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■別部の犬(『播磨国風土記』讃容郡)

この鉄を生ずる「十二の谷」を発見したのが「別部の犬(わけべの・いぬ)」だと風土記は書いている。
別部(わけべ)も部民の名である。
人でありながら犬を自称し、犬の子孫であり、鉱物を探し出す部民である。
犬を祖先とする氏族とは隼人たちである。
→書庫・犬祖伝承
によれば犬を祖とする部族は中国少数民に顕著だが、その多くは長江文明が黄河文明により南下、四散するときに南方、インドシナ半島北部の越国(ベトナム)から船によって南シナ海を北上して、列島の南部に辿り着く。つまり南九州の熊襲や隼人が呉王や太伯を祖とし、犬の遠吠えをする風習に見事に合致してくる。

■和気清麻呂の祖

別部の出身地のひとつが備前国和気郡の和気町である。
和気氏の大元は磐梨別公(いわなし・わけの・きみ)という。
別公の部民を別部といいそれが犬と自称していた。
つまり佐用の鹿庭(神庭)の鉄を発見したのは、和気清麻呂に関わる部民たちである。
磐梨別公の祖は垂仁天皇(10代崇神の子・イクメイリヒコ・イサチノ・ミコト)の皇子である「鐸石別命(ヌデシワケノ・ミコト)である。
このヌデシの「ヌデ」は銅鐸の「鐸(たく・ぬで)」を指しているので、銅鐸氏族とはつまり和気氏の先祖を指すこととなり、しかもそれは三輪王朝二代目を祖としている。つまり纒向に入った氏族であろう。吉備王家、大和の吉備氏とは和気氏の祖であろうか?となる。要証拠品。

岡山県の和気町からはちゃんと銅鐸も出ており、さらに和気清麻呂の先祖にはこれまたちゃんと鐸石別の名前が書かれている(『日本書紀』)。

従って考古学的にも、文献的にも、和気清麻呂を出した和気氏が、銅鐸を大和に持ち込み、祭祀し、それを地中に埋めさせられたことが推測可能であるうえに、吉備と出雲と播磨の関係から、出雲荒神谷の銅鐸もまた吉備の和気氏先祖たちが埋めたことが推測しうることとなるだろう。

■ここ掘れワンワン

この別部の犬とはいわゆる「花咲じじい」の犬である。
「ここ掘れ」=鉱脈を掘ること。
宝が出てくるとは鉱物が出ること。
たから=宝来=蓬莱=西=いぬ・さる・きじの方角=風水・道教・陰陽五行の金気。
「気」=和気である。

「ワケ」王朝という文献史学者たちの既成の天皇家血脈を大きく区分けした古代大王分類理論がある。
つまり吉備王=ワケ=和気=大和の吉備氏・・・葛城氏との共立された王家。

従って和気、別部、別所にはそもそも鉱山がある場所という意味があったと思われる。
転じて、中世の地名とされる別府にも、そもそもは別部がいた場所に近い意味があったと思う。
府とは別の大事な場所。
つまり武家には欠かすことのできない鉄の産地が別府ではあるまいか?

こうした場所に必ずあるのが地下式横穴、装飾古墳、線刻古墳、そして隼人・海部の伝承と記録。さらには蝦夷、エビス、浦島、桃太郎、鬼、追儺となってつながってゆく。

次回「麻ひも」

参考 谷川健一著書全般



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