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楽しみは後に持っていく

人は楽なことばかり願う。
人は遊ぶことばかり考える。
人は自由ばかりを欲しがる。
人は自由が無く遊ぶことも禁止され楽でもないものに拘束されるのを嫌がる。それが自分のためのものであっても、自由・楽・遊びがないものに拘束されるのは嫌がる。


頭では「そうするべきだ」とわかっている。でも嫌だ!遊べないから嫌だ!自由がないから嫌だ!辛いから嫌だ!苦しいから嫌だ!うまくいくという保証はないのにそんなもの続けても意味が無い、無意味に続けても不安の渦に巻き込まれるだけ!


まあまあ、やることを否定したり、やることに抵抗するのは山ほどある。こうすれば100%うまくいくという保証はどこにもない。「こういう段取りで、こういうやり方で、こうすればうまくいくよ」という未来の答えが見えればいいのだけど、それは単なる妄想に過ぎない。理想と現実は違うのに人は理想ばかりを追い求めている。理想を求めれば楽なことしか人間はしたくない。楽なことしたい、辛いのは嫌だ。正直それが人間だと思う。


私もそう、楽な生き方をしたい、毎日が日曜日で、拘束される仕事が無く、お金の心配もなく、朝から晩まで自由に好きなことをやって遊んで暮らしたい。ああ夢だ。その夢を達成したくて今は楽しみを後に持っていっている。早く楽になりたい、その楽しみがあるから今がある。それなのに「早く楽になりたい」を何故か引きのばしている自分がいる。なぜ引きのばすのか?仕事が何だかんだ言っても好きだからである。



正直、毎日が日曜日だと飽きてしまうと思う。私は遊びの凡才。仕事はある程度域に達したと思うが遊びは域に達していない。つまり休みの使い方が下手、休日をどう使っていいかよくわからない。休みなのに仕事の関連の動きばかりしている。散歩して体を鍛え、本を読んだり、インターネットで仕事に関する情報を探している。何だかんだ言っても仕事にまつわることばかりしている。まさしく遊びの凡才。遊びを覚えよう。これからは遊びの天才にならなくちゃ(笑)



楽しみは後に持っていく。その楽しみがあるから今がある。いったいいつになるのだろう。永遠訪れないかもしれない(エヘ)「男の人生にはこれでいいという目標は無い」それに縛られているからかな?(アハ)まあそれならそれでもよい。目標に向かっている途中には不安はない。遊んでばかりいると不安ばかりが襲いかかってくる。苦しいのと不安、どちらを選ぶかと言うと私は苦しみを選ぶ。苦しみは訓練すれば軽減できるが、不安はいくら訓練しても増幅するばかり。頭であれこれ考えて不安のろ壺にいるより、苦しいけど目標に向かっている方が良い。目標に向かえば、いつのまにか不安はなくなっている。その生き方の方が私にはあっている。そのために楽しみは後に持っていっている。


やる気

やる気

「人生はやる気である」やる気の持続こそが人生を豊かにする全てである。やる気を持続させるにはどうしても目標が必要となる。その目標を見つけよう、あなたの目標が何なのか見つけよう。目標のない人生はこれ以上ないつまらないものだよ。


さあいつまでも悩んでいないで、その目標を見つけよう。


目標って?なんだろうね。どうすれば目標は見つかるの?
私の経験を述べると、思いついた事を片っ端からやってみることかな。やってはやめて、やってはやめての繰り返し。その中から自分にあったものを探す。だがなかなか見つからない。街の中を浮遊病者のように彷徨ったこともある(笑)目標が見つからず彷徨っているときは苦しい。何が自分に合っているのだろう?何だろう?それを探すのは至難の技のようにも見える。頭の中はぐるぐると何百通りの筋書きがあるが、何一つまとまっていない。ぐるぐる回りながら自分が何をやりたいか探す。これをやってみようと思いついたものをやるが、合ってないとすぐに投げ出す始末。本を読みあさり自分に何が足りないかを探す。探してもなかなか見つからない。自信喪失と不安と心配の連続。何をやりたいかわからないときはこれ以上ない苦しみかもしれない。もう探すのは疲れた、疲れたから辞めようと何度思ったことか、でもそのたびに、前の生活に戻りたくない、あんな負け犬は二度とごめんだ。クソー覚えていろ!(倍返しだ)絶対ここから這い上がると自分にはっぱをかける。最後は半沢直樹になってしまったが(笑)悪戦苦闘して自分は目標を見つけた。




