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藤井スポーツ(略してトウスポ)です。
暑いですね〜。夏が来ました。そのアツさが海外からも伝わってきました!今日は久々、格闘技ネタです!!
7月4日(日本時間)、アメリカ・ラスベガスのMGMグランドガーデン・アリーナで行われた「UFC 116」。
注目の2大カード、
秋山成勲VSヴァンダレイ・シウバ
世界ヘビー級王者・ブロック・レスナーVS同暫定王者シェーン・カーウィン
が行われるはずでした・・・というのも、ヴァンダレイが負傷欠場><;となってしまい、急きょ秋山の対戦相手は
クリス・レーベンに変更となってしまいました。
正直、とても残念でした(T-T)
ただ、秋山はそういったことにもめげず、強さを全米のファンにアピールすれば、その後の彼の株も急上昇するはずですから、ここは気を引き締めて試合に挑まなければいけません。
では、秋山VSレーベンの試合から。
入場シーン。
レーベン、超テンションアゲアゲwww これは映像を観た人でないとわからないでしょう。例えようのないくらい、
興奮しっぱなしの入場シーン。
対して、秋山はまさに「静」。彼にとってはいつもの“儀式”に過ぎませんが、アメリカ・ラスベガスで正座を見せられると、これはこれで異様なシーンに映り、ファンも興奮していきます。この対象性がたまりません。
そういえば、会場では日本人よりむしろ、韓国人ファンが目立ってましたね。両国の期待を背負った秋山が
どんなファイトを見せるか!?
試合開始!
1ラウンドは秋山が押し気味。テイクダウンを奪うも攻めきれず、といった印象。今にもキメられそうなシーンもありましたが、レーベンのしぶとさが光ります。
2ラウンドは逆にレーベンが上手さも見せつつ反撃。特に左のパンチが結構ヒットし、秋山を苦しめます。変則的なモーションから繰り出され、対処しづらそうです。
オクタゴンの金網に追い詰めるシーンもありながら、秋山はチャンスを逃してしまいました。
そうこうするうちに、スタミナ的に大丈夫か!?と気になってきてしまいます・・・
そして、3ラウンド。
それまでと同じように追い詰めるも・・・勝てそうで勝てない感じ。むしろ、テイクダウンされているレーベンの方が
下から攻めて攻めて攻めまくります!上にいる秋山の方が手数が少ない><;
いつもの秋山の調子ではないと思っているところに、下から三角絞めを喰らい、タップアウト!!
まさかの完敗でした。
う〜ん、根性負け、とでも言いましょうか、相手のレーベンの方が「ハングリーさ」が出まくりで、見事といった印象しか残りませんでした。
秋山、今後に不安が残ります・・・
と言うのも、ミドル級の層の厚さからすれば、これ以上に強いヤツが他にもいっぱいいるので。
奥様の力も糧にして、次戦につなげていってほしいところです。
SHIHOさんとはもちろん面識ありませんが、彼女が非常に深く関わっているある会社の社長さんとは知り合いなので、なんか他人って気がしないんです、SHIHOさんとは^^; って、どうでもいいですね、そんなことwww
もう一つの注目カード、レスナーVSカーウィン。これはスゴかった!!!
破竹の勢い、まさに「カーウィンの進化論」を地で行くカーウィンが序盤から攻めまくり!
防戦一方のレスナー。こんなの初めて見ますが、開始2分ほどで
「もう試合を止めたら!?」
ってマジで思うほど、やられっ放し><;
これだけの人気カード。レフェリーも容易に止められないんでしょうけど、危険な程にカーウィンにやられ放題。
しかし、どうにか1ラウンドを乗り切ったレスナー。
無理矢理の笑顔を作りながら、2ラウンドに挑みますwww
50秒ほどして、打撃を嫌がるレスナーはタックルからテイクダウン!
あんなにデカイのに、妙に素早い動きで、ハーフガードから足を抜き、有利な体勢に。
そして、肩固めをガッチリ決めて、見事逆転勝利!!
