川越古文書同好会

小江戸川越の古文書好きの集まりです!

全体表示

[ リスト | 詳細 ]

記事検索
検索
イメージ 1

39―4
正月廿四日
松平讃岐守様
同 右京太夫様
小笠原大膳太夫様
松平越中守様
御台様御不例付、依御触面今日致登
城候処、
殿中向外相替候儀無御座候、此段宜申上旨
御直被仰含候
水野清兵衛
 
39―5
壱結四通之内
大目付
御台様御不例御養生不被為叶、今午上刻
被遊
薨去候、依之明日
御本丸・西丸惣出仕之事
一病気・幼少・隠居之面々ハ、掃部頭・老中・伯耆守・
下総守・備中守宅使者可差越候事
在国・在邑之面々、掃部頭・老中・伯耆守・下総守・備中
守、使札可差越事
右之通可被相触候
正月廿三日
下ケ札 小石川様衆ゟ写を以御順達在之候
本文ケ条、最初下総守様御名前無之
付、右御同所様衆問合候処、全く書
ニ而書落し候由申越候事
 
40―1
水野越前守殿御渡候御書付写壱通相達候間、被
得其意御同席中并御嫡子方へも不残様
無遅滞早々可有通達候、答之儀ハ先々従銘々不及
挨拶、各ゟ丹羽近江守方へ可被申聞候、以上
正月廿四日      大目付
松平讃岐守殿
留主居中

40―2
大目付
御台様御不例御勝不被遊候
公方様 右大将様 御台様為伺御
機嫌、明日惣出仕之事
一病気・幼少・隠居之面々ハ、月番之老中・備中守
使者可差越事
一在国・在邑之面々ハ、掃部頭・老中・備中守飛札
可差越事
右之通可被相触候
正月廿四日
 
41―1
水野越前守殿御渡候御書付写三通相達候間、
被得其意御同席中并御嫡子方へ不残様
無遅滞早々可在通達候、答之儀ハ先々従銘々
不及挨拶、各ゟ丹羽近江守方へ可被申聞候、以上
正月廿四日      大目付
松平讃岐守殿
留守居中
 
41―2
大目付
御台様御不例御養生不被為叶、今午上刻
被遊候(ママ)
薨去候、依之明日
御本丸・西丸惣出仕之事
一病気・幼少・隠居之面々ハ、掃部頭・老中・伯耆守・
下総守・備中守宅使者可差越候事
一在国・在邑之面々ハ、掃部頭・老中・伯耆守・下総守・備中守
使札可差越事
右之通可被相触候
下ケ札 此廉下総守様御名前無御座候
為念小石川衆へ問合置候事
 
41―3
大目付
御台様薨去付、今日ゟ
公方様 右大将様 大御台様、定式之
御服忌被為 受候事
正月廿四日
 
41―4
大目付
御台様薨去付、今日ゟ普請・鳴物停止候間、
得其意可被相触候、日数之儀ハ追可相達候
正月廿四日
 
42―1
御触面写
水野越前守殿御渡候御書付写壱通相達候間、
被得其意御同席中并御嫡子方へも不残様
無遅滞早々可在通達候、答之儀ハ先々従銘々
不及挨拶、各ゟ丹羽近江守方へ可被申聞候、以上
正月廿四日      大目付
松平讃岐守殿
留守居中

開く コメント(0)

12月9日まで、川越市立博物館で、文化祭が開催されています。
川越古文書同好会も参加していますので、是非ご覧下さい。
他に4つの会が参加し、縄文土器、川越唐桟などが展示され、織物の体験もできます。
 
イメージ 1

イメージ 2

イメージ 3

古文書同好会の展示内容は、以下の通りです。
松平大和守朝矩の書状
 
イメージ 4

朝矩肖像画
 イメージ 5

川越喜多町名主御用日記…御発駕触文
 
イメージ 6

大名行列図(松平大和守家)…江戸城登城時
 
イメージ 7

川越喜多町名主御用日記…ペリー来航関係3点
 
イメージ 8

ペリー浦賀来航図
サスケハナ号解剖図
 
イメージ 9

御用日記(現物)と翻刻本(第3巻)
イメージ 10

画像等は、全て所蔵者の許可を得て展示しています。
以上です。

開く コメント(0)

