かつ爺の「山の歳時記」

ゴミを拾いながら徒然に書いた山日記

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ふゆのさくら (4)

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   ふゆのさくら (4)
中村ちづこ     


そのような場所で、無防備に電話番号を教えた詩乃も詩乃だが、スナックで出会ったに過ぎない女に、よくも電話をかけてきたものと、詩乃は今もって佐伯らしくない行為をふりかえることがある。

二人とも扉を開け放ち、待ち人を迎え入れる準備をしていたとでも言うのだろうか。
出会いがもっと若い日であったなら、詩乃は幾度となくそんな事を考えた。

「猪突猛進型だからな、詩乃ちゃんは」
佐伯が言うように、詩乃は病床に伏す佐伯の妻から彼を奪ってでも、二人で歩む道を一目散に駆け出したいと思ったこともあった。
しかし、回りの人間を悲しませてはいけない。いつもそう考えた。

「桜を見に行きませんか」
唐突にかかってきた佐伯からの電話を、疎ましく感じながらも、詩乃はその電話を切らなかった。
「師走が来るというのに桜?私をからかっているのですか」
詩乃は相手を突き放すように、金属質な声で応えていた。

冬の桜は見たこともなかった。
「やはりご存知じゃなかった。春の桜と違い開花時期が長いですからまだまだ見られます。でもね、紅葉の見頃と重なった今が最も素晴らしいですよ」
「勝手に話を進めないで下さい」

渇き飢えていても、まとわりつかれるのは避けたかった。酒席で番号を教えた愚かさを悔いながら、電話を切らなかったのは、やはり渇きすぎていた心のせいだろうか。
佐伯は横柄な口調にも、一向に揺らぐ様子はなかった。

「彫刻をなさっているのでしょう。春と秋が同時に進行している様を、ぜひご覧にいれたい」
彫刻をしているなどと人に話せる状態ではなかった。近年何の作品も作っていなかった。
いったい初対面の男に、酔いにかまけて何を話したのだろうか。詩乃は抜けた記憶がにわかに心配になった。

「他に私、何か話しましたか」
「何も憶えていないのですね。そうだ、世界中に自分ほど不幸者はいないと泣いていました」
「嘘、嘘でしょ」

あははは、受話器の向こう側から相手の反応を楽しむような快活な声が響いた。
「僕が仕事で訪れるあたりは、見ごたえがありますよ。平日はお仕事でしょ。本当は平日が静かでいいのですが。土曜日、S駅前に待っていますから」
気がつけば、詩乃は同行すると答えていた。

「そうですよ。美しいものを見ると気持ちが耕されます。酒を飲むような場所はあなたには似合わない」
「ご自分だって通っていたでしょう」
「これからこそあなたは人生を楽しまなければいけません。自身のために、栄養を注ぎ、心を耕さなければ」

佐伯を押しつけがましい男だと思う気持ちはすっかり失せていて、彼が彼自身に唱えているようで共感できた。
受話器を置き終えた詩乃の心に風穴が開き、新しい空気が通い始めたような気がしていた。有無を言わせない佐伯の強引さが、むしろ快くなっていた。

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