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やっとこれで「大久野島編」最終回です。笑
最後は発電所跡
凄い存在感、そしてこの廃墟感がたまらない!
入りたかった・・・
タコ唐揚げが美味しかったです♪
こいつらほんとかわいいなあ〜
思い切って遥々来てみて良かったです。
フェリーで本州を離れ島へ渡るという感じと、現代からタイムスリップした歴史感になるところが
またなんとも言えないです。とても見ごたえのある島でした。
そして色々考えさせられました。
大久野島よ!さようなら!
・・・おわり
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ぶらり探索
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まだまだ大久野島のつづきです。
北部砲台跡に行ってみました。
火薬庫跡に行ってみました。
煉瓦つくりの建物はカッコイイですね。
なので屋根は朽ち果てて無くなっております。
また建物の下側は土に埋もれちゃってるみたいです。
湿気から守るため建物の下は通気性を良くするアーチ状になっていたようで、説明看板の写真と比べるとやはり違いますね。
壁には黄色く「MAG1」と書かれてますが、戦後書かれたもので、戦後のアメリカ軍が管理し弾薬庫として管理していたようです。
MAG はMAGAZINE の略
・・・つづく。
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大久野島のつづきです。
長浦毒ガス貯蔵庫跡に行ってみました。 デカイ、とにかく貯蔵庫がデカイ。
案内板の通り、くそでかいタンクが横たわってたようです。 戦後火炎放射で処理されたススの跡が建物に今も生々しく残っております。 現在でも壁が黒ずんだままって凄いですね。
後戻りも出来ず、(汗) 一気に頂上まで登ってやっと道がわかりました。
しかし眺望は凄く綺麗ですね〜。
毒ガス島から見るこのどかな雰囲気に平和を思いっきり感じました。
やっぱり寄ってくる!笑
島を守る為、ココには4門の大砲が設置されていたようです。
煉瓦はイギリス積み。
やはり軍の建物は丈夫で全然朽ち果ててないですね!
・・・つづく。
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てことで、「大久野島」色々見て廻ってみました。
大久野島MAPを見ると、
休暇村、多目的広場、キャンプ場
毒ガス資料館
研究所跡
三軒家毒ガス貯蔵庫跡
長浦毒ガス貯蔵庫跡
北部砲台跡
中部砲台跡
南部砲台跡
展望台
火薬庫跡
発電所跡
と見所は沢山。
まずは毒ガス資料館で歴史や史実を学ぶことにしました。
その前にこの島にはウサギが死ぬほど居ます。汗
野ウサギにくせに歩いていると、どこからともなくダッシュで寄ってきます。笑
どこでも奴等はいる!振り向いたら奴等はいる!
それから見て廻ったほうがより判り易いだろう。
館内撮影禁止だった。汗
すでに廃墟感たっぷりだ!
デカイタンクが横たわってたらしい。
後で見た貯蔵庫のほうがもっとデカかったが↑これでもかなりデカイ。
全部毒ガスかと思うとゾッとする。
どえらいもん作ってたんだなあと実感した。
・・・つづく
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久しぶりに「ぶらり」です。
といってもがぶらりにはちょっと無理がありますが、広島県は竹原市「大久野島」へ行ってまいりました。
片道550キロ、往復1100キロの超ドライブですが、頑張って行ってきました。
超疲れた〜。
けど前から行きたい行きたいと思ってた場所だったんで行けて良かったです。
ご存じのない方も居ると思いますが、「大久野島」は「ウサギの楽園」、とか「毒ガス島」とも呼ばれております。
私の目的はウサギではありません。笑
勿論「毒ガス島」と呼ばれ戦時中地図から消されたこの島について実際に見て知り撮影することです。
黒歴史とも言うべきか、戦時中まで長きに渡りこの島で毒ガスの研究開発製造がされていた事実。
毒ガスはイペリット、ルイサイトガス、クシャミガス、催涙ガス、等、総生産量は6000トン以上とも。
日本ではここが製造拠点だったようです。
また、この島で製造に従事していた方々も毒ガスによる被害が沢山あったようです。
大戦後は連合国によって毒ガス等の化学兵器の処理がなされたようだが、処理も十分ではなく、
後々色々と被害が出たようだ。
ジュネーブ議定書では戦争での使用は禁止とされており、開発・保有は合法であったというが、
どの国でも化学兵器の開発保有はあったようだ。
しかし日本軍による化学兵器の使用はあったのかないのか?歴史学者でもないので私には判りません。 ということで、私は旧日本軍の建物に興味があるので島を探索してきました。
大久野島へは朝一フェリーでGO!
忠海港を出港!
おおおお!「あれが大久野島だ!」
着きました!
黒歴史とはうらはらに自然いっぱいの国立公園です。
島一周、島登山、全部見るぞ〜〜♪
天気も良くてほんとよかった!
さて島を廻るか!!!
以上前フリでした
・・・つづく。笑
写真いっぱい撮ったので整理大変だわ。 |






