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縦22.5㎝ 横15㎝ 高3.6㎝
さて、先日のこと
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つれづれなる法師がヤフオク出品の硯を見ていると、
その中に在銘のものがあった
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草書で彫られているが、高島虎斑石湖硯堂造と読める。
高島とは滋賀県高島市を指し、
虎斑石とは高島市の阿弥陀山で産出された硯石を言う。
虎の斑点に似ていることからこの名が付いた。
こはん とも とらふ とも読む。
但し、鉱脈は既に枯渇していると聞いた記憶がある。
また、硯匠も10年ほど前に一人になったと聞いた。
ご存命なら90歳を過ぎておられる。
この方のお店は湖硯堂ではないが(湖硯堂を調べたが分からない)、
地元県民の血が騒ぎ、落札することとなった
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このような日々を過ごしているので
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おっ家内は法師のことを、
あやしうこそものぐるほしけれ
と言っている
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高島硯の起源は、桃山時代、織田信長によって比叡山の焼き討ちにあい、一族郎党を引き連れ落ち延びた、能登之守高城の末孫「貞次」によって始めたと言われている。徳川時代には北陸・関東・京阪地方にその名を知られ、明治に入って虎斑石(こはんせき)の鉱脈が発見された。大正天皇の御大典記念には虎斑石硯が献上された。全盛期には年間10万面生産した時期もあったといわれている。
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硯
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縦27.8㎝ 横17.5㎝ 高7.8㎝
書道をするものにとって、蘭亭といえば王義之の蘭亭序ということになる。
蘭亭硯は、王義之の蘭亭における蘭亭曲水の宴を硯に彫ったものである。 曲水の宴は、古代の朝廷の年中行事であり、3月3日の節句の日に、朝臣たちが曲水のほとりに順じ並び、上流から流される杯が、自分の前を通り過ぎないうちに詩をつくり、杯を飲み干して、次席に流すというもの。
この、法師所蔵の蘭亭硯は、とにかく重いので 実用硯というよりも、観賞用である たとえ磨っても洗うために動かすだけで大変である。 いずれ、おっ家内が漬物石にでもしそうである
ちなみに、墨を磨ると・・
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おぉ〜〜〜ギシギシ
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・・という音がする
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・・なんて(蘭亭)ね
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出土され、二つに割れている硯
さて、日本における硯は、近年になって弥生時代の遺跡の
2.福岡県(三雲井原遺跡)2面
3.福岡県(中原遺跡)1面
から発見されている。
そして、今日の朝刊に福岡県筑前町にある弥生時代中期〜後期の薬師ノ上(やくしのうえ)遺跡で、弥生時代では初めてとなる完全な形の硯が出土していたことが、同町教育委員会の調査でわかった、と出ていた。
これは、2003年に出土された。
長さ15.3cm、幅6.3cm、厚さ0.9cm。真ん中で二つに割れ、墨だまりはないが、朝鮮半島で出土した硯と同じ砂質頁岩(けつがん)製で、形などが似ており、その後の調査によって硯と判断され、一緒に出土した土器などから、1〜2世紀のものと推定されている。
これらの硯は渡来人によってもたらされたものであろうと推測される。
中国で硯文化が開花したのに対し、日本では硯に対する関心が高まらず、平安時代くらいまでは陶硯(須恵器)が使われていたといわれ、室町時代の終わりごろになってようやく石の硯を作り始めたが、実用の域を出ないものであった。 それは、文化を支える意思でもある。 |
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さて、正倉院展の帰りに立ち寄った書道具店
そこで買ったのが硯専用の砥石(泥砥石=どろといし)。
これは
個入りで ,![]() ![]() 円(税別)。
硯に限らず、道具を大切にするのは法師の心
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硯は使っていると墨や膠、また筆を媒介して紙くずが付着する。
使用後は柔らかいスポンジなどを使って隅々まで水洗いをする
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ぬるま湯を使うとなお綺麗に落ちる
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それでも使い続けると、墨のおりが悪くなる。
これは硯の表面(陸=おか)の細かい凹凸(鋒鋩=ほうぼう)が
前述のとおりの目詰まりや、徐々に磨滅していくからである。
この鋒鋩を復活(目立て)させるのに硯専用の砥石を使う。
砥ぎ方は、ユーチューブなどに出ているので割愛
また、新品の硯には化粧のため蝋(ろう)が塗ってあるものがある。
この場合も砥石をかけてから使用するといい
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墨液をよく使用する法師の
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言っている事と、やっていることが違う
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有り難くもあり、有り難くもない、お話でした
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