時を見つめて・・・

年頭標語「創造主 天の父母様に似た 真の愛を実践する天一国の真の主人になろう!」

この人、あの人

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日本文学振興会は14日、「第145回芥川賞・直木賞(平成23年度上半期)」の選考会を都内で開いた。芥川賞は第142回(2009年下半期)以来、1年半ぶりに該当者なし、直木賞は過去2回ノミネートされた池井戸潤氏『下町ロケット』が選出された。
直木賞受賞作である「下町ロケット」は、東京都大田区にある町工場の人々が、資金繰りに苦しみながらも大企業と張り合い、自社製品をロケットに搭載させようと奮闘する姿を描いている作品である。

下町となると私が住んでいる足立区も典型的な下町であろう。

この足立区在住作家で2005年上半期に
『花まんま』第133回直木賞受賞を
受賞した朱川 湊人 (しゅかわ みなと)という作家がいる。

ちなみに朱川氏が受賞した2005年下半期には
今や超売れっ子作家になった
 東野圭吾氏が『容疑者Xの献身』 で受賞している。

朱川氏はの生まれは大阪であるが、まだ幼いころに
東京の荒川区を経由して足立区に引越して来て
区内を転居しながら現在も足立区に居住している。

昨年の「あだち広報」10月10日号に朱川氏の
特別寄稿が掲載されているが、
その中で現在も足立区について以下のように
寄稿している。
 私の人生にもそれなりの変化が訪れたが、なぜか私は一度も足立区を出ようと思わなかった。特に銀座の出版社に勤めていた頃は深夜まで仕事することが多く、社長直々に近くに越してくるように命ぜられたが、私はやんわりと拒否した。多忙な仕事だからこそ、それ以外の時間をくつろいで過ごしたかったのだが―― 私にとって、もっともくつろげる土地が足立区だったのだから仕方なかろう。
のちに私は足立区で出会った人と結婚し、足立区で親になった。その間にも、中学生の頃からの夢だった小説家を目指していたが、
心がくじけそうになるたびに自転車で荒川に行き、長い間土手に腰を下ろして、大きな川の流れを見つめたりした。逆に明るい展望が見えた時も、なぜだか荒川を見に行った。早くに亡くなった父に、会いに行くような気持ちだったのかも知れない。
嬉しいことも悲しいことも、すべて足立区でのことだった。そういう土地を、人は故郷と呼ぶのだろう。
足立区のイメージは、世田谷や杉並区などに比べると
貧民で柄も良くないという印象がある。
しかし、朱川氏はこんな足立区に生まれ故郷以上の
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愛着があるようである。

私も足立区は生まれた土地ではないが
既に20年以上も足立区に住んでいる。

だからといって朱川氏のような足立区に
強い愛着があるわけではない。
出来ればもっと「いい所」に住みたいと
思う時もある。

しかし、その「いい所」の基準はどこにあるのあるのか?
極めて相対的なものある。

「住めば都」という諺があるが確かにそうであろう。
どんな土地でも長く住んでいれば愛着が湧いてくる。
いまさら高級住宅地に移り住んだとしても
居心地が良くないに違いない。

この先どうなるかわからないがこの足立区に
現在、住んでいる限り、この地に愛着を
持って暮らしていこう。



困った顔

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この1週間で2人の「俳優」田中さんがこの世を去ってしまった。

1人は先週の21日に20年近く患っていた乳がんが再発して、
55歳の若さで亡くなった元キャンディーズ
スーちゃんこと田中好子さん。

もう一人はNHKの連続テレビ小説「凛凛と」の主演など
していて
昨日亡くなった田中実さん。
遺書はなかったが自分のマフラーで首を吊っていたので
自殺と断定されている。
こちらはまだ44歳の若さであった。

しかし、2人の死は対照的である。
死にゆく病にふしても常に前向きに生きようとして田中好子さん。
もっと、もっと女優として人生を全うしたかったに違いない。
3月29日に録音された肉声のテープを聞いても
そんな事をひしひしと感じられる。