会場が興奮のルツボです!!
ブロック・レスナー。あれほどやられてて、それでも
「相手が攻め疲れてきてるのがわかったから、チャンスを待ってたんだ」
という意味のことを言ってたように思いましたが、恐るべき冷静さ。
今の時点で人類最強といっても過言ではないでしょう!
いや、そうはいかないのがUFCの奥深さ。
世界中からドンドン対戦相手が名乗り出てくるはず。長期政権を築けるか!?
これからのヘビー級戦線から目が離せませんね。
秋山のミドル級戦線も同時に注目していきたいと思います。
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格闘技
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藤井スポーツ(略してトウスポ)です。先ほど、テレビ観戦しました。 日本国民が待ちに待った、と言われている・・・世紀の、と言われている一戦! 世界ボクシング評議会(WBC)フライ級タイトルマッチ12回戦は今日11月29日、さいたまスーパーアリーナで行われ、同級3位の亀田興毅選手がチャンピオンの内藤大助選手を、3−0の判定で下して新王者となり、世界2階級制覇を果たしました。日本のジム所属選手の2階級制覇は7人目の快挙です! まずは亀田選手、世界王座奪取おめでとうございます! まあ、いろいろ言われはしましたけど、本紙トウスポ(私のこと)はアスリートは卑怯なことしなければ基本的に応援しますので、素直に称えたいと思います。 本紙はブログスポーツ新聞。ですが、所詮はシロウト^^; 今日の試合ももちろん、技術的にどうのこうのとは言えません。 ただし、いつも私は特に格闘技の試合のときに注目していることがあり、それによってかなりの確率で勝敗を当てることはできるようになりました。競馬は当たりませんがm(__)m それは何か? 入場シーンです。 今日もテレビでじっと集中して両者の入場を観ておりますと・・・ 明らかに内藤の様子がいつもとは違うことがわかります。これはテレビをご覧になった、または会場で生観戦してらっしゃった方がほぼ全員気付いたことと思われます。 そうです。なんか不自然なんです、いつもと違って。王者はいつもドッシリしてればいいのに・・・しかもベテランで、世界戦の経験が豊富な内藤が力みまくってます。 それとは対照的に亀田はものすごくいい感じ。言葉では説明しにくいですが、自信・確信に近いものがあるのか、準備万端!やることはやった!!という顔しています。 内藤ももちろん、準備は怠りなくやってきたはずです。でも、入場時にはどこか不安を打ち消そうとする仕草が見受けられました。 亀田は特にリングに上がってからの表情などが素晴らしく、冷静でナチュラルな感じを受けました。 「多分、いい勝負にはなるだろうけど、ダウンさえ食らわなければ、亀田の方が試合を互角以上に持っていけるかな?」 と試合直前に思いましたが、結果もその通りとなりました。 冷静さを最後まで貫いた亀田。これこそが最大の勝因だったかもしれません。 試合終了直後、ボクシングファンすべてが判定を聞く前に結果はわかってました。もちろん両陣営もそうで、当然内藤サイドからは全然威勢のいい声は上がってきませんでした・・・ 珍しく?謙虚な姿勢で、勝利者インタビューに答えた亀田を見ながら、今後の日本のボクシング界はどのようになっていくんだろうと、期待と不安が入り混じってきました。 内藤のあとは誰が亀田を倒しに名乗りを上げるか!?熱い闘いを魅せてくれるのは誰なんだ!?、と。 日本人対決。あの辰吉VS薬師寺がフト懐かしく思えた、今日の世界タイトルマッチでした。 |
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藤井スポーツ(略してトウスポ)です。今回、私自身初めてトラバって言うんですかね?トラックバックによる投稿をさせていただきます。 |
