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人生を楽しもう(妄想もよいよい)

楽しむためには目標が必要です。堅苦しい目標は夢に変化していきます。夢に変われば目標は苦しくありません。というのは嘘です(笑)目標は正直苦しいものです。


何故苦しいか?目標はなかなか達成されないからです。人はひとたび目標を持つと早く達成したいものです。でもなかなか思うようにいきません、だから苦しいのです。思うようにいかないのが夢であり目標なのです。怠け者の私はすぐに目標がぶれたりします。どんな風にぶれるのかというと、目標が妄想に変わってしまうからです(あっはははは笑)ひとたび妄想を抱けば、それはもうとめどなく妄想の世界にどっぷりつかってしまいます(笑)きちんとやらなければいけないと頭ではわかっているのですが、きちんとやるのはメンドクサイ、それより妄想を描いている方がとても愉快で楽しい。バカバカしくてハッと我に返ることもあるが、それでも妄想の続きをまた見たりします(笑)


今までどれだけの時間を無駄に使ったのでしょう。単価計算をすると恐ろしいくらい無駄な時間を使っていると思います。けっこう私はメンドクサがり屋なのです(笑)このメンドクサがり屋の性格は潜在意識を悪用しているふしがあります(笑)「思考は現実化する」それを思考でなく妄想で現実化しようとしています(笑)だから目標は達成されないんでしょう。「強く考えればその通りになる」妄想ばかり強く考えてもその通りになった試しがありません(アハ笑)


夢はいつのまにか妄想になり、気がつかないまま妄想ばかりを繰り返している日々を送っている。さあそろそろやろうか、ああ〜めんどくさい。自分と戦いながら、いつやるの?やるのはいまでしょ!といいながらこのブログを書いています(笑)


またやるか!
あの苦しかった日々を思い出して。夢に向かいながらあえいでいたあの頃にまた戻って。苦しかった、でも夢はあきらめなかった。純粋だった。苦しかったけど不安はなかった。そう夢に向かっている途中は不安にならない、何故なら忙し過ぎて不安になっている暇がないからだ。忙しい環境に身を置く、やるのはいつ?今でしょう。



「今でしょう!」
あっははは、たぶん私は今やらない(笑)
もうしばらく妄想の世界にいる。
どうせなら妄想をもっと楽しまなくちゃ。
よく考えると、私の目標やアイデアは妄想の中から生まれた。一つの目標を生みだすのに何年も何万時間もかかっている。ぼんやり目標が見えても、この方向で行こうと決まるまでまた何千時間もかかる。ドンクサイ私は、99%の妄想と1%のアイデアと目標で成り立っている。本気になるのは人生で1%くらいかもしれない。


妄想を楽しもう。
不安?よいよいそんなもの。妄想に不安はつきものだ。
心配?よいよいそんなもの。妄想に心配はつきものだ。
寂しくて悲しい?よいよいそんなもの。妄想にそういうものはつきものだ。
妄想ばかりしていると頭が疲れる、頭が変になる?よいよいそんなもの。妄想中に頭が変になり疲れてくれば現実に戻ろうとする良い兆しだ。嬉しく思わなくちゃ。


人類は一番大事なものを自由にした

人を好きになること、人を愛することを人類は自由にした。人を好きになるのを法律で縛れば自由はなくなりロマンもトキメキもなくなる。それでは人間でなくなるから人類は一番大事なものを自由にした。



だが、その自由が呼び起こす悲喜こもごもの物語や事件は多い。自由に対する悲喜こもごもの喜びや怒りそして哀しみや楽しみ(喜怒哀楽)となって男と女はいろいろな物語や事件を起こす。公正な幸福なら共感して祝福したいが、不公正な不幸は共感もできないし許すこともできない。「幸か不幸か」どちらになるのかわからない、それが自由恋愛である。


不正公正を問わず、人を好きになることを法律で縛れない以上、不幸になる人を極力減らしたい。その思いでこのブログは立ち上げ何年も続けて来た。


自由は素晴らしいが、反対に自由は不幸を呼び起こす。自由の不幸は壮絶な怒哀のドラマとなる。その自由の不幸を軽減するためにこのブログ(恋愛日記)は何年も続けている。「自由とは」・・・本当はとても厄介でとても面倒である(笑)いっそのこと法律化にした方がどんなに楽かと正直思ってしまう(笑)自由と法律、どっちが楽かと言うと私は法律に軍配を上げる。そして自由と法律、どちらが幸せになれるかと言うと法律化した方が幸せになる指数は上がると確信している。


