Le plaisir de la musique 音楽の歓び

音楽文筆家(!?)、大久保 賢の徒然草

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 今日はありがたくも春秋社から新刊をいただいた。高橋アキ『パルランド――私のピアノ人生』がそれだ。宅急便で受け取ってからぱらぱらと頁を繰っていたら、止まらなくなり、最後まで(ざっとではあるが)読んでしまった。
 高橋アキといえば、日本における現代音楽のピアニストとしては先駆者の1人であり、これまで数多の新作初演や同時代の作品の演奏を手がけてきた。その軌跡が、いわば「芸談」としてまとめられた本であり、現代音楽に興味のある人には文句なく面白いのではなかろうか。のみならず、現代音楽を好まぬ人が読んでも、このユニークな一人のピアニストの軌跡は、十分に楽しめる物語だと思う。
 本の構成もなかなか凝っている。すなわち、本体の「芸談」の合間に、高橋自身が過去に書いた文章がいろいろと挟み込まれており、かつ、巻末には彼女が企画した「”新しい耳”シリーズ」の演奏曲目一覧や主要ディスコグラフィなどの資料もついているのだ(この本自体もやがて、1つの貴重な資料となろう)。
 実を言えば、私は高橋アキの演奏にはさほど興味はなかった(それでも、何枚かCDは持っているし、タワーレコードから『高橋アキの世界』が再発売されたときは、すぐに購った。この貴重な記録ももはや廃盤……)。それは今にして思えば、偏見の故だったかもしれない。つまり、「彼女の兄の高橋悠治と比べると、今ひとつ面白みに欠ける」というような……。だが、2人はおよそタイプの異なる音楽家であり、そのような比較は双方にとって、至極迷惑な話だろう。
 もっとも、一度、高橋アキの実演を聴いたとき、それが昨今のスマートな演奏にはない、得も言われぬ迫力を感じはした(演目はクセナキスの《霧》だった。ちなみに、この演奏会はクセナキスづくしだったが、別のピアニストが《エオンタ》を達者に、だが、まことにつまらなく弾いただけに、高橋の「芸」の深みがよけいに際立っていた)。なるほど、この道の第一線で長年活躍してきた人だけのことはある、と。
 この『パルランド』を楽しく読みつつ、そうした記憶も蘇り、改めて高橋アキのピアノをきちんと聴き直して見たいと思った。しかも、お得意の現代音楽もさることながら、いまだ聴いたことのないシューベルトの演奏に興味が生じた。本書を読むまで、彼女がそこまでシューベルトに思い入れがあるとは思わなかったし、たぶん、そこで語られていることからすれば、ユニークな演奏を聴かせてくれそうだとの期待があるからだ。
 それにしても、「現代音楽」がもっとも輝いていた時代の空気を吸い、その中で活動を始めた彼女には、ある種の羨望を覚える。私が現代音楽を聴き、熱中し始めた80年代には、何となく「斜陽」の雰囲気が漂い始めており、90年代に入ると、いよいよそれが本格化してきた。そして、その後は……。
 とはいえ、単純に「昔は良かったなあ」などとは思わない。どの時代にも、その時々の「何か」があるはずだからだ。ただ、それは現在の場合、かつての「現代音楽」の延長線上にあるものでは(たぶん)ないだろう。が、この高橋本からうかがわれるかつての時代の熱気は、自分もかつてそうした熱気のいくらか(残り香?)を共有したことを思い出させ、かつ、いまだに自分の中にそれが、かたちを変えてではあれ、生き続けていることを再確認させられた。
(ところで、春秋社はこの高橋本のような「芸談」、もしくは「対談」本をこれまでにも何冊も出しているが、いずれも面白い(とりわけ、その中での西村朗のインタビュアーとしての才には唸らされる)。今後も、こうしたものを少しずつではあっても、出し続けて欲しいものだ。先にも述べたように、それはやがて貴重な資料になるだろうから)

 「芸談」といえば、昨晩、ご近所図書館から借りたまま積ん読になっていた田中健次・他(編)『地歌・箏曲の世界――いま蘇る初代富山清琴の芸談』(勉誠出版、2012年)をようやく手に取り読み始めたが、 これも実に面白く、一気に読み上げてしまった。邦楽には疎い私だが、名人の芸談を読んでいると、実際にその芸に触れてみたくなってくる。

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