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さて、新潟2日目の午前中に出かけたのがここ。
明治末期に北方文化博物館の七代目伊藤文吉氏が取得した建物で、
この中の洋館で、八一がその晩年を過ごした。
受付の白井さんにいろいろとお話を聞くことができた。
八一に対する以前からの疑問等を聞いていたところ、
亡くなる半年前のビデオが上映されていた。
法師が抱いていた疑問というのは、
八一はどちらの手で書いていたかということ。
彼は左利きだったが右利きに強制されている。
文字の形状から左で書いたのではと長年思っていた。
実際のところはどうなのか?
その疑問はこのビデオで解決した。
強制された右手で書いていたのである。
ただし、落款印を押すときは左手だった。
3日目に行った會津八一記念館では、
「書を書く右手を大切にするため、その他は左を使っていた」と
解説していたが、法師はもともとの利き腕の腕力と握力のためだと思う。
何はともあれ有意義な時を過ごした。
白井さんありがとうございました。
そして、向学心旺盛な法師を褒めてあげたい
![]() つづく
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