川越古文書同好会

小江戸川越の古文書好きの集まりです!

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45―1
御触面写
水野越前守殿御渡候御書付写三通相達候間、被得其
意御同席中并御嫡子方へも不残様無遅滞早々
可在通達候、答之儀ハ先々従銘々不及挨拶、各ゟ
丹羽近江守方へ可被申聞候、以上
正月廿四日      大目付
松平讃岐守殿
留守居中
45―2
大目付
御台様御不例御養生不被為叶、今午上刻被遊
薨去候、依之明日
御本丸・西丸惣出仕之事
一病気・幼少・隠居之面々ハ、掃部頭・老中伯耆守
・下総守・備中守宅使者可差越事
一在国・在邑之面々ハ、掃部頭・老中伯耆守・備中守へ
使札可差越事
正月廿四日
下ケ札 此廉下総守様御名前無御座候
為御知小石川衆へ問合置候事
45―3
大目付
御台様薨去付、今日ゟ
公方様
右大将様
大御台様、定式之
御忌服被為 受候事
正月廿四日
45―4
大目付
御台様薨去付、今日ゟ普請・鳴物停止候間、得
其意可被相触候、日数之儀ハ、追可相達候
正月廿四日
 
46―1
水野越前守殿御渡候御書付写三通相達候間、
被得其意御同席中并御嫡子方江茂不残様
無遅滞早々可有通達候、答之儀ハ先々従銘々
不及挨拶、各ゟ跡部信濃守方へ可被申聞候、以上
正月廿五日      大目付
松平讃岐守殿
留守居中
46―2
大目付
御朦中
正月
公方様  御機嫌伺
右大将様
廿六日       惣出仕
溜詰
公方様         御譜代大名
御機嫌伺       高家
廿七日       雁間詰
芙蓉間御役人
同断          詰衆
廿九日
溜詰
同断          高家
晦日        雁間詰
芙蓉間御役人
右之通登 城候様可被達候
正月
46―3
大目付
国持大名
御譜代大名
外様大名
右為伺御機嫌 御忌之内登
城無之日二三日間置、月番之老中備中守宅
以使者可被相伺候
但庶流之面々ハ、登 城無之日、御七日迄ハ毎日
一度宛、為伺 御機嫌月番之老中備中守
以使者可被相伺候
一溜詰登 城無之日 御御忌之内
御本丸使者差出
公方様
右大将様 御機嫌
御本丸并御附御例衆伺候様可被致候
右之通可被達候
正月
46―4
大目付
大御台様 御忌、今日ゟ被為 解候事
正月廿五日

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(つづき)写真後ろから4行目
右之趣私共ゟ大和守様御直申上候事ニ而御政事方
も未被仰聞無御座候、此方様思召如何被成御坐候や、前言之通り
御座候得、此方様御舎弟様方被成御坐候得、右様之義外より
申参り候節御相談も可被成や、御心釈も不被成候、此方様御議定之
所被仰進候様被成度思召候、御直書ニ茂被仰進候得共、とくと此段
申上候様、尚又私被仰含候、此段御取繕(ツクロヒ)宜被仰上可被下候
扨又右之趣共御同役方江茂御咄合等無御坐候様致度義御坐候、
全ク密カ被仰進候義御坐候段申述候
右御答
弥御安泰被成御坐、珍重思召候、御直書を以て被仰進、尚又御使者
被仰含候御口上之趣、具被成御承知被仰進候まかせ候、越後守様
思召之所、御舎弟様方被成御坐候上ニ而も、右様之義御相談御座候
も、吉川家倍臣之御取拵之事故、御取組等被成間敷哉
思召候、此段被仰進候まかせられ、無御遠慮御含之所御答被仰進候
新五右衛門へ 越後守様御雑談之趣典膳へ同人申聞候、御途
て吉川家へ御逢被成候節下座をもと思召候由、此義
御釣合御座候付、追御調合も可被成御坐旨、乍去、此義ハ
全ク御咄之趣付被仰上候義ニ而者無御坐、貴様マテ御咄合
之趣御内々得御意候
右之節鍛冶橋へ差出候直書之扣

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42―2
大目付
御台様御不例御勝不被遊候付、
公方様 右大将様 御台様為伺御機
嫌、明日惣出仕之事
一病気・幼少・隠居之面々ハ、月番之老中備中守
使者可差越事
右之通可被相触候
正月廿四日
 