悪戦苦闘して目標を見つけたが、
人間ってバカだね、すぐに結果を求めたがる。私もすぐに結果を求めた。だがそれが失敗の原因だった。目標はすぐには達成しない。ここから涙の物語、「おしんの物語が始まる」自分をおしんに見立てて忍耐と根性の泥臭い物語が始まる。そしてその泥臭い物語が何年も続く。かっこつけなくてもいい、泥臭くていい、泥臭さの中にやる気がある。


やる気は苦しい中から生まれる。今苦しんでいる人、さんざん苦しみなさい。それも勉強ですから。中途半端に苦しむより、どうせなら散々苦しみなさい、そしてよく考えなさい。自分が何をしたいのか。


そうやって見つけた目標はあなたの宝となります。そして苦労して見つけた目標は永遠にやる気が持続します。なぜ持続できるのか、散々苦しんだからです。


2、 育った家庭環境

2、 育った家庭環境

ここに記載するのは、あくまでも私の統計からです。
家庭環境は重要です。家庭に不和があると精神的に歪みを持った人が多いのも事実です。


親が離婚していると子も離婚する。この流れが多いのも事実です。「親を見て子は育つ」親のマネをするのが子かもしれません。本来親は子の正しい見本となるべきなのに、どうもそうでない親も中にはいる。正しい見本から外れた親は年々増えている気がします。これは3万人以上の鑑定から、世の中で起きている事実を私自身が感じ取った内容です。


家庭環境の不和を男女で比べると、女子より男子の方が精神的にもろい気がします。女の子は家庭の不和をバネにしている子が多いのに対して、男の子はその影響をモロに受けている気がします。これは一概には言えませんが、私の統計で割り出すと、こうなりますよということです。ここでも女性が強くなったという証でしょうか。男性は社会で鍛えられて逞しくなるが、女性は家庭の中で鍛えられて逞しくなるものかもしれません。



相手の育った家庭環境は相手選びでとても重要なポントです。あなたの一生がかかる大事な見極め方のひとつです。できれば付き合う前に相手の育った家庭環境をよく考察してから付き合うことがベストです。


そうは言っても、なかなかそう理想通りにはいかないのも私自身よくわかっています。親が離婚しなくても離婚する人は現在も増えており、一概に片親は良くないと言っているわけではありません。あなたの相手の見方が重要だと言っているのです。両親が揃っていても不和の家庭はあるし、片親だけでもとても温かくとてもまともな家庭もあります。大事なのは、どんな家庭環境であれ、相手がどんな性格をしているかです。私の平均値は、皆さんの統計から割り出したものです。ひとつの判断基準として参考にしてください。


育った家庭環境が複雑で悪かった男性とすでにあなたが付き合っているとします。実際にそう言う人もいるでしょう。そういう場合は、「家庭環境も大事だが、問題はその人の性格」判断基準を今度は相手の性格に持っていきましょう。


そうこれから先は、その人の性格です。

家庭環境が悪くてもそれをバネにして成功している人はたくさんいます。彼がそういう性格かどうか見極めることです。


私自身もそんなに良い家庭環境で育ったわけではありません。両親は揃っていたのですが、金がないことで喧嘩が多く、極貧生活の家庭環境で育ちました。裕福な家庭ではなく普通の家庭が羨ましかった。6畳一間の5人で暮らし、窮屈で夜も眠れない。同級生は親に自転車を買ってもらっていたが、うちは貧乏でとてもそんなお金がなく、自転車はアルバイトをしながら自分で買った。小学4年生が朝4時に起き、雨にも風にも負けず新聞配達をしている姿を思い描いてほしい。(貧乏は人を疲労させる)これが私の小学校の思い出である。極貧の貧乏生活は高校を卒業するまで続き、私はその間ずっとアルバイトをしてきた。学校の学費の半分と部活費用、通学の定期代はほとんど自分で払った記憶がある。金持ちが羨ましいと思った学生時代。苦学生や貧乏人生活の環境は良く解る。明日のゴハンをどう食べるかに必死だったからだ。


貧乏は悪いことだけではない、そのお陰でハングリー精神が身についた。人より根性も付き、自立力も人一倍強くなった。これが今日に生かされている。


性格とは、家庭環境が悪くても、相手にハングリー精神があるかどうかだ。親がダメなら、それをちゃんと反面教師にしているかだ。親が苦労しているのならそれを助けているかだ。親が離婚しているのなら自分は絶対に離婚をしないと決めているかだ。情けなく自分の不幸の生い立ちを恨んでいるようでは、そのせいで自分はここまでダメになっていると甘えているようではこの先見込みがないということです。




