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「銅鐸が姿を消して弥生時代が終焉し、古墳時代がはじまったのは、スズを採取しての原始的鉄生産から、砂鉄を採取する方法を会得したことによる、と謂われている。その後のいっそう大規模な製鉄技術は、天日槍などの神の名で語られる帰化系の技術者によって飛躍的に増大し、それは畿内では四世紀後半から五世紀初頭にあたる、と思われる。」
真弓常忠『古代の鉄と神々』


◆スズ
真弓の言うスズとは元素記号 Snの錫ではない。
褐鉄鉱である。
「「スズ」は沼沢や湿原に生える葦・薦(こも)・茅(かや)のような根に沈殿した水酸化鉄が、自己増殖によって固い外殻を形成し、褐鉄鉱の団塊となったもので、そのまま露天タタラで製鉄することができた。ただし、蹉跌の磁鉄鉱に比較して品位は低い」
菊池秀夫『邪馬台国と狗奴国と鉄』 彩流社 2010

やや言葉が足りないがいわゆる高師小僧(たかしこぞう)のことである。
イメージ 1


葦や薦の茎の周りには湖沼のバクテリアがまとわりつき、これが湖水の鉄分を好んで集める。それが褐鉄鉱として茎の周囲に丸く固まっていて、容易に採集できる。信州や三河の高師では縄文時代からすでにこれを使う簡易な製鉄が行われていた可能性がある。
しかしいわゆる鉄サビを集めたようなものなので製鉄してももろく、鏃(やじり)などに利用は限られる。
剣などの利用頻度の高い、硬い加工品に仕上げるには弥生以降に入ってくる鉄鉱石やマンガンが必要になる。いわゆるスズは鋼(はがね)にならない鉄である。


◆鈴の語源
言葉として「すずなり」「みすずかる」が今に残っている。

「「みすずかる」は「信濃(しなの)」にかかる万葉集の枕詞です。「みすず」は「み」+「すず」で,「み」は貴重な鉄の原料である「すず」の美称です。
  「すず」とは、古代より製鉄の原料として、温泉地帯の湿地帯に生える植物(葦や茅,薦等)の根に,ある種の鉄鉱石(褐鉄鉱)が付着した塊をいいます。
この 「すず」は、"たたら"製鉄より古い製鉄方法によって、"たたら"より低い温度(土器を焼くくらいの温度)で精錬された。
特に信州(信濃)などで盛んに行われました。またこれらの「すず」をつける植物群も「すず」といいました。だから「みすず"刈る"」です。
この根は鉄鉱石成分が付着しどんどん成長し、中が空洞になると同時に小さな塊が残り、振ると音がします。これが本来の「すず(鈴)」です。この「すず」は成長するのに、数十年以上の長い時間がかかりました。現代でも、神社などで鈴を鳴らすのは、この「すず」がたくさんとれるように、と祈った名残りです。
また葡萄の房のように、この鉄鉱石の「すず」がたくさん付いた状態を「すずなり(鈴生)」という説があります。」
画像も同サイトから
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鈴という言葉はこのスズ鉄が自然界で地殻にくるまれ、中で音が鳴るものがある(鈴石)が、そこから出てきたとも考えられている。また錫もチンチンという音を出す金属なので鳴るものを「鈴」と言うようである。
 
◆鈴木
鈴木の語源もまたスズ鉄を取っていた蝦夷鍛冶に求めることが可能である。

◆スズとツヅ
壱岐などに残る「豆酢」つづ地名ももしやスズが取れた場所かも知れない。
大阪の住之江はもと墨之江だが、栄養分の多い河内汽水湖のことであり、大阪市の花は葦であるので、ここでも取れたかと想像する。そもそも潟湖にスズは多かったことだろう。

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    神社のご神体に薦や茅がある。理由はこれかも。

    Kawakatu

    2011/10/15(土) 午後 2:57

    返信する
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    こんばんは。
    近所に、「多々良」と云う場所があります。
    「多田羅」表記が同じ場所ながら、あります。
    このあたりは、昔から製鉄が、盛んだったのでしょう。
    確か、信長所有の「刀」が、大刀洗あたりで、製造されていた様な
    記憶があるのですが・・・本を探し出せません。

    ピリ

    2011/10/16(日) 午後 9:33

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    不動行光のことかな?
    愛知県の「太刀洗の池」で洗ったとか聞いています。
    福岡県の太刀洗ではないようで。
    福岡のあそこはヤマトタケルが洗ったんじゃなかったかな?

    Kawakatu

    2011/10/16(日) 午後 10:00

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    みすずかる で 現在も諏訪湖に流れ込む川岸にはたくさん かやが茂っています 古代には 一大スズの産地だったようにも 想像されます 水中に鉄分が豊富な理由にちかくの八ヶ岳の岩質が鉄分が多いようです ふもとの地名に 血野があり 赤さびの色からの由来でしょうか
    となると 諏訪のたけみなかたは すず製鉄の剣で負けたという話にも つながり 興味深いおはなしですね ありがとうございます

    [ 孝彦 ]

    2011/10/17(月) 午前 6:47

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    青銅器→鉄器という単純な転換期に、これからは青銅器→スズ鉄器→はがね鉄器という構図をはさみこんでいくほうがより時代の推移や進歩が見えてくる気がしますね。

    諏訪湖の茅野市の「ちの」や大阪の千早赤阪の「ちはや(元は血原)」の「ち」ですね。以前は戦いで血が流れた説をメインにしていましたが、血の色の土壌は大切な視点です。アルプスに赤磐山地もありますし、鉄サビの多く含まれたベンガラ地名であることは考えられますね。別府にも血の池地獄がありますから。

    してみると布都の御霊ははがねの剣だな。
    来年は塚原ト伝やしね。鹿島の鉄です。

    Kawakatu

    2011/10/17(月) 午前 8:08

    返信する

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