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藤井スポーツ(略してトウスポ)です。 こういう記事を書くことになろうとは・・・よく考えたら、別に本物のスポーツ紙じゃあるまいし、私が記事を書く必要なんてどこにもないんです。 でもプロレスファンの端くれとして、書かないわけにはいかないです、この悲しい記事。 2009年6月13日(土)、株式会社プロレスリング・ノア代表取締役兼選手の三沢光晴さんが広島県立総合体育館(広島グリーンアリーナ)での試合中に頭部を強打。同日午後10時10分、46歳の若さで亡くなりました。死因は頸髄(けいずい)離断と見られます。 本紙・トウスポ(私のこと)は以前、記事にも書きましたが、日本テレビがノアの試合の中継打ち切りを決定した頃から、なんとなくイヤな予感がしていました。 もちろん、あの三沢光晴が亡くなる、とまでは思いませんでしたが、ノアが苦境に立たされることは火を見るよりも明らかで、スポンサー探しなどに駆け回らなくてはならない三沢“社長”が痛々しくもありました。恐らくこの不況下、順調にはいってなかったでしょう。悲しいことですが、どんなにファンがアツく応援してくれても、お金の問題は簡単には解決しないものです。 それと、三沢選手自身の肉体。もうすでにボロボロだったんだと思います。休まなかったのが、不思議なくらいでしたから。 いや、休めなかったんでしょう。本人の性格と様々な事情から休めなかったんでしょう。 そして、当日の悲劇・・・ 言うまでもありませんが、バックドロップという技をかけた齋藤彰俊選手は悪くありません。どうやら試合前から三沢選手は様子がおかしかったらしいです。仮にこの日、試合を“普通に”終えても、近い将来こういう悲劇が起きただろうと想像します。休まない限り。 あまりにも重いものを背負いすぎたのかもしれません。性格がいい人でしたから。それが災いしたのかどうか・・・もういろいろ言っても遅いですね。 『リングの上で死ねたら本望!』 と生前言ってたかどうかは知りませんが、私はさぞ無念だったと思います。倒れてからほんの少しの時間は観客からの「ミサワ・コール」が“遠くの方”で聴こえてたでしょう。でも立ち上がれない自分・・・ いつもなら不死身の三沢選手。ゆっくり立ち上がり、しかめっ面しながら、痛めた後頭部を押さえつつリングを降りる・・・こういったシーンを観客も想像したでしょうが、実際は違いました。残念ながら。 たくさんの名勝負を魅せてくれた三沢選手。 なかでも衝撃だったのは、1990年5月14日の東京体育館での試合中に自らタイガーマスクを脱ぎ捨てて、素顔の三沢光晴になった瞬間でした。 当時、危機的状況だった全日本プロレスを守るための決意だったんでしょう。 その後の故ジャンボ鶴田選手との死闘はプロレスを否定的な目で見る方にも何かを訴える力があったと言えるほど強烈でした。 ジャンボという、大きな壁にぶつかって行く姿には胸を打たれました。 そして、それを乗り越え、三沢時代の到来を告げます。 その頃のエピソードとして、三沢VS小橋の試合だったと思いますが、放送席で解説の故ジャイアント馬場さんが泣いた事件もありました。試合中に、余程二人の試合に感極まったのだと思われます。 それくらい、三沢選手の試合にはアツくさせるもの、ハートを揺さぶるものがあったんです。 2000年6月16日、ノア設立。 しかし、ここからが未知の世界。社長業という慣れない仕事を、責任を持ってこなさないといけない立場になりました。 実際にどれくらい苦労してたか?もちろん正確には知る由もありませんが、年々ダメージが心身ともに蓄積されていたのだけはハッキリわかりました。ファンの皆さんも薄々感じていたとは思います。 悲劇が起こりました。 しかし、悲しんでばかりもいられません。ノアの選手たちは三沢選手が亡くなった次の日も博多、鹿児島と予定通り、試合をこなしてます。 まるで故人の意思を尊重するかのように。 涙の洪水を方舟は進んでいます。その先に光は見えるのか?大丈夫!導くのは天国の三沢光晴・・・ 合掌 |
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藤井スポーツ(略してトウスポ)!今日の記事はまさに「格闘技祭り」!! |





