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H30年8月5日平成最後の夏に山直地区でだんじりの入魂式が行われました。
入魂式を行っただんじりは岡山町東出小路です。
東出小路のだんじりは昭和63年大工棟梁天野藤一,彫刻責任者松田正幸により新調され,30年余りたっています。今回修理は同地区田治米町の藤本工務店で行われ,屋根新調,その他番号持ちの追加等が行われていると聞いています。
山田モータースという搬入地点で入魂式をしたのち,宮入をしました。
今回のコースは実は山出小路が平成8年ごろ〜15年くらいまで試験曳や祭礼午後曳行のスタートでとっていたガーデンコートから消防署を浜方向に左折し,栄橋を右折してショートコースに入るというもので少し懐かしさを感じました。何よりも消防署のところでやりまわしをしたことに驚きました。
個人的には山出小路がローソンの休憩後に山手方向からの栄橋を曲がってますが,他のだんじりでは見たことがないので今回見に行きました。
その後ダッシュで去年テレビ岸和田で見て気になっていた牛滝川にかかる橋の手前の上り坂を見に行きました。テレビ岸和田で見たような勢いではありませんでしたが,安定した速さで登っていきました。
それでは動画です。
今回の入魂式でデジカメが壊れてしまいました。(動画の最後のやりまわしは携帯です)10年たったしもういいかなと思いますが。 |
だんじり
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もうかなり期間がたちましたが泉大津市の豊中町の昇魂式を見に行きましたので,掲載いたします。
知人が同じ穴師地区の板原町にいますので,我孫子の昇魂,入魂から3年連続でお世話になっています。
知人宅に到着して板原町の小屋の方へいくとだんじりはすでに動き始めていました。そして,待機位置で止まるのかと思いきや突如ダッシュしていきました。
どうやら時間が余っていたので町内を一周したようです。
ファミマまで先回りし,やりまわしを見ました。
そのあとすぐに豊中町が来ました。
これが,今回昇魂の豊中町だんじりです。 再び板原町がファミマでやりまわしです。 そのあと,板原町の入庫を見に行きました。
すると,このとき車を止めさせていただいていた知人の方が会館の中に案内してくださり,珍しいものを見せてくださいました。 これらは板原町代だんじりの破風で,大常工務店で修理時に作られたものだそうです。このとき大工は古谷義男,彫刻は醒ヶ井彫り井尻翆雲です。 1枚目は主屋根正面,2枚目は主屋根後面,3枚目は後屋根正面です。
主屋根の懸魚は鶴と亀で,彫り物1つ1つが大きく,岸和田型だんじりでは珍しいタイプです。後屋根は五条大橋で,この類のものは上だんじりでは普通だと思いますが,岸和田型では唯一無二ではないでしょうか。
この後穴師神社の近辺を少し散策しようとしましたが,すぐに豊中町だんじりが来ました。
神社裏の交差点に行き,やりまわしを見ました。
この後豊中町本部前に行くと,ギリギリ豊中郵便局前のやりまわしが見えました。現だんじり最後のやりまわしでしょうか。決まったようで猛スピードで本部まで走ってきました。
だんじりは本部で休憩後,最後の子供曳行でした。
植山仕入れだんじりの特徴である,後腰回りの様子です。
豊中町は穴師神社の地元ですので番号持ちは「宮本」となっています。
豊中町だんじりは昭和7年に新調された当時は切妻形でしたが,昭和62年大下工務店での大修理で現在の入母屋型の屋根になっています。
後旗は昇魂仕様で,現だんじりに対する感謝の意が表されています。
豊中町
昭和7年新調(板原町先代と同じ)
大工棟梁 植山宗一郎
彫刻師 田沼征信・松田正幸
土呂幕正面 難波戦記
見送り 難波戦記
など
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今週日曜日8月30日に三田町小倉最寄の修理に伴う御披露目曳行が行われました。