イメージ 1

六本木御文之扣
よふそや昨日細々と候文被下略先日よふそやよふそや
御出なされ略忝まゐらせ候、其セつハあやにく雨天て御候所
よふそやよふそや御出被下忝共うれしく存まゐらせ候、又々其内御出被成候様と        ※写真はこの行から
御待申まゐらせ候、扨ハ其セつ御咄申まゐらせ候、二本榎へまいり時ふん
おかね事同道もいたし度存候へ共、右付一寸御はなし
申候事、段々御かんかへ被成被下候よして、いつにても其セつハ
御小納戸の内御かし被下候間、御ゑんりよ不申申入候様
被仰下忝存まゐらせ候、くれくれもいつニ而もさしつかへ御座なく候まゝ、
前日一寸(高橋也)十兵衛より御小納戸へ参り候趣申上ハ、御小納戸
まいれ候様御申付置被下候まゝ、左様心得候やうも被仰下
御上屋敷へも参り候時分とても同様被遣被下候よし、扨々
忝存まゐらせ候、近々に二本榎へも参り候半と思召、右の事
ちよと被仰下候由、いかはかり忝存まゐらせ候、左様心得あり
候得、大キ大キあんと致しまゐらせ候御事て、厚ク忝存まゐらせ候、
二本榎へも来月十一日あかり候やう仰いたゝきまゐらせ候事
御坐候、これも一寸申入まゐらせ候、(途中)

開く コメント(0)

イメージ 1

39―1
猶々御一覧之上不残御返却可被在候、以上
以手紙致啓上候、然大御目付丹羽近江守様ゟ
御触書壱結弐通只今到来付、則写ニ而致御通達候   ※写真ここから
尤各様迄御通達相済候段ハ、自私共右近江守様へ
及御答候、左様御承知可被下候、右為可得御意如斯
御座候、以上
正月廿三日
 
39―2
猶以
御台様御不例付、今日御伺御機嫌松平加賀
守様御始御用番様へ御使者出之義、御達御座
候処、此度御席へハ右之御達無御座候得共、先例
も在之候義付、只今別紙之趣致御物語相済申
候間、松平加賀守様御初御同様為御伺御機嫌
御用番様へ御勤可被成与奉存候、且又明日
御在邑様方ゟ御使者出之義、登 城之上御同
朋頭を以相伺之候上、御在府様被順候御儀付、尚明日
営中否可得御意候間、乍御苦労御壱人ツヽ御出懸
ケ御座候様致度候、以上
 
39―3
正月廿四日
水野越前守様
御台様御不例付、御宅罷出御機嫌相伺
候処、御使者被差出候趣可申上旨、御用人物集
女兵衛(馬ヵ)を以被仰聞候
水野清兵衛
※物集女…もずめ

開く コメント(0)

イメージ 1

イメージ 2

(写真1枚目の末尾、細字部)
巳ノ九月交代罷出候側之者七人
翌年六月十六日同断申渡スナリ
取合セ村山十郎左衛門△

▽跡ノ方ハ末文ニ、出立前彼是いたし不申聞候
付、此度あらため申聞候、ト文言入ル也
延引相聞候コト、コレニハ少々ワケ有之候へ共、書カタシ
 
※村山十郎左衛門…奏者番

(ここから、写真2枚目) 
一去ル十六日之夜弥作・右仲義、端八方ゟ司方へ名
遣し候歓罷越帰り候節、酒之上乗狂両人とも
彼是与及■(〻)(カウ)論候旨、側勤之義外々之手本ニも
相成候申迄も無之、兼存之事候、尤年若之
付左様之酒狂不慮之事存候、当時一統落
合も宜敷満足存候処、右様之義間々有之様ニ而者不得
止事場至候て、甚歎かハ敷気遣之事候、此度之義
全ク自分存寄て内々に相済シ候間、以来申合急度
相慎候様にと思候、此段仲真へも可申合候
寛政七卯八月  奏者番へ相渡スナリ
 
※寛政七年乙卯(1795
※弥作=高須弥作
※右仲=片平右仲
※端八=田中端八ヵ

開く コメント(0)


.


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事