それと反対に田中実さんは自ら生命を絶ってしまった。
もちろん傍目には順風満帆に見えてた人生であっても
本人にしか知りえない苦しみがあったのだろう。
それを全く知らない赤の他人がどうのこうのという
立場ではないだろう。

それでも自殺とは何と勿体ないことであろう。
今は苦しくてもこの先はどう好転するかわからない。
苦難が後になって糧にもなることもある。
この世に生を受けたからには最後まで人生を全うしたい!
これが生きとし生きる者の本心であろう。

自分は例え苦しくても人々のお役に立ちたい!
いまだと大震災で被害を受けた人たちを助けたいとか・・・

私の現在の生活も決して豊かではないが
少なくとも心は貧しくならずに
前向きに豊かに生きたい思う。

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【今回のテーマ】オリンピック、私はココに感動した!
「サムソンとデリラ」のリズムに溶け込んだ4分間。ジョアニー・ロシェット(24=カナダ)は演技を終えた瞬間に母テレーゼさんの声を聞いたと言う。 

 「トリプルフリップのどこが悪かったの?ダブルアクセルなんて眠っててもできていたでしょ」。今、このような状況で失敗を指摘してくれるのは、幼い頃からずっとそばにいた母しかいなかったのかもしれない。「信じてもらえないかもしれないけど、ママが私の足を動かしてくれた感じだった」。女子フィギュアのフリーで彼女が示した強い意志。その言葉を疑うより、その言葉で救われたファンがどれだけいたかを、いつの日か知ってほしい。

「欠場を本気で考えた」。とても演技どころではなかったが、そこでも母の声を聞いた。「私はあなたに“強くなりなさい”って言ってきたでしょう」。肉体はなくとも魂が支え続けた5日間。「(キム・)ヨナとマオ(浅田)にも感謝したい。果敢にトリプルアクセルに挑んだ姿を見て、私は悲しいことなんか忘れて正直、燃えたわ。ありがとう」。SPでは泣いてしまったロシェットはフリーで笑顔を取り戻し、自身初の200点台となる202・64点で銅メダルを獲得した。

“カナダの勇気”と称賛された迫真の演技には、母の愛が満ちあふれていた。
母の声に支えられ…ロシェット、真央に「ありがとう」
原文英語サイト

手機刑事錢形舞,堀北真希 多角度舞蹈畫面完整版
今をときめく?若手女優の堀北真希さんが2003年にTBS系列で放映されていた
「ケータイ刑事 銭形舞」という深夜ドラマに出ていた時の映像らしい!

私がこの女優を注目したのは「野ブタ。をプロデュース」(2005年)というドラマだから
この頃は当然、知らなかったわけですが当時中学生とは思えない堂々とした踊りぷりですね!

ちなみにケータイ刑事はシリーズになっていて初代のケータイ刑事は宮崎あおいさんだそうで、
堀北真希さんは2代目になるそうです。

今から考えると篤姫から和宮にバトンタッチされたことになりますね!

働き盛りの世代へ贈る桜田淳子メドレー
ユーチューブにあったそのままのをタイトルにしました。
働き盛りの世代?アイドルとして活躍していたのが30年以上も昔ですから
もうその頃のファンは40代あるいは50代にもなりますか?

3万双の合同結婚式に参加して「統一教会の広告塔」と言われてからマスコミからも
世間からも注目を浴びて人知れぬ苦労が多かったようです。
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そのような中でありながら健気に信仰を貫き通して来ているのは立派です。

私が桜田淳子さんを見たのは。2006年の3月に韓鶴子総裁が来日して、
幕張メッセで講演会をしたときのエンターティーメントでに出ていた・・・
これが歌っているのを見たのが最後、

イム・ドスン氏が日本の会長就任挨拶の時に新宿教会でエッセイ集『アイスルジュンバン』を
紹介していたのを見たのが事実上の最後だと思います。

その後はお見かけする機会もないですが、相変わらずエッセイ集に書かれている
通りの生活をされているようです。

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