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◆沖縄の農具
【ヘラとカマ】
「沖縄のへらと鎌は、その農耕生活の原点を語る単純簡素な農具である。ヒーラ、フィーラ(波照間でピラPira)と発音し、甘藷の苗の植えつけ、草取り、収穫に使用し、それ1本あれば基本的食生活ができるといってもよかった。この鉄器のへら以前は、先きを尖らした堅い木の小さな棒をテビク、あるいはトビクと称して、芋の収穫などに使った。万葉集の中にも歌われている「ふぐし」「みふぐし」にあたるものである。それが大正時代まで使用された。鎌はイラナとよばれているがどういうわけだろうか。これを腰の帯にさし、ヒ−ラを持った姿はりっぱな農人像であった。その用途は、牛馬の草刈り、田圃の稲刈りという高い地位を得、さらに「鎌の手」という古武術にも登場した。」
◆イラナ(イララ)
イラナは大変小さな鎌である。
波照間島ではイララとも発音されるが、沖縄本島ではイララは鎌の付いた長い棒で、伝統的武道の棒術に使用される武器である。そもそもは鎌のことが「イララ」で、棒はテビクである。
「棒踊りの誕生」「鉄材は貴重であった」
http://docs.google.com/viewer?a=v&q=cache:9y0fEBbOpIgJ:www21.atwiki.jp/kin0422%3Fcmd%3Dupload%26act%3Dopen%26pageid%3D1%26file%3D13%25E6%25A3%2592%25E8%25B8%258A%25E3%2582%258A%25E3%2581%25AE%25E8%25AA%2595%25E7%2594%259F.pdf+%E8%BE%B2%E5%85%B7%E3%80%80%E3%82%A4%E3%83%A9%E3%83%A9&hl=ja&gl=jp&pid=bl&srcid=ADGEESh1yZm5N4U5gA6_t0MYXvij2drMIHe4tpACKn9nkrWjkJ0Tx4_Q_FB3SdFwA2rHnAthKuzVoBuiEJPx7GnNKwrx8DXzGxpZJ6TzV8gKk2er88VTAksYg_Ilpw_1kbHaR-7lwuRb&sig=AHIEtbSVXRNJpLUvj8OvekaVNPDs4rHasQ

◆波照間の農具
住谷一彦とライナーの丹念な現地調査に基づく『南西諸島の神観念』未来社 1977年によると、沖縄波照間島の農具にはイララ、ピラ、テビク、プフィザスなどの小さな道具が多い。どれも呼び名は微妙に変化しながらも琉球列島に広く分布している実用品で、沖縄の古墳からよく威信財として埋葬されている。以前はそれらを「ミニチュア農具」と呼んで、本土の考古学者は、本土の古墳から出るような埋葬用のレプリカだと考えていたが、どれも実用品で、イララなどは手の中に握り込んで稲穂を刈り取るための、先土器時代で言えばスナイパー石器のような道具である。

つまり小さいからと言って必ずしもミニチュア威信財だとは言えないという実例である。
九州の古墳から出る威信財は鉄ばさみや剣や鍬や馬具や鏃などが多いが、だいたい実物よりも一回りも大きかったり、逆に鎧などは小さくて身につけられない非実用品が多い。畿内では鏡や装飾品などの祭具や装身具は多いが鉄器の武器威信財は皆無である。

◆イララが小さいわけ
稲穂と書いてしまったが、門田誠一はそれが稲ではなく粟の収穫具であるとしており、事実諸島ではあわやヒエが主力農産物であった時代が長い。粟の実は実離れがよくって、稲のように根元から切ったのではすぐに実が飛んでしまう。それで手元で手のひらで覆うようにつかんで穂だけを切り取るのである。それで鎌は小さいほうがいい(長さ5センチ程度)。小麦地帯のスナイパーも同じで、穂だけをすばやく刈り取る式のスナップ・スナイパーが主流である。日本の曲がった大きな鎌は根元から切り取るには便利だが、手元の細かい作業には不向きである。

◆ヒーラ・ピラ
これはフラットな移植ゴテだと言える。芋(甘藷)の植え付けや移植、草取り、収穫に頻繁に使われている。

◆プフィザス
これは脱穀機である。手元で刈り取った穂を鋤とるためのものだから、これもすごく小さい。

イメージ 1



◆稲の農具は世界的に大きい
鎌・脱穀機など稲の農機具は根元から刈り取るので世界的に見ても大きなものになる。もちろん鍬などの耕す道具西欧の方が大きく長いが、これは体格の違いからだろう。よく民俗資料館や小学校などに江戸時代の脱穀機が置いてあるが、かなり大きな器械である。鎌も農耕用と山猟師用の山林伐採用、あるいは武具の鎌などはいろいろ大きさに違いがあるが、穂を刈り取る鎌は本土の稲作地帯ではほとんど出てこない。しかし福岡県の古寺や愛媛県の出作などで似たようなミニチュアのような農具は出ている。おそらく水田ではなく畑が中心の地域だったのだろう。

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◆考古学者や文化人類学者の意外な勘違い
だからイララなどはミニチュア農具なのではなく、実用品なのである。以前はこうした勘違いはけっこう多かった。
ふんどしをしめて、片手を水平に広げた埴輪を以前は、最初から古代の相撲の力士と決め付けていた。
しかし相撲の形式・様式が整備されたのは江戸時代で、必ずしもそれが古代の力士とは限らないことになる。例えば「ダイダラボッチという、のちに各地で妖怪となっていった巨人などは地域によって「大太だいた」と言われ道を塞ぐ神であり、それは死者の肉体を食いに来る悪霊を防ぐために置かれた。古墳に添えられた石人などはつまりこれに当たる。大地を踏みしめすっくと立ち、手を広げて悪霊を遮蔽するのは、神祇では「大地踏み」であり、「反閇はんばい・へんばい」である。それは必ずしも力士だけの役割ではない。もちろん身体は大きいほうが悪霊への効果はあっただろう。むしろそうしたものどもの余暇から相撲は派生していったのかもしれない。

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