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四季の山歩き・冬・宮路山(400m)と五井山(454m)
四季の山歩き・冬・歴史を尋ね歩いた宮路山
2006年12月23日(土)晴れ
持統天皇(690〜97)崩御の前年、天宝元年(702年)秋、天皇が三河行幸で訪れたと伝えられる宮路山は、最古の東海道が通っていた。現在もその遺跡が僅かに残ってる。
晩年の持統天皇が、なぜ三河に行幸したかの記録は無いが「大宝律令」が天皇行幸の間に天下に発布されたこともから、大和朝廷と三河との歴史的重要な意義を含んでいるのではないかと思われている。古代ロマンの宮路山を歩いてきた。
標高70m地点、町道脇に駐車。9時10分雑木の茂る町道を宮路山へ向かう。約10分尾根上の案内板を見て左に延びる登山道に入る。
この登山道が最古の東海道か定かではないが、足に優しい作りは先に歩いた熊野古道の原型であり「切り通し」などを見るにいたって一層その考えが強くなった。
途中建貝児王命(日本武尊第三皇子 宮路別族の祖)、大山咋神、※草壁皇子命(天武・持統天皇御長子)を祭る宮道天神社奥の宮を参詣する。
※天武天皇と持統の長男として生まれた草壁皇子は、壬申の乱において、東の守りを宮路山山頂付近に置いたとされる。その皇子を祭るのが宮道天神社。
10時10分宮路山山頂着。あれが竹島、奥に見えるのが大島その左が小島か、穏やかな三河湾が眼下に広がる。展望を楽しみコーヒータイム。
10時40分宮路山を後に五井山へ向かう。
五井山山頂着11時40分。冬の鈍い太陽が、海面を照らす。
展望の素晴らしさとは裏腹に、山頂のゴミの凄さには驚きより厭きれてしまった。空き缶、菓子の包装紙、プラスチックの容器、それにタバコの吸殻、これらのゴミは僅か3分足らずでビニール袋の1/3を占拠した。
昭和62年4月岐阜県可児市鳩吹山は、一本のタバコが原因で3日間燃え続けた。原因は登山者の不注意によるところが大きいと聞く。
仮に登山者のタバコによる火災が発生し全山消失したとしても、五井山から見る景観は少しも変わらないだろう。しかし膨大な損失をこうむることは明らかである。鳩吹山は火災から18年経過し緑も回復してきたが、昔のように松茸の生える山になるのはまだ先のことである。
12時50分五井山山頂を後に宮路山への帰路につく。13時50分宮路山着、14時山頂を後に下山を開始。天然記念物に指定に指定されている「コアブラツツジ」の紅葉は終わっていたが、細い小枝のトンネルを潜り下山した。
持統天皇行幸の秋、コアブラツツジの紅葉は、旅の慰みになったであろうが、万葉の歌人でもあった天皇の詩はなぜか伝わっていない。
ただ、天皇に随行していた長忌寸奥麻呂が詠んだ
「引馬野に 匂ふ榛原 入り乱れ 衣匂はせ 旅のしるしに」
の句が残されている。
写真説明
1) 宮路山山頂から三河湾展望
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