私の考えはこうです。
「二十歳過ぎたら、親は関係ない」いつまでも自分の生い立ちを恨み、いつまでも親のせいにするな!これが私の考えです。


その考えは、私はもう小学校の頃に学びました。自分で働いて金銭を得る。欲しいものは親をあてにせず自分で手に入れる。これを小学生に学んだのです。そして金銭を得るのにどれだけ苦労するのかも学びました。冬の朝4時は真っ暗です。凍える手で新聞を配る。寒くてやるせない気持ちを持ちながら眠い目をこすって配達する。新聞を配っている途中に犬に襲われ噛みつかれたこともある。雨の日に泥水に足を滑らせ転んだこともある。自分と同じ年齢の小学生は、今頃みんな家でぬくぬくと寝ているだろう・・・何故自分だけこんな辛い目に合うんだ!と嘆いたこともある。そして新聞を配り終え朝日が昇ろうとする瞬間、喧騒の都会が朝露によって霧の湖のような風景をつくる。なんという清々しい光景だろう。そこに朝日が輝き金色の幻想的な世界をつくる。こんな風景見たことない。ぬくぬく寝ていたら一生見れない光景である。神様が「ご苦労さん」とプレゼントしてくれたのだろう。その輝きを目にし、この仕事を続けようと誓った。そして人より早く自立することを学んだ。


貧乏子沢山の時代は私みたいな人がたくさんいた気がします。それは根性を植え付けるいい材料でした。ところが今はどうでしょう?「甘えているのではないでしょうか」甘えるから精神が歪んでくるのです。甘えではなくハングリー精神に置き換えることです。相手がそういうハングリー精神を持っているかどうか、あなたはそこを見極めることです。逆に今の時代だからこそ、そういう人はいるはずです。あなたはそれを見つけることです。


憎む力と許す力

憎む力と許す力

憎しみには力があり、許す心にも力がある。

憎んでいる時は、相手に支配されている状態。心身ともに健康状態はボロボロで、運命そのものも悪い方に変わってしまう。何故運が悪くなるか、それは人が変わってしまうからだ。健康的で明るかった子が、人を憎むことで不健康で暗い子になる。眉間にしわを寄せて顔も貧相になる。頭痛・めまい・吐き気に襲われ、まともな社会生活を送れなくなる。信じていた彼に裏切られたことで、振られた、捨てられたことで、女性の人生は大きく変わることがある。一寸先は闇、一瞬にして運命は変わる出来事に私は数多く遭遇している。憎しみには力があり、憎んでいる当人をこてんぱんにやっつける。自分の憎しみの力でよって自分自身がやられていることを、その人自身は知らない。あるいは知っているとしても、そこからなかなか抜け出そうとしない。


信じていた彼に裏切られた。認識の甘さが招いた結果でもある。男女の人間関係(恋愛関係)にはそういうこともある。いや男女だけではない、友人との人間関係、職場の同僚や上司との人間関係、家族の身内の中でも、そういうことはある。人を憎む状況に追い込まれることは誰しも起きることなのである。


悔しさを倍増させて憎しみに変えるのか、悔しさを半減させて試練と受け止めるのか、心の持ち方次第である。私は憎む状況に追い込まれた時、「それがどうしたの!」で片付けるようにしている。「人間いろいろあるさ、それがどうしたの」で済ましている。


人を憎むのも勝手だが、人を許すのも勝手である。同じ勝手なら私は人を許す方を選ぶ。ここで勘違いをしないでほしい。法律違反を犯した凶悪犯を勝手に許すと言っているわけではない。感情や思想などによる価値観の違いで人を憎むようになったとか、身勝手な社会でひどい仕打ちを受けたとか、限度はあれ法律違反には抵触していないものを許すと言っているのである。差はあれ、「それがどうしたの」で今は済ましている。


血気盛んな若い頃は、自分に身におぼえない仕打ちや意地悪、批判に対して怒りを覚え、相手を憎んだこともある。信じていた相手に裏切られ、この世とも思えない怒りと挫折を覚えたこともある。怒りと憎しみが強い時は、まるで悪徳プロレスラーをやっつけるように相手を打ちのめしたいと思ったことがある。若かった・・・血気盛ん、血の気の多い若いころの経験である。


