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もうかなり期間がたちましたが泉大津市の豊中町の昇魂式を見に行きましたので,掲載いたします。
知人が同じ穴師地区の板原町にいますので,我孫子の昇魂,入魂から3年連続でお世話になっています。
知人宅に到着して板原町の小屋の方へいくとだんじりはすでに動き始めていました。そして,待機位置で止まるのかと思いきや突如ダッシュしていきました。
どうやら時間が余っていたので町内を一周したようです。
ファミマまで先回りし,やりまわしを見ました。
そのあとすぐに豊中町が来ました。
これが,今回昇魂の豊中町だんじりです。 再び板原町がファミマでやりまわしです。 そのあと,板原町の入庫を見に行きました。
すると,このとき車を止めさせていただいていた知人の方が会館の中に案内してくださり,珍しいものを見せてくださいました。 これらは板原町代だんじりの破風で,大常工務店で修理時に作られたものだそうです。このとき大工は古谷義男,彫刻は醒ヶ井彫り井尻翆雲です。 1枚目は主屋根正面,2枚目は主屋根後面,3枚目は後屋根正面です。
主屋根の懸魚は鶴と亀で,彫り物1つ1つが大きく,岸和田型だんじりでは珍しいタイプです。後屋根は五条大橋で,この類のものは上だんじりでは普通だと思いますが,岸和田型では唯一無二ではないでしょうか。
この後穴師神社の近辺を少し散策しようとしましたが,すぐに豊中町だんじりが来ました。
神社裏の交差点に行き,やりまわしを見ました。
この後豊中町本部前に行くと,ギリギリ豊中郵便局前のやりまわしが見えました。現だんじり最後のやりまわしでしょうか。決まったようで猛スピードで本部まで走ってきました。
だんじりは本部で休憩後,最後の子供曳行でした。
植山仕入れだんじりの特徴である,後腰回りの様子です。
豊中町は穴師神社の地元ですので番号持ちは「宮本」となっています。
豊中町だんじりは昭和7年に新調された当時は切妻形でしたが,昭和62年大下工務店での大修理で現在の入母屋型の屋根になっています。
後旗は昇魂仕様で,現だんじりに対する感謝の意が表されています。
豊中町
昭和7年新調(板原町先代と同じ)
大工棟梁 植山宗一郎
彫刻師 田沼征信・松田正幸
土呂幕正面 難波戦記
見送り 難波戦記
など
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2016年11月12日
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