私は確信しているが、人類は自由を選んでいる。私も人類の一部なので人類が自由を選ぶのならそれに従うしかない。また面倒な自由による不幸と戦いながら、少しでも不幸を軽減しなくてはならない、とても厄介な作業が永遠続く。あ〜ぁ。。。。


恋愛の法律(身分を証明するバッチ)

あるお客さんとの鑑定でこんな話が出た。
「結婚しているのか、恋人がいるのか、フリーなのか、それを証明するバッチがあるといいのに」という内容だった。奇想天外かもしれないが面白いと思った。


運転免許やパスポートみたいに恋愛においても身分を証明するものがあってもいいと思う。仮に愛の身分証明バッチとしよう。愛の身分証明バッチは、体の正面のはっきり見えるところに身につけること、襟元や胸元にバッチとしてつけることを義務付ける。



色は、結婚している人は赤、恋人がいる人は黄、フリーは青とする。このバッチにはセンサーがついており、センサーは国の機関と直結しており、不正があったら処罰の対象となる。結婚している人は夫婦で出向き、恋人同士はカップルで出向き、フリーの人は一人で出向き、機関に届けることを義務とする。届け義務を果たさなければバッチは発行されない。バッチがなければ各種公共施設や民間施設は使えないものとする。その届け出が正しいかどうかは専門機関が審査する。不正があれば処罰の対象とする。


外出の際はこのバッチを身につけること。もし身につけていなければ各種公共施設や民間施設などのサービスは使えない。電車やバスにも乗れない、ホテルに泊ることもできない、デパートも入れない、映画を見ることもできない、レストランで食事もできない、近くのコンビニで買い物もできない。バッチを身につけなければ外出禁止という厳戒令が敷かれたようなものとなる。バッチを身につけないで店内に入ろうとするとブザーが鳴り警備員に拘束される。そうなれば誰しもバッチを見えるところにかざして外出するようになるだろう。自分は結婚している、自分には恋人がいる、自分はフリーだ。何も恥ずかしがることも嫌がることもない、本当のことを世間に知らせて堂々と街中を歩けばいい。



そういったバッチがあれば、

婚活パーティーや合コンなどは皆青色バッチで統一されるだろう。まさかその中に赤や黄色が混ざるわけない。もし混ざっていたら一目瞭然で会場から追い出される。


友達との飲み会でも、赤や黄色のバッチが口説いてきたらビンタを食らわし、「奥さんや彼女を大事にしなさい」と言えるだろう。


ホテルに赤や黄バッチの男性と青バッチの女性が同じ部屋に泊ろうとすれば、フロントは警察に通報し二人を捕まえることができる。


異色のバッチ同士が公共施設や民間施設を使う場合、入口で身分を明かさなければいけない。例えば親子の場合、二人は家族であることを証明する証明書。これも国の機関で発行する。会社の上司(赤バッチの男性)部下(青バッチの女性)がレストランで食事をしながら仕事の話をする場合、会社の身分証明書を提示してお店の許可を取らなければいけない。お店側は何年何月何日、A社のB部長と社員のC子さんがここで会食したという記憶をパソコンに保存する。


バッチの色の決め方は年に二回、国が指定した機関で決めることにする。各都道府県、学校や会社、市町村、地域ごとの自治会に専門の機関を設け、あますことなく全ての国民を対象とする。日本にいる外国人も例外ではない。



うむ。書いてみてメンドクサクなってきた(笑)みんなモラルの問題、モラルがあればわざわざこんな複雑な法律をつくらなくていい。モラルがないからこんなことを思いついてしまう。恋愛は確かに自由、だが自由は不正を生む。人生で一番大事な男と女の関係を自由にし、不正の温床にさせているのが人間だ。その不正によって取り返しのつかない人生を歩んでいる人がたくさんいることも理解してほしい。


恋愛の法律(浮気を法律で厳しく取り締まったらどうなるか)