それから少しは大人になり、憎しみを試練に変えるようになった。試練は時が長く、苦しみの連続である。神は何故私にこんな試練を与えるのか、正直神を恨んだこともある。ただその試練は何十年も続き、いい忍耐力と根性が備わった。そっか、これが生きるすべか。試練は味わいたくなかったけど、噛めば噛むほど味が出て来るものだと学習した。


それからさらに飛躍し、憎しみに対して何も考えなくなった。「それがどうしたの」で今はスルーしている。若い時の血の気の多い血気盛んなところはもう自分にはない。試練に耐える忍耐と根性もない。いい大人になった。憎しむことは面倒なこと、スルーしよう。「それがどうしたの」で片付けてしまおう。それを覚えてから生き方がずいぶん楽になった。憎しみに携わっている時間が無くなったことで、新しいものに集中して力を発揮できるからだ。人の感情で起きる憎しみ、そんな小宇宙にいつまでもどっぷり漬かっている暇はない。憎んでいる相手を許すことで、忘れることで、新しい未来の扉が開く、憎しみに漬かっている小宇宙とは「おさらばだ。」許すことで本当の人間の力は発揮される。


カップルの手相

カップルの手相

カップルの手相をたまに観る。カップルはその場で二人の愛情のレベルが確認できるので面白い。彼女が彼のことをどのくらい愛しているのか、彼が彼女のことをどのくらい愛しているのか一目瞭然である。また悪いこともわかる、例えば彼が浮気をしているとか、彼女が実は前の元彼のことがまだ好きでずっと引きずっているのもわかる。二人にとってマイナスとなる悪いことは、ルールとして二人には明かさないようにしている。問題は二人の今後である。


二人の手相を見比べると、最近の傾向かな?と思うものがある。女性の方が強く、女性の方がしっかりしている(笑)まるでサザエさんとマスオさん。しっかりもののサザエさんに真面目で優しいマスオさん。良い風に表現するとこうなるが、悪い風に表現すると、依存心のあるマザコンっぽい部分もあり、母性愛をくすぐるダメ男っぽい部分もある。清潔感あふれる爽やかさはあるが、生きる逞しさを感じない。これで結婚して女房子供を養っていけるのかと少々不安になる。硬派で男っぽく根性で生きているような男は影を潜めつつあるのかな?


もちろん中には男っぽい人もいることはいる。男臭くいい根性をしている男性も何人も観ている。女を泣かせる悪い男も、仕事に情熱を注いでいる男も、いろいろ観て来た。それなりにいろいろなタイプの男性を観てきてはいる。その中の傾向を割り出すと、「全体的に頼りないかな・・・」というのが私の印象である。巷やマスコミで「男たちは、弱くなり、頼り甲斐がなくなった」どこのデータでそれを割り出したのかわからないが、私は自分の経験から来る膨大なデータでそれを割り出している。逞しく頼れる男性もいるけど、残念ながら頼れない男性の方が多い気がする。それも時代の流れかもしれない。

頼りがいのある男っぽい手相とは、淡白で単純である(男は単純!(笑)余計な線があまりない。必要な線が男っぽくくっきり出ている。手相の基本線は、1、生命線 2、運命線 3、知能線 4、感情線が基本4線である。その線の位置、濃淡、勢いでその人の運命を図る。その4つの基本線が所定の位置にくっきりあるかどうかである。それから枝葉の細かい線を観ながら、その人の全体像を判断していく。恋愛運や愛情線は枝葉の線の中にある。


線が濃く、勢いがあって淡白な手相が頼りがいのある男っぽい手相だが、どうも最近はその手相を持つ男性が少なくなっている気がしてならない。がっちり太くではなく、繊細なのである。(まるで女の子みたい)特に男性にとって最も重要な運命線がない、あっても消えそうな薄い線、しかも切れ切れで申し訳ない程度にその線がある。う〜んこれではどうしょうもない。「仕事を今以上に頑張って運命線を濃くするしかないよ」と言うしかない。


女性の方を観ると、(男っぽい(笑)。。。いやいや女性らしい手相の方ももちろんたくさんいますよ。でも「男を尻にひく」女性が多くなってきたのも事実です(笑)

頼り甲斐のある男性の手相の見方を知りたければ、鑑定のとき申し出てください。簡単な基本線の見方をレクチャーします。

次回より、恋愛日記は新しいシリーズに移行します。
新しいシリーズは、
題して「男の見極め方」です。


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