詰所内にだんじりが飾られています。前の交差旗も平成17年に新調されたので,もう10年使用したことになります。残念ながら町名持ちにはカバーがかけられていて,見えません。
この後,自小路の用事をしていると太鼓が聞こえてきたので皆で見に行きました。雨が降り始めたため,屋根にはシートがかけられました。
三田町小倉最寄
平成五年新調(六年完全完成)
大工棟梁 大下孝治
彫刻師 木下賢治
土呂幕正面 奥州征伐 八幡太郎義家 安部貞任
見送り 一ノ谷合戦
など
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今週日曜日8月30日に三田町小倉最寄の修理に伴う御披露目曳行が行われました。
入魂式は事前に行われていたようです。
おそらく祭の時は和田病院前を和歌山方向から大阪方向へ直進していると思われますが,今回は山手方面から牛滝街道を下ってきて大阪方面へやりまわししました。
今回,纏と後幟3本,町名持ち(欄干正面中央)が新調されました。
下り坂のやりまわしで,緊張感がありました。
次は岡山交差点で見物しました。
岡山を2回見た後,テレビ岸和田で渡士の交差点でやりまわしをしているのを見たことがあるような気がしたので渡士へ行きましたが…上の動画を見てください。
最後は和田病院前へ行きました。ここでも2回もやりまわしを見ることができました。特に,最後の牛滝街道へのやりまわしは迫力がありました。
今回は紺色の幟で,沼町のように金のふちが入ったタイプです。
町名旗で小倉と書かれたものは新調以来22年ぶりかと思います。
幟は両面で紋と,フォントが異なっていました。内側の塗りつぶしたタイプの紋は交差旗裏面にもあります。
正面の様子です。小倉といえば昔から小屋虹梁のキラキラの印象があります。
今回きれいになった屋根の拡大写真です。懸魚は以前のままかと思います。 ー続くー
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今日,我孫子町のお別れ曳行だったので,父と一緒に穴師地区の板原の知り合いのお宅に車で向かい,止めさせてもらいました。交差点を曲がると,板原のだんじりがやり回しをしていくところが見えました。
板原の知人に聞いたところ予定よりかなり早くて,集合時間にはもう我孫子のだんじりは行ってしまって見れなかった。といっていました。
そのとき,我孫子のだんじりは町内に帰って休憩しているようだったので,板原のだんじりを見に行きました。
ちょうど,神社境内にあるだんじり小屋に片付ける場面でした。
豪華な後旗です。
小屋に片付けるために,後旗を取り外しました。
かっこいい後姿のだんじりです。
交差旗も刺繍方法が凝っています。
この後,知人のお宅に寄って自転車を貸してもらいました。入魂式ではなく,昇魂式なので,見物人もそんなに多くなく,自転車ですいすい移動できました。知人が板原のだんじりについて,詳しく語ってくださいました。自転車に乗って忠地の交差点についた時にはちょうど我孫子の最後のやり回しが済んだ後でした。我孫子のだんじり,常に予定よりかなり早く動いていました。
我孫子町本部で休憩しているだんじりを見に行きました。
この日の化粧は,穴師地区の往年の雰囲気を醸し出した,交差旗は日章旗&旭日旗,正面中央には花飾りというスタイルでした。
これからは,幼児曳行のスタートです。
これ以降は走らず,小さな子供たちも一緒にゆっくり最後の曳行をします。
次に,忠地の交差点で曳行していました。我孫子方向から板原方向という,普段とは違う向きに曲がりました。
次は先回りして,マルナカで見物
こちらもゆっくりと曲がってきました。
時々,「カンカン カンカン」という鉦の中打ちが入ります。このようなたたき方が残っているのは珍しいですね。僕は初めて聞いたのでとても新鮮に思いました。
次の交差点を曲がって,自町方面へ帰っていきました。
ここまで見て,帰りました。
我孫子町だんじり
昭和7年岸和田市八田町で新調
大工 岩出秀吉
彫刻 玉井行陽
昭和23年から平成26年まで我孫子町で曳行
来年は新調だんじりがやってきます。
どのようなだんじりか楽しみですね。個人的には懸魚が気になります。 |





