から投函した。天衣無縫の青春の中にいた旅だった。あれから十数年の時を経た今、同じ花が、風景が、まるで違って見えた。
心模様が風景を変えていた。
価値観の相違が発端となった夫婦の溝は、亮子の裡では、何をもっても埋め難く、離婚と言う選択肢さえ枝を伸ばし始めていた。
良妻賢母を演じ、自分を律し過ぎてきたのかもしれない。修学旅行で雄太が留守の間を利用して、結婚以来、初めて一泊のひとり旅に出てきた。このところ深夜帰宅の続く夫には行き先も告げていない。小さな諍いの後でもあり、携帯には、反省ともとれる内容のメールが入っていた。
「すみません、お願いできますか」
カップルの声に我に返った。
レンズの向う側は、奔放に咲き群れるニッコウキスゲが真黄色に広がっていた。そこに居るはずの二人は本当に小さく見えた。
大自然に居れば夫婦の行き違いなど、風に吹かれてしまうほど小さなものかもしれない。
花は心を映す。今、亮子の前に、ニッコウキスゲは癒しとなって咲き広がっていた。
「ありがとう。お二人さん」
亮子はそう言い残し、ニッコウキスゲの咲く丘を一目散に駆け出した。雄太が大学を出るまで頑張ってみよう、そう思い直していた。
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