自由恋愛において、一番始末に悪いのが浮気
浮気だけは問答無用の法律でビシバシ取り締まってほしいものだ。そうなると大半の男子諸君は法律を犯していることになる。日本の留置場は満杯となり、日本本土から数千キロ離れた無人島(一都一県くらいの大きめの無人島)を国が買い取り浮気専用の留置場にしなくてはならない(笑)そうなるとシャバ(日本本土)から男子がいなくなってしまうかもしれない(笑)


自由社会の街並みは女性たちであふれ、一割くらいの男子が肩身の狭い思いでひっそりと暮らすことになるだろう。渋谷の交差点は数万人の女性たちが行き交い、数人の男性がサングラスにマスク姿で首をうなだれてトボトボ歩く姿が発見される(あっ男だ!あの人も浮気をするのじゃないの)と後ろ指を指されながら。(女性10人に男性一人の社会)男性から見ればモテルと錯覚するかもしれないが、いやはや女性の集団に個の男性は勝てない。ひっそりとこじんまりと暮らすのが関の山。中にはモテルと錯覚して豪快に女食いに走る男もいるだろうが、そういう男はすぐに捕まり無人島送りとなる。


浮気で無人島送りとなった男たちは、「もう二度と浮気をしない」と改心するまで厳しい指導の下で徹底的に絞られる。それこそ軍隊より厳しい強制労働を強いられることになる。改心したと認められるまでは10年でも20年でその島から出られない。浮気の無人島には数千万人の男たちであふれ、女っ気のない色気もロマンもないむさ苦しい秘境となってしまうだろう(笑)もはや無人島ではなく浮気の島送り島という名称に変えて。


やめたやめたこんなバカバカしい妄想は(笑)
この妄想は女性たちの話を聞けば聞くほど膨らんで来る。それだけ女性たちは「男の浮気に苦しめられてきた」人類誕生以来何万年も。


何万年も男の浮気に苦しんだ女性たちの気分を晴らす方法は「浮気男は無人島に送れ」という説になる(笑)女のいない無人島に送れば二度と浮気はできない。実際にそうだ!そうするべきだと言う声もたくさん聞く。まあ冗談だけどね。男の浮気は、もう笑いながら話すしかない。鑑定に訪れるお客さんは「あんな奴無人島に送ってしまえばいい!」と笑いながら言っている、冷めた目で。


男の浮気はどうしょうもない。そのことは私も認める。だが待てよ、男が浮気をするということはそれを相手にする女がいるということではないか。アプローチは男からかもしれないが、それに応えるのは女である。応えなければ浮気にならない、応えるから浮気になる。浮気をするバカな男も悪いがそれに応える女も悪い。男の浮気を辞めさせる方法は女が応えなければいい。喧嘩両成敗と同じように浮気両成敗(理非を問わないで双方とも処罰すること)にしたらどうだろう。


愛のルール(法律)はあった方がいいか?

うむ・・・難しい。
ある程度のルールはあった方がいいが、強制となると・・・なんぞや?と思ってしまうのが正直な気持ちである。


ある学生が言っていた。
「僕たちはルールがあればそれに従う。自由よりその方がいい。一部は法律を犯す者もいるかもしれないが、大半の人はその法律に従うと思う」ルールができればそれに従う。方向指示器(目標)があればそれに従う?マニアルがないと生きていけない若者の言葉なのか、あるいは自由になり過ぎて無節操な世の中になったのを危惧して言っているのか、男と女の愛に道徳心が無くなったと感じているのか、真意はわからないが、ルールはあった方がいいという。「なるほど」と私は思った。今の若者らしい。


うまく説明できないが、それが現代の若者を象徴している声に聞こえた。そうだよな・・・。今の自由恋愛・・・なにか違う・・・道徳心と責任感がない。


道徳心と責任感を植え付けるために、ルール化した方がいい。それも早いうちに。幼少の時期に教えて植え付けることが必要だろう。「結婚は国民の義務」は小学校から教えるべきだ。しかもわかりやすく丁寧に長い時間をかけて。現代の学校教育は仕事や社会で役に立つ技術ばかり教えて、人としての道徳を教えるのが欠如しているように思える。社会で生きる技術とプラスして愛の技術も平行して教えるべきだ。相手を尊重し、相手を労わり、繁栄ある家庭をどうすれば構築できるか、愛における道徳心と責任感を小さい頃から教えれば、日本はもっと豊かになるだろう。


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