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クリスチャンの中ではイエス様の十字架は
必然な物と考えられている。
もちろんキリスト教にも様々な教派に別れているので
見解の違いはあろうが多くのクリスチャンにとって
イエス様の十字架は栄光の道だと
とらえる教派が多いようである。
キリスト教自体がイエス様の十字架から
始まったと見ることもできる。
その一方でユダヤ人はイエス様を殺害した民族として
クリスチャンに2000年間、槍玉に挙げられてきた。
十字架の道は栄光への道と言いながら
そのイエス様を殺害した張本人として
ユダヤ人たちはクリスチャンからは
憎しみの対象にすらなっていた歴史がある。
イエス様を十字架送ったのはこの記事の
ローマ法王の著書のように
その場にいた大衆である。
大衆ということは誰もがその場にいたら
同じような立場をとった可能性がある。
私達でもその場にいたら大半の人が
その当時のユダヤ人たちと同じ立場を
とったにちがいない。
だから現在の私たちは2000年前の
イエス様の十字架での殺害を教訓として
2度と同じ過ちを繰り返しては
ならないのである。 |
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