43―1
水野越前守殿御渡候御書付弐通相達候間、
被得其意御同席中并御嫡子方へも不残様
無遅滞早々可在通達候、答之儀ハ従先々銘々
不及挨拶、各ゟ丹羽近江守方へ可被申聞候、以上
正月廿六日      大目付
松平讃岐守殿
留守居中
43―2
大目付
御中陰中為伺 御機嫌、献上物
公方様
万石以上在江戸・在邑共一度
右大将様
万石以上在江戸之分ハ両度
在邑之分ハ一度
右之通御菓子類又ハ御精進物之内献上候様、可被
相触候
正月
43―3
大目付
一例年此節差上候在所産物、其外御機嫌伺等献
上物・御精進物之分ハ 御中陰中無構可差
上候
一例年此節差上候在所之魚類ハ 御中陰中
明献上候様可致候、尤時節後レ損候品ハ、追
替不及献上候
右之通寄々可被達候
正月
 
44―1
御触面写
水野越前守殿御渡候御書付写壱通相達候間、被得其
意御同席中并御嫡子方へも不残様無遅滞早々
可在通達候、答之儀従先々銘々不及挨拶、各ゟ
丹羽近江守方へ可被申聞候、以上
正月廿四日      大目付
松平讃岐守殿
留守居中
44―2
御台様御不例御勝不被遊候
公方様
右大将様
御台様為伺御機嫌、明日惣出仕之事
一病気・幼少之面々ハ、月番之老中備中守宅
使者可差越事
一在国・在邑之面々ハ、掃部頭・老中備中守宅使札
可差越事
右之通可被相触候
正月廿四日
44―3
正月廿四日
松平讃岐守様
同 右京太夫様
小笠原大膳太夫様
松平越中守様
御台様御不例付、依御触面御登 城被成節
水野清兵衛
44―4
正月廿五日
松平讃岐守様
同 右京太夫様
井伊玄蕃頭様
小笠原大膳太夫様
松平越中守様
御台様御 薨去付、依御触面御登
城被成候節
三宅多聞

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(つづき)
此節度至候ハヽ、西応寺申談シ之方穏かに参り
宜可有之と存候、何分此上之尽し、旁追留も可相渡や、此度之
一件申迄無之候得共、厚ク評義有之候様致度存候、なを否
承度存候、不備
六月三日            大和
小河原近江殿
白井源蔵殿
多賀谷修理殿
根村壱岐殿
山田新蔵殿始
年寄中
上封シ
表 小河原近江殿  ウラ 大和 名アテヨリ
根村壱岐殿           少シ下ケテ
 
※小源太=岩下小源太…町在奉行
※小河原近江〜山田新蔵…老中
 
64
寛政七乙卯六月三日之夜岩下小源太罷帰り候
此状直渡し遣スナリ、此砌好田左膳用事付川越ゟ罷出候間、
返事無之、尤右之義迚存之通り参かけ進達相成ル
松越後守殿へ極御内々御相談之筋有之候付、蟹江典膳
使者遣し候節之書附共之扣、尤表帳などて無之事也
寛政三亥十一月六日、越後守様御使者蟹江典膳御直書持参
相勤之、御用人小嶋新五右衛門申述御口上之趣并御答之趣左之通り被仰進候
 
※好田左膳・蟹江典膳…年寄
※寛政三亥(辛亥・1791
 
弥御安泰被成御坐、珍重思召候、且此度御舎弟様方之内御養子御取
組之義付、私共迄外ゟ申来候付、御内々被仰進候、吉川家へ御養子
御取組被成候義如何可有御坐哉、只今倍臣之御取拵相見へ候へ共、
吉川家名家も御坐候事、仍(ヨツ)而者越後守様思召之所、御承知被成
度思召候、(途中)

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(つづき)(稲毛也)左太夫事も快昨日出勤致まゐらせ候、
来月十一日まてハ間も御坐候まゝ、またまた其内さしつかへも (写真ここから)
御坐候ハヽ、御たのみ申入候事と存まゐらせ候、左やう心へおり候へハ、
いつにても差支も御坐なく事て、いか計かいか計かあんといたし
おり候御事ゆへ、いかほとかいかほとか忝存まゐらせ候候、よふそやよふそや御心つけ
御細々と被仰下候御事、海山と忝存まゐらせ候、くれくれもさしつかへ
なく候まゝ、申入候やうと御申被下、左様心得おり候へば、
大キに大キに心たしかに存おりまゐらせ候御事て、厚ク厚ク忝存まゐらせ候、
昨日さつそく御返事も申入度存候得共、きのふハしまい少々
おそく成り候て、少し取込おり候ゆへ仰まかせ、今日
御返事申入まゐらせ候、御免シ可被下候、なを又其内御めもしにて
御礼共萬申入まゐらせ候、めて度かしく
寛政
漸一両日暑気相成申候、各弥被相障候義無之哉、承度候、
自分何之相替義も無之候、向暑之節折角自愛可有之候、
蓮馨寺一件付、猶又小源太遣し申候間、被承候様と存候、
つまり進達も可至事存候、乍去此儘ニ而者事荒之場
可有之、併寺社奉行之問合是迄之模様も有之事故、
不可然存候、